2-05
もはや絶句するしかない《不死王》だが、リーンは安堵の声をナクトへ向ける。
「ナクト様、ご無事でよかったですっ……ですが今、《神々の死境》と……? しかも、わたくし達人間は、一つの属性しか適応しないはずなのに、なぜ〝炎〟と〝風〟を……」
「ああ。俺は生まれてからずっと、ついこの間まで、《神々の死境》で生きていたからな。それに《世界》を装備しているから、〝五大属性〟とやらも全て扱えるみたいだぞ」
「……………」
ナクトの言葉はあまりにも常識外れで、普通なら信じられないような話だろう。後ろに控えていたレナリアも、改めて聞くと常識外れにも程がある、と思っていた。
(弟子となった私はともかく、リーン様は驚きますよね……きっと信じられないでしょうし、ここは私が、弟子として師匠のフォローを――!)
ぐっ、とレナリアが気合を入れていると、リーンは――
「なるほど――そうなのですね! ナクト様は、お凄い方ですっ♪」
「えええ!? そんなあっさり受け入れちゃうのですー!?」
どうもあっさり信じてくれたらしい。ナクトの〝世界と溶け合う説得力〟による影響でもなさそうだし、素直を通り越して、逆に心配になってくる。
むしろ一般的であろう反応を見せたのは、魔物である《不死王》……なのだが。
『《神々の死境》で生き、〝五大属性〟を全て扱えるだと……た、たかが人間が、そんな力を得られるか! 世界だ何だに至っては、もう意味が分からん! ふざけるな――』
「ところでリーン、この都市中の〝水〟を操る能力は、キミの〝装備〟の力なのか?」
『オイ貴様、聞けオイ。無視すんなコラ』
「あ、はいっ。わたくしの首に着けている……《神器クラス》の《
「ああ、別にイイんじゃないかな……特に興味も湧かないし……」
『オイッコラァ! 聞こえてんだろゴラァ! こっち向けやボルアァ!』
雑音を無視するナクトの言葉は、ありのままの素直なもの。
事実、ナクト的には〝なんか出涸らしで出汁も取れない骨の塊みたいだな〟という感想しか湧かない《不死王》より、リーンの方がよほど目を引く存在だった。
改めて見れば、レナリアに匹敵する美少女――いや、美女というべきか。
レナリアが具える幼気さを内包した美しさは、例えるなら天使。一方、上品でありながら抑えきれない色香を醸すリーンは、女神の様相。
身に着けている法衣も、レナリアのドレスアーマーと近しい《国宝クラス》の力を感じる……が、側面に深いスリットが入っていて、神聖さ以上に艶美な装いだ。
それほどの艶やかさを持ちながら、年若さに見合わぬ茫洋とした母性さえ感じさせる、たおやかな眼差し。絶妙な均衡により成り立つ、神聖なる《水神の女教皇》。
全く、〝ホネホネキング〟など、足元にも及ばない――と、一瞥さえされない《不死王》は、ついにブチギレてしまったようで(キレる血管はあるのだろうか)。
『モ、モ、モ――もう許さぬ! この都市ごと、滅びよッ、滅びよォォォォォ!!』
「っ。な、何ですか、この力は……きゃ、きゃあっ!?」
レナリアがよろめくのと同時に、ビシリ、中天に先程の比ではない大きな亀裂が奔り――ひび割れた空間から、瀑布の如く悪霊・死霊・邪霊が押し寄せる――!
「! いけません――《
リーンが能力を発動すると、《水神の聖十字》が呼応するように、リーンの胸元で神聖なる輝きを放ち始める。
だが、彼女が行使している、その力は――《世界》を装備しているナクトには、理解できた。自らの命を削ってまで、無理やりに引き出している力だと。
それゆえに、《水の神都》を覆う〝水の結界〟は更に強固になり、ゴースト達を防ぎ止めているが――《不死王》は、憤怒の中に余裕を含ませて笑う。
『グ、ハ、ハ――それで我が力、止めたつもりか? 愚か、愚かなり! 月が見えぬ理由、まだ気付いておらぬようだなァ!』
「う、う……? ……っ、ま、まさか……!?」
『フ、ハ、ハ! そのまさかよ――これで、終幕ぞォォォ!』
月が隠れていたのは、雲のためではなかった――それは、天を覆うほど大量の、《不死王》の眷属達。それが、今も結界を襲うゴースト達の背を、潰しながら圧すると。
ついに〝水の結界〟は、音を立てて崩壊してしまい――
「うっ! っ……さ、させま、せんっ……きゃああっ!」
何とリーンは、結界を破られ、疲弊しきった体で、それでもなお――ナクトとレナリアを、身を挺してでも守るため、前方へと飛び出した。
結界にぶつけられ、圧し潰れたゴースト達が枝分かれし、複数の黒い縄と化して、麗しいリーンの肢体を縛り上げてしまう。
「い、やっ……ち、力が、抜け……いえ、生命力が……吸わ、れ……? っ……!」
「り、リーン様っ! このっ……リーン様を離しなさいっ! 《光剣レディ・ブレイド》ッ――……き、斬れ……ないっ!? そ、そんなっ……」
