第256話 戦場でラブコメをするんじゃない

 ガーゴイルを倒したアラタは、前方で暴れまわる雌ダッゴンのもとへ急行した。そこでは、トリーシャ、ドラグ、コーデリア、ジャックの4名が次々と繰り出される攻撃を回避しながら反撃を行っていた。

 その中で、トリーシャは水中で受けたダメージにより動きが鈍くなっていく。ドラグ達が彼女を逃がそうとするも、雌ダッゴンは一番弱っている獲物を標的にして執拗につけ狙う。 

 雌ダッゴンは、水系魔術ハイドロップの大量爆撃で湖面にたくさんの水壁を発生させた。


「やばっ! 視界が遮られた!」


 水壁の向こうから、巨大なタコの足が水面上を横なぎにして迫って来る。視界が悪くなっていた事でトリーシャは攻撃を回避しきれず、かすった反動で空中できりもみする。

 空中で未防備になったトリーシャに、雌ダッゴンの追撃の手ならぬ足が迫る。吹き飛ばされた衝撃と蓄積したダメージで意識が朦朧もうろうとするトリーシャに雌ダッゴンの足が直撃する寸前、彼女はその場から黒衣の魔闘士にかっさらわれた。

 トリーシャを両手で抱き上げながら、黒衣の魔闘士は勢いよく水面に着地し敵の攻撃範囲外までそのまま退避した。


「トリーシャ、大丈夫か!?」

 

 心配そうな表情で少年の顔が少女を覗き込む。最初は虚ろな瞳でいたトリーシャだったが、次第にぼやけた視界がはっきりとしていき、目の前にアラタがいるという事に気が付いた。


「マ……スタ……? 助けてくれたの?」


「ああ、そうだよ。体中傷だらけじゃないか! ちょっと待ってろ」


 アラタは腰に下げた小型の道具入れからポーションを取り出し、透明なガラス製容器の蓋を取ると、その中身を彼女の口に流し込む。

 こくん、と喉を鳴らしながらポーションを飲んだトリーシャの身体の表面をマナの薄衣が覆い傷を治していく。

 ダメージが全身に及んでいたため、完治とまではいかなかったが傷はほとんど塞がり、同時に痛みを緩和する。


「ありがとう、マスター。すごく楽になったわ。それに……」


 アラタに感謝を伝えると、ルナールの少女の顔が見る見る赤くなっていく。身体をもじもじさせながら耐えきれなくなったかのように両手で顔を押さえてしまう。


「どうしたんだトリーシャ? 何処か調子悪いか? ポーションならあと1本あるけど飲む?」


「違うの。ダメージはかなり楽になったから大丈夫。ただ……」


「ただ……何?」


 アラタが息を呑みながらトリーシャに視線を送る中、依然として顔を手で隠しながら恥ずかしそうにトリーシャは呟いた。


「だって、これ……お姫様抱っこなんだもん……子供の頃から憧れてたの……好きな人にお姫様抱っこしてもらうのを。それに危ないところを助けてもらうなんていう状況だったし。私の理想を超えたシチュエーションで……もう……らめぇ……」


 トリーシャは、とろんとした表情で瞳を潤せながらアラタに熱いまなざしを向けていた。


「ちょっと、トリーシャさん!? 今戦ってる途中だからね! 別の戦闘モードオンにしちゃだめだよ!?」


「へっ!? マ、マスターったら、いくら私でもそんな場違いな事考えてないわよ! 考えたのは、ちょっとだけ!」


「ちょっとだけでも考えたの!?」


 戦場でラブコメをする2人を影が覆い、直後巨大なタコ足が打ちつける。その現場から離れた場所に2人は逃げていた。

 標的を逃した雌ダッゴンは殺意の目をアラタ達に向け、迫って来る。


「完全にこっちを狙ってきてるな。とりあえず、あっちこっち移動されるよりはやりやすいか。――トリーシャ、動けるか?」


「ええ、大丈夫。まだ戦えるわ!」


 意気込むトリーシャは、立ったそばからフラフラしており、その様子を見たアラタは彼女に避難するように促した。


「ダメだ! バルザス達の所まで避難するんだ」


「まだやれるわ! ルナールは戦闘に長けた種族よ! こんなダメージ、何てことないわ!!」


 明らかな強がりを見せるトリーシャを諭すように、アラタは真剣な表情を見せる。そこにはルナールの少女に負けない、確固たる強い意思があった。


「ルナールが高い戦闘力を持っているのは俺もよく分かってる。生まれ持った身体能力、魔力の操作能力、それらを高いレベルでバランスよく扱えるのがルナールだ。けど、そんな彼らにも弱点がある。それは、耐久面が脆いという事だ。ダメージが蓄積するほど本来のパフォーマンスを活かせなくなる。本人達もそれがよく分かっているから、スピード重視の戦法を主体にしたんだ。それは、ルナールであるトリーシャの方がよく理解してるだろ?」


「――――うん、マスターの言う通りだよ」


 アラタの話を聞いて、トリーシャはこれ以上無理に戦おうとすれば、自分が足手まといになる事を痛感した。

 本格的に前線に出られるようになった魔王の隣で戦いたいという思いが叶わぬ事に悔しさで胸が一杯になり、悔し涙がこぼれ落ちる。

 俯く彼女の頭にアラタはそっと手を置き、優しく撫でる。


「これから俺達はとんでもない敵と何度も戦う事になる。だから、今は休んでてくれ。頼りにしてるからな、トリーシャ!」


 その後トリーシャは上機嫌でロック達に合流し1人悶えており、その場にいた他の者は彼女をそっとしておいたという。

 一方のアラタは、トリーシャをなだめた際の自分の行為に対して「ちょっと俺、気障きざだったんじゃないだろうか?」と気恥ずかしさを覚えていたが、執拗に攻撃をする雌ダッゴンの猛攻を目の当たりにして気持ちを切り替えるのであった。

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