3-05

 堅牢な《駆動要塞》も、その身を破砕されつつ打ち上げられ、ぐるん、と亀のようにひっくり返されて――地が大きく窪むほどの勢いで、墜落してしまう。

 裏返しになり、もはや動かなくなった《駆動要塞》を眺め、先程〝マズイ〟と発したはずのナクトが呟くのは。


「……まあ今は、別に食う必要もないし、食う気もないけどな。レナリアやリーンが作ってくれる料理の方が、ずっと美味いし」


 味の問題、ただそれだけなのである。


《駆動要塞タルタロス》が完全沈黙すると、巨人の群れも恐れをなしたのか、踵を返して北へと立ち去っていく。

 その場に残ったのは、ナクトと、漆黒の鎧を纏う《剛地不動将》だけで。


「……ナゼ、ワタシヲ……助ケタ?」

「ん?」


 まだ立てずにいる黒騎士から、不意に問いかけられたナクトが返した答えは。


「そうだな、これは俺も……レナリアと出会って、《神々の死境》を出て、リーンとも出会って……そうしてきて、初めて気づいたんだけど」

「…………?」


 黒騎士は言葉の意味は分かっていないが、ナクトはそのまま結論を出す。


「俺は、どうやら――〝女の子〟を助けられないのは、イヤみたいなんだよ」

「……――!? ナ……ナゼ、ソレヲ……アッ」


《剛地不動将》は〝女の子〟――その言葉に過敏に反応してしまった当人は、何やら慌てているようだった。

 ナクトはナクトで、「分かり切ったコトなのに、なんで慌てているんだろう」と首を傾げている……が、その時。


 沈黙したはずの《駆動要塞タルタロス》から――けたたましい警報が、鳴り始めた。


「ッ!? ナンダ、コノ音……」

「……これは、マズイな。〝味の問題〟じゃなく」

「エッ? ド、ドウイウ意味……」


 不明瞭な言葉に黒騎士は戸惑うが、その意味はすぐさま目の前に示される。

 何と、あの巨大な《駆動要塞タルタロス》の側に、同じ質量の〝古代兵器〟が、上空から――五体、五体もが飛来し、割れんばかりの地響きを立てて着地したのだ。


 信じがたい光景に、重兜に遮られていても伝わるような、絶望の声が漏れてくる。


「マ、マサカ、警報ハ、仲間、呼ブタメ……?」


「それだけなら、まだマシなんだけどな――あの古代兵器が集まったのは、自爆するためだ。最大限の破壊力を、実現するためにな。あれだけの質量だし、ここら一帯は吹っ飛ぶだろうな。具体的には、あの辺……もう無くなった《死の山》の辺りまで」

「……ナッ!? ソ、ソンナ、馬鹿ゲテルッ……!」


「全くだ。これが兵器のイヤな所だよ。命も感情も持たないから、とんでもないコトを、当たり前にしでかしてしまう。命ある者なんて、無視するみたいに」

「ッ、ッ……ソンナ、コト……サセナイッ! ……ウッ!」


 力を振り絞って立ち上がろうとした《剛地不動将》だが、やはり消耗は激しいようで、躓いて両手を突いてしまった。

 能力を使い、身を挺してでも、《城塞都市ガイア》を守ろうとしているのだろう。


 そんな〝彼女〟もまた、ナクトにとっては〝助けたい女の子〟――後方にはレナリアやリーンも控えているし、と軽い足取りで前に出て。


「この北側――真っ平、というくらいの平地が続いているな。城塞都市が、あんな高い城壁を造らねばならなかった理由は、これか。《魔軍》とやらが侵攻してくるようになってからは、なおさら大変だっただろう。〝万の敵〟をも相手しないといけないほどに」

「? ?? コ、コンナ状況、デ……ナ、ナニヲ」


「今まで、良く頑張ってきたな――偉いぞ」

「……―――ッ!?」


 分厚い鎧全体を震わせ、驚きと、形容しがたい複雑な感情が、外側へ溢れている。

 それを明確に感じながら、ナクトは今にも爆発しそうな六体の《駆動要塞タルタロス》を、真っ直ぐに見据え。


「《死の山》を消されたんだ――代わりに新しい山が一つできるくらいで、丁度いい。

 ついでに《魔軍》の侵攻を妨げるようにな――《世界連結》!」


 ナクトがマントの下から両腕を広げると、ど、ど、ど、と地鳴りが起こり、山のような駆動要塞の四方八方から土が噴き出し、中心を覆ってゆき――


 合計にして六体もの《駆動要塞タルタロス》の巨躯を、すっかり覆う――大山を一つ、創り上げてしまった――!


 あまりにも衝撃的な光景に、突っ伏したままの《剛地不動将》は。


「……ナ、ナナ、ナニガ……起コッテ……!?」

「金剛石も、山も、〝世界に在るモノ〟だからな。《世界》を装備している俺なら、創り出すコトは造作もない」

「チョ、チョット意味、ワカラナイ……!?」


 その言い分、至極もっとも。

 とにかく、大地に覆われ大山と化した《駆動要塞タルタロス》達が、ついに自爆すると――カッ、と山から閃光が迸り、噴火するかの如く爆風を撒き散らす――!


 当初の想定に比べれば、ずっと規模は抑えられているが、衝撃の余波は想像以上で。


「ウ、アッ……ク、ウウッ!?」

「! おっと……大丈夫か! ふうっ――」


 爆風の被害が及びそうになる《剛地不動将》を、ナクトは庇うようにして立ち。


「ウ、アアッ―――きゃあっ!」

 これまで、頑ななまでに外れなかった《剛地不動将》の兜が、ついに弾き飛ばされるのと、ほぼ同時に――


「《世界連結》――風の障壁よ、俺達を守れ――!」

 最大の爆風と衝撃を防ぐため――ナクトはマントを大きく広げて、防御した――!

 …………………。


 マントを大きく広げて、防御した――!(二度目)


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