第255話 黒衣の魔王の白き魔術

 その頃、アラタはガーゴイルと戦闘を開始していた。両腕による二刀流のガーゴイルに対し、アラタの武器は一振りの剣のみ。

 単純計算なら敵の攻撃回数はアラタの2倍である。しかし、実際は理論値とは異なっていた。

 激しい剣戟は、黒衣の魔闘士が一方的に優位に立っている。ガーゴイルの右腕の刃を斬り払った後に素早く左からの斬撃に対処する。

 アラタの剣さばきは丁寧であり、動きはコンパクトで無駄がない。彼と比べるとガーゴイルのそれは、荒さが目立つ。

 その違いが戦いの場で決定的な差を生んでいた。終始翻弄される形のガーゴイルはフラストレーションが溜まっていき、攻撃が次第に雑になっていく。

 

「くそっ! くそっ! くそぉっ!! こんなはずはっ!!」


 強力な一撃を与えようとガーゴイルが左腕の刃に一層強い魔力を込めて斬り付ける。アラタは、それをバルザークの刀身で流しつつ敵の左側から背後に回り込み、左翼に一太刀を浴びせた。

 それによりガーゴイル自慢の翼は片方を根元から失い、一瞬バランスを崩す。その瞬間を逃す魔王ではなかった。


「これでも食らいな! 白零びゃくれいっ!」


 アラタは、左手に展開した魔法陣から白い光弾をガーゴイル目がけて発射する。至近距離で即座に放たれた光弾は敵の背部に直撃し、そのまま石像の身体を吹き飛ばし爆散した。

 

「さて……と、これでもう空を猛スピードで飛んで逃げるなんて芸当は出来なくなったな」


 起き上がったガーゴイルの背中には破壊された翼の残骸があるのみで、翼が有していた機能は完全に失われていた。

 ガーゴイルの翼は、空中浮遊術であるエアリアルの力場を瞬時に発生させる機関であり、これによって鈍重な石像のボディは並外れた機動力を得ていた。

 しかし、スピードの要が無くなった事で、ガーゴイルは空中を自在に飛ぶ事すら敵わない状態へと堕ちた。


「ちく……しょう! よくも、俺様の翼を……!! それに……何故だ!? 何故俺の攻撃が通じない!?」


「……分からないなら教えてやる。お前の戦いには大事なものが欠けてんだよ」


「大事なものだと?」


「戦いっていうのは、普通相手に勝つ事を目的としている。だから、そのために戦いの中では駆け引きであったり、闘争心であったりとか色んな要素がある。でも、斬り合いをしている時、お前からは勝利への渇望は感じなかった。お前の剣から伝わったのは、愉悦感だけだ!」


「だったら何だっていうんだ!? 戦いを愉しんで何が悪い!!」


 ガーゴイルの反論に対し、アラタは軽蔑するように言い放つ。


「ガーゴイル……今のお前は1000年前より弱い! 総合的な能力は、その石造りの身体の性能もあって上昇しているんだろうさ。でも、剣筋は鈍くなっていた。昔、お前と戦った時は少なくとも剣技に関しては油断ならない相手だと俺は思っていた。多分、この1000年間実力が格下の相手としか戦わなかったんだろう? 自分が有利な条件下で戦い続けた事でお前の剣術は見る影もなくなっていた。常に安全な状況で、命を搾取する側にいたお前の怠慢だ! そんな奴に俺は負けるわけにはいかない! ――――かかってこい、ガーゴイル! 決着をつけるぞ!」


「くそ……くそ……くそ……ふざけるなよ!! 俺様は1000年も、この時のために準備してきたんだ! 再びベルゼルファー様を蘇らせ、この世界を混沌で満たしていく! こんな最高の祭りがやっとこれから始まるっていうのに、こんなところで死んでたまるか!! くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! まおうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


 逆上したガーゴイルは両腕の刃に全ての魔力を込めて、アラタ目がけて突っ込んで来る。

 一方のアラタもバルザークに高密度の魔力を集中させ、迫りくる敵を迎え討つ。剣の刀身が白い光を纏い周囲を照らす。


「ガーゴイル……今回のベルゼルファーとの戦い、まずはお前から退場してもらう!」


 アラタは、迫りくる石像の悪魔に向かって剣に込めた魔力を斬撃波として解き放った。


「捉えた! 白牙びゃくがァァァァァァァ!!」


 バルザークから放たれた白い三日月状の斬撃波は、湖面を大きくえぐりながら猛スピードでガーゴイル目がけて飛翔する。

 真っすぐ全速でアラタに向かっていたガーゴイルは、回避行動を取る事は出来ずに2本の刃で巨大な白い斬撃を受け止める。

 だが、アラタの放った白牙はガーゴイルの刃を一気に破壊し、その石像の身体を切り裂き消滅させていく。


「ぐぎゃあああああああああああああ!! 俺様がこんなところで! こんなところでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 石像の悪魔は白い三日月に抱かれて粉々に崩れ去り、マナの粒子となって完全に消滅した。

 アラタは、ガーゴイルの最期を見届けると、次の標的である雌ダッゴンに向けて湖面を全速力で走って行った。

 アラタとガーゴイルの戦いの一部始終を見ていたロックは、黒衣の魔王の圧倒的な強さに度肝を抜かれていた。


「す……すげえ、なんて強さだ。あのガーゴイルが全く手も足も出なかった! しかも、まだ全力を出していないみたいだし。あれがアラタの本当の実力……!」


「ロック……全盛期の魔王様はさらに強かったぞ。それに、今は魔王様が力を最大に発揮できる武器がない。かつての魔王様専用の剣であった魔剣グランソラスに匹敵する武器があれば、あの比ではない」


 当時の魔王の実力を知るバルザスの評価を聞いて、さらに驚くロックとシャーリーは神魔戦争のレベルの高さを痛感するのだった。

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