アンデッドに強いはずのレナリアの光剣も、傷一つ付けられない強靭な束縛。
ただ触れるだけで生命力を吸い取ってしまう、邪霊で作られた禍々しい黒縄に、縛られているリーンは刻一刻と力を失っていく。
ただ、そんな――〝大変そうな〟時に、ナクトは申し訳なく思いつつ尋ねていた。
「ええと……すまないリーン、さっきから気になっているんだけど――なぜ、防御しかしないんだ? これほどの力があって、〝水の結界〟しか使わないのは、どうしてだ?」
「あ、んっ……うっ? え、それは、その……わたくし、守護の力以外は、存じませんので……というか歴代の《女教皇》も、そうでしたし……っ、あ、あんっ……!」
「そうなのか。知らないのなら、仕方ないな。なら俺が――教えよう」
「な、ナクト様? 何をでしょ、う……あ、あぁんっ……は、はあ、はあ……っ」
無意識だろうが、呻く声が艶っぽすぎる。
それはさておき、ナクトの〝教える〟という言葉の意味とは。
「〝水〟を〝守り〟にだけ使うなんて、もったいないぞ。ほら――こんな風に」
ナクトが、ほんの軽く、無造作に、片手を薙ぐと同時に――何も無い空間から、音速で十数本もの水が噴出し、水圧による刃でリーンを束縛する黒い縄を斬り去った。
「ぇ……――きゃ、あっ?」
「リーン様! 大丈夫ですかっ……?」
解放されたリーンを、レナリアが抱き止める。ナクトが放った水圧による刃は、けれどリーンの身を、皮一枚さえも傷つけてはいなかった。
哀れなのは、大技を一瞬で消し飛ばされ、呆然としている《不死王》だ――が、ナクトは一切気にも留めず、リーンへと教示するように告げる。
「リーン、よく見ておくとイイ。大量の水を操れるなら、こういう使い方もあるぞ。
《世界連結》――逆向け、《
ナクトの手から《世界》を通して創り出した、逆方向へと流れる巨大な滝――が、一直線に《不死王》へと向かっていき。
『ナ、ナ、ナ……何だこれは、どうなっている!? う、ぶへあア!? うぶぶっ……な、なぜ、こんな……百年も生きられぬ人間如きが、こんな力を!? ありえぬだろがァ!』
「ああ……まあ確かに、俺の実年齢は、十八歳らしいけど」
『こっ、小僧ではないか! たとえ《神器クラス》の装備を隠し持っていたとて、こんな力は得られぬはず! それが脆弱な人間の、限界のはず! なのに――』
「けど俺は、835年分の経験を積んでいるからな」
『ハァイ! …………はい?』
性格が壊れ気味になっている《不死王》だが、ナクトが特に気にせず、改めて述べた。
「《神々の死境》は本来、常人では生きられないほど瘴気が濃く――時の流れは歪。そこで《世界》を装備して過ごした俺の、体感時間は835年分――それが俺の〝習熟度〟だ」
実際の時間との相違もまた、《世界》が教えてくれた――ちなみに、こんな途方もない話を耳にした、リーンの反応は。
「835年分の……〝習熟度〟……? ナクト様、なんて……お凄い人……」
息も絶え絶えだが、一発で信じてくれた。さすが《水神の女教皇》。心配。
一方、ナクトの弟子である、レナリアはといえば。
「……………はっ!? も、もちろん、レナリアも信じています、信じていますよ! だってナクト師匠の、自慢の弟子ですから! ほ、ほんとですからー!?」
さすがレナリアだ、随分と沈黙が長かった気もするが。
ちなみに今も激流を受けている《不死王》は、ナクトの話を信じていないらしく。
『ク、ク、ク……ペテン師め。嘘はつまらぬが、この力は本物……認めよう。我の、負けだ。さあ、一思いにトドメを刺し、この激戦に終止符を打つが良い。さあ、遠慮するな。……さあ。……あの、聞いてます? ちょ、あの……止め……止めェェてェェェ!?』
特にナクトは話を聞くつもりもなく、そのまま大瀑布を自在に操り。
「ついでだ――都市中の掃除も、終わらせるぞ。――はっ!」
《不死王》を流していた激流が、ナクトの合図と同時に枝分かれし――《水の神都》を襲っていた魔物を、上がっていた火の手を、一瞬にして、隅々まで呑みこんでしまう。
ゾンビも、グールも、ゴーストも、《不死王》と一緒くたにされ。
そして今一度、水龍の如く踊り狂っていた濁流達が、一所に集められると。
『ンモオオオオオオ! 勘弁ン! してエエエエエエ!!』
魔物達を消し去りつつ、《水の神都アクアリア》の外へと、全ての水を洗い流し。
そのまま――水上都市から南側へ繋がる河を、一つ創り上げてしまったのだった。
《魔軍》を完全に撃退し、ぽつり、ナクトが呟いたのは。
「《不死王》か……結局、その辺のゾンビと何が違うのか、よく分からなかったな……」
よく喋る事くらいかな、とナクトは思うのだった。
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