第203話 恋衣

「アラタ様、顔をお上げください。別に私達は怒ってもいなければ後悔もしていませんよ。それに同意の上での事でしたし」


「そうねえ、どちらかと言うと私達から仕掛けた感じだし……むしろアラタちゃんはついに折れたというか……」


 ここまで聞いてスザンヌは理解した。どうやら、この4人の夜間パーティーは女性陣が先導したもので魔王は獲物