第216話 忘却の都市アクアヴェイル②

「不思議な場所ですね。人が住まなくなって、建物などが少しずつ自然に還っている。もしも、この世界から人が消えてしまえば、世界中の都市がこのような状態になるのでしょうね」


 セスがしんみりと思った事を口からこぼす。この先、ベルゼルファーとの戦いに敗れて人が消え、文明が滅べば彼が言った事は現実になるのだろう。

 セスがそれを意図して言ったかは分からないが、各々危機感を覚えるのであった。その一方で、自然が入り込んだ都市の美しさに魅了される者も多くいた。


「マスター、見て! 水路でたくさん魚が泳いでる。あれなんか黄色で可愛い」


「おっ、本当だ。これって海水だよね。って事は海の魚が入り込んだのかな?」


 トリーシャは水路を泳ぐ魚の群れに興味津々で、ボリュームのある尻尾を左右に振っている。その隣ではドラグも同様に水路を覗き込み、水中を優雅に泳ぐ生物の動きを目で追っていた。

 亜人族2人の中の獣としての狩猟本能がそうさせるのか、放っておけばそのまま水路にダイブしかねない食いつきを見せている。


「トリーシャ、旦那、先に進もうぜ。魚釣りならウンディーネとの契約が終わった後で好きなだけやればいいじゃん」


「ロック、別に私は魚を食べたいわけじゃなくて綺麗だなって思っただけよ、失礼しちゃうわね」


「そうだぞ。拙者も魚類の優美な動きに見入っていただけだ」


「……それじゃ、そのよだれは何なんだ」


「「はうあっ!」」


 ロックの指摘で口元の唾液を急いで拭い去る2人。魔王軍前衛組による通常営業のコントを見てコーデリアとシャーリーが笑っている。


「魔王軍の方々は本当に仲がよいですね。アストライア騎士団の者がこの様子を見たら、あなた方に対する現状の警戒態勢を馬鹿馬鹿しいと思うでしょうね」


 一同は都市の中心地に向かって歩みを進める。路面は石造りで元々は整備されていたのだろうが、現在は所々ひび割れや破壊された跡があり、その隙間から雑草が生い茂っている。

 アラタが腰の高さまで伸びた雑草を払いのけながら、ふとバルザスを見ると彼の顔色が少し悪い事に気が付く。


「バルザス、顔色があまり良くないけど大丈夫か? 少し休憩しよう」


「大丈夫です、魔王様。少々気分が優れないだけですので。……それよりも、ウンディーネとの契約まであと僅かの所まで来ました。お気持ちの整理はついていますか?」


「ああ、大丈夫。それに関してはちゃんと考えて自分の中で整理はつけた。後は実際にウンディーネと契約して〝解呪の儀〟ってやつをやるだけだ」


 アラタの目に迷いはなかった。バルザスはそれを確認すると遠慮がちに「ふふっ」と笑う。


「どうしたのさ、突然笑って」


「いや、すみません。今、魔王様の顔を見て、初めてお会いした時の事を思い出しまして。そしたら、何というか、すごく懐かしい感じがしましてな」


「ああー、そうだね。まだ数ヶ月しか経っていないのに、もう何年も前のような感じがするよ」


 アラタとバルザスは、隣り合って歩きながらこれまでの旅の思い出を語り合った。2人の会話を周囲の仲間達は聞いていた。敢えて2人の会話に加わろうとはしなかった。

 アラタとバルザスの関係は特別だった。召喚した者と召喚された者、という形から始まり、2人は魔王軍の中心的な存在となった。アラタがバルザスに師事するようになってからは、師匠と弟子の間柄になっていた。

 バルザス自身も、アラタの成長を喜び出来得る限りの修練を行い、エトワールではそれこそ1日中行動を共にすることもあった。傍から見れば親子のような間柄に見えただろう。

 それ故、アラタはバルザスに絶対の信頼を寄せており、悩みがあれば彼に相談していた。そんな2人の関係性を知っているからこそ、彼らの会話に割って入るのは無粋だと仲間達は考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る