第三章 鉄壁の《不動将》、兜の下の真実を捧げる

3-01

「ここを越えれば、《城塞都市ガイア》は、もう目と鼻の先です――……です、が」


 前方を見据えながら呟くレナリアの表情は、緊迫感に満ちていた。

《水の神都アクアリア》から北上したナクト達が、辿り着いたこの場所。


死の山デス・マウンテン》――その名の通り、生きとし生けるものを否定する、自然の要害、最悪の険路――ここに入山する事は、常に死と隣り合わせを意味する。


 頂上からはマグマを溢れさせる高山を見上げながら、リーンがその脅威を説く。


「山中の至る所から毒の煙が噴出し、そのまま濃霧を作るため、視界は常に最悪。命あるものは魔物でさえ近づけませんが、《岩人形ロック・ゴーレム》や《翼石鬼ガーゴイル》など、命持たぬ魔物は数多に存在し、容赦なく襲い来る危険地帯です」


 一つ言葉を区切り、深呼吸したリーンが、緊張感を漂わせて続ける。


「本来ならば、迂回して避けるべき悪路……ですがそれでは、どんなに急いでも一か月近くはかかりますわ。今まさに襲われている《城塞都市ガイア》を救援するためにも……ここを攻略するしか、ありません。……注意して、挑みましょう……!」


水神の女教皇アクア・プリエステス》といえど、苦難の道のりを想像し、気が引き締まるほど。

 旅に出てから、ついにぶち当たった、文字通り最大の障壁。あるいは、無事では済まないかもしれない。ここで旅が終わってしまう事も、充分に考えられる。

 ごくり、緊張に唾を呑みこむ、レナリアとリーン。


 そんな二人の横で、ナクトは顔を上げ、出発の口火を切り――!


「飛び越えて行けばイイのでは?」

「えっ」「まあっ」


 戸惑うレナリアと、両手で口元を押さえるリーン。

 簡単に言い切ったナクトに、少しの沈黙の後、レナリアが情報を整理する。


「え、ええと、でも……この山のせいで、先は見えませんし……周囲には川も一切流れていないような荒れ地ですから、前の時のような移動法も使えませんよ? ……ま、まさか、今度は流れるマグマを逆流して行くとか……!?」


「いや、ちょっと熱そうだしな。まあ、やって出来ないコトはないだろうけど」

「で、出来る事は出来るのですね……でもそうなると、今度はどうやって?」


 重ねてレナリアが尋ねると、ナクトは答える前に、マントの下から両腕を出す。


「レナリア、リーン、掴まってくれ」

「ふえっ。あ、は……はいっ。……え、えいっ♪」

「はーいっ♪ ぎゅーっ、ですわっ♪」


 勇敢なる《姫騎士》は、恥ずかしがりながら、おずおずと右手側に掴まり。

 貞淑たる《女教皇》は、一切の躊躇もなく、全身を使って左腕に抱き着いた。

 二人の絶世の美少女を両腕に抱え、「よし」とナクトが頷くと。


「今回はシンプルだ。文字通り――飛ぶぞ! 《世界連結ワールド・リンク》――《神渡りの風ゴッド・ウインド》!」

「ひあ。か、風で、浮いて……ひゃあああんっ!?」

「まあ、まあまあっ。すごいですわーーーっ♪」


 ごう、と足元から巻き起こった旋風が、ナクト達を包み込んで軽々と宙に浮かせる。

 そこからは、一瞬の出来事。三人の体は、直後――天空へと、飛び上がっていった。


 ■■■


《死の山》に入山する――事もなく、眼下に見下ろすナクト達。風に巻かれ、高速で突っ切る三人を、《岩人形》がポカンと見上げていた。

 ちなみに、この異常な速度と飛翔を体感し、悲鳴を上げていたレナリアは。


「こ、これ……ごめんなさい、私、私っ……楽しんじゃって、ごめんなさい~っ♪」

「ですわね~っ♪」


 レナリアもだが、リーンもまた、大物だ(色んな意味で)。

 ナクトは、二人を……特にこういう移動は初めてのリーンを慮り、実は加減をしていた。だが楽しそうな様子を見り限り、問題はないらしい。


(レナリアはともかく、初体験のリーンは、少し心配だったけど……これなら大丈夫そうだな。よし、じゃあもう少し、スピードを出して――!)


「はあ、風が気持ちいいですわ~……特に服の下が、スース―してぇ……あんっ♥」

(やっぱり安全第一かな。決して服がめくれないよう、注意してあげないとな。うん)


 問題は大アリだった。特にリーンの下着事情に。

 だが、折り悪く迫りくるのは、自然の驚異。火口から噴き上げられた溶岩が、ナクト達を目掛けて接近していた。

 風で押し返すか、とナクトが力を発動した、その時――ナクトの左腕側から、リーンが声を上げる。


「お任せください! この程度の事で、ナクト様の手を煩わせませんわっ!

 ――《水神の聖盾アクア・シールド》――!」


 発生した水流により形作られた水の盾が、溶岩ですらあっさりと防いでしまう。

 さすがリーン、頼りになる、が――下方では、また異変が起こっていて。


『………クエエエエ………!』


 鳴き声を上げるのは、石造りの体と翼を持つ、《翼石鬼》。とても飛べそうに見えない重量感なのに、自由に空を飛び回る怪物達が、群れを成して現れた。

 その群れの姿を見つけたレナリアが、はっ、と声を上げると。


「大変です、ガーゴイルが!」


『ウワッ……ナニアレ……』

『トビコエル、トカ……ナイワー……』

『クウキ、ヨメヨナ……ホント……』


「ドン引きしてます!」


 がーん、とショックを受けているレナリア。

 結局、ガーゴイル達は『ナイワー……』と石造りの眼で見送ってきただけで、それ以上は追って来ようともしなかった。

 そのまま、ナクト達はあっさりと、《死の山》を通過してしまう。


 誰もが避ける天然の要害を、数分で攻略――三分、かかっただろうか? とうに過ぎ去った《死の山》が、ナクト達の背後で、しょんぼりして見える。

 が、どうやら今は、ナクト達にとって大した障害でもなかった《死の山》さんを、憐れんでいる場合でもないらしく。


「……! ナクト様、大変ですわ、あれをご覧くださいっ!」


 リーンが指さす方向には、ナクト達の目的地である、巨大な壁に囲まれた都市――

《城塞都市ガイア》の雄々しき姿が、確かにあった。

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