1-06

 レナリアからの弟子入り宣言を受けたナクトだが、その表情は思わしくない。


「う~ん……教えろ、と言われてもな……う~ん」

「な、ナクト師匠っ。無理を承知で、どうか……どうか、お願いしますっ。なんでも……っ、な、なんでも……しますからっ」


 なんでもする、という魅惑的な懇願には、レナリアなりの覚悟が見て取れた。

 とはいえ対人経験の浅いナクトには、その辺りの機微はよく分からず、ただ事実を口にする。


「いや、そもそも、レナリアは勘違いしているぞ――『全裸を教えろ』と言われても、俺は別に全裸じゃない。言ったろ? 俺は《世界》を装備している、と」

「あう。そ、その境地はまだ、良く分からないのですが……では《世界》を装備するには、どうすれば良いのですか……?」


「どう、と言われても……レナリアだって今、ティアラや服を身に着けているだろ? 同じようなモノだよ。服を着るのと、《世界》を身に着けるコト。一体、何が違うんだ?」

「なるほど。なる、ほど……ごめんなさい、高度すぎて、レナリアには分かりません……あっ。じゃ、じゃあっ。ナクト殿はマントを身に着けていますが、それは……?」


 言われてナクトは、ああ、とマントを軽くはためかせ(レナリアは慌てて目を逸らしていた)、答えを返す。


「そうだな。俺は多分、生まれてからずっと、この地にいて――《世界》を装備し続けてきた。だが《世界》は大きすぎるのか、普通の服なんかを作って着ようとしてみても、数秒で破裂するんだ。切ないぞ」

「頑張って作ったのに……想像するだけでも、お辛いです……」


「ああ。でも、これは割と最近の話なんだけど――《神々の死境》のかなり奥地で手に入れたこのマントは、俺が羽織っても珍しく壊れなかった。それから何となく気に入って、今も身に着けているんだ」

「そうだったのですね……何だか私のティアラのような、《神器クラス》の力がありそうにも感じますが……私は未熟ですし、うん、まあ気のせいですね!」


 何だか割と重要な事をスルーした気はするが、まあ気のせい、気のせいなのだろう。

 それより当面、レナリアにとって重要だろう事を、ナクトは口にした。


「とにかく、《世界》の装備の仕方といっても、教えようがない。強いて言うなら、そうだな、もう――〝感じろ〟としか言えない」

「!? か、かかっ……〝感じろ〟、ですかっ……!? そ、そそ、それって……っ」

「ああ、こういうのは、感覚的なモノだろうし。……? レナリア、どうかしたのか?」


「は、はいっ、わかりました! わかりました、けれど……は、恥ずかしいので、そのっ……少しだけ、後ろを向いていて……くれま、せん、かっ……?」

「? 良く分からないが……分かった」


 レナリアに促されるまま、ナクトは後ろを向いた。生来、素直な性根の男である。


 だがレナリアは、一体何をしているのだろうか。ナクトに聞こえるのは、もぞもぞと身動ぎする音。そして、衣服の生地が、擦れ合うような音。

 続けて、ぱさり――床に何か、軽い、何かが、落ちた音がして。


「……な、ナクト、師匠……どうぞ……こちらを、向いて……くださいっ……」


 明らかな緊張が伝わってくる、レナリアの声に導かれ、ナクトが振り返ると。


「レナリア、急にどうしたんだ? 一体、何を……――えっ」


 そこにいた、レナリアの立ち姿を見て、ナクトは呆気にとられた。

 なぜなら、いや、なぜかというべきか、レナリアは――下着姿だったのである。


 突然の露出行為に及んだレナリア当人は、その麗しい身を羞恥に焦がしながら、しなやかな両手で肢体の特に重要な凹凸を隠そうとしている。とはいえ、白く細長い腕、小さな手では、儚い抵抗にしか映らないが。


「ナクト、師匠っ……どう、でしょう、かっ……?」

「……どう、と聞かれても」


 ナクトは基本、おとぎ話にしか出てこないような怪物に襲われようと、伝説上にのみ記される魔物に遭遇しようと、そこまで取り乱す事はない。大体は勝てるからだ。

 けれど今、ナクトの心中に渦巻く感情は、それは、恐らく――初めての、戸惑い。


 絶世の美少女、と形容されて当然のレナリアの顔つきは、どこか幼気で愛らしい。しかし反面、その肢体は瑞々しい果実のように育っていた。特に胸は、ドレスアーマーを身に着けていた時でさえ、自己主張が激しすぎたほどだ。

 幼気と豊熟の危うい均衡は、火照った体と頬の彩りを添え、二つとない妖艶を醸す。それほどの色香を備えながらも、当人は自信なさそうに視線を泳がせていた。


「っ、ご、ごめんなさい、お見苦しくてっ……服も、まだ全ては、脱ぎ捨てる勇気がなくて……し、失望、なさったでしょうか……っ?」


 見苦しくもないし、別に失望してもいない。というかそもそも、そんな行為を要求した訳でもない。が、ナクトはそんな言葉も出せなかった。

 これが爪牙を剥いて襲ってくる《獣牙王ビースト・キング》なら、返り討ちにすれば良い、容易い話だ。


 けれどレナリアは危険な魔物でもなければ、ナクトの敵でもない。ただ話を聞かないだけの、超絶美少女だ(それが厄介なのだが)。

 そんなレナリアに、辛うじてナクトは、言葉を紡ぐ。


「っ……落ち着け、レナリア」

「は、はいっ! 落ち着いて……ナクト師匠に、近づきますね……!」


 違う、そうじゃない。どこまでも突っ走る、まっすぐな少女である。困った。


 ナクトが再度、止めようとするも――寸刻早く、レナリアは動き始める。

 一歩、歩みを進めるたびに、肉付きの良い太股は擦れ合い、大事な部分を隠す両手が危うく揺れた。


 とうとう目の前に、下着姿のレナリアが辿り着き、至近距離で見つめ合う事になる――かつて塔ほど巨大な《天喰らう大蛇ヘルズ・サーペント》に睨まれた時でさえ、何も感じなかったというのに(意外とおいしかった、という感想はある)。

 今は、どうだろう――無意識に鼓動が早くなるのも、ナクトには初めての体験である。


 レナリアの吐く息が胸にかかるほどの至近距離で、彼女が漏らした熱っぽい声は。


「ナクト師匠……レナリアに、レッスンを……全裸レッスンを、お願いします……」


 そんなものはない。……ないのだが……ナクトは、一言も発せられなかった。

 ただ、ただ、圧倒されていた――人類不可侵の地で、初めて出会った、可憐なる美少女に、その艶姿に、潤んだ眼差しに。

 そして、トドメの一言――レナリアが、濡れた唇から紡いだのは。


「レナリアに、《世界》を、〝感じ〟させてくださいっ……

 ナクト、ししょお……♥」

「――――」


 ぽすっ、としなだれかかってくるレナリアの、想像を遥かに超える柔らかさに。


「――ぐっ! わ、分かった、弟子入りを認めるから……一回落ち着いてくれっ!」

「ふえ? ……な、ナクト師匠っ!? 急によろめいて、どうしたのですかっ!? ……って、えっ? 今、弟子入りを認めてくださると――!?」


 超重量級の《アダマンタイト・ゴーレム》の一撃でも微動だにしないナクトが、よろり、全く別次元の衝撃にふらついた。

 むしろ、そうした張本人であるレナリアの方が戸惑いつつも――突飛な行動の影響か、何やら熱に浮かされていて。


「あのナクト師匠を……最強にして最高、人類の真の英雄たる、あのナクト師匠を……よろめかせて、その上、弟子入りを認められるなんて、やっぱり……やっぱりっ!」


 いつの間にかレナリアの中で、ナクトが〝真の英雄〟と化していたのは、ともかく。

 ある種のトランス状態に陥っているレナリアが、到達した結論とは。



「やっぱり――〝裸〟って、つよいですーっ!」



 下着姿で声高らかに、どうもトンデモナイ方向へ、突き進んでいる気がした。

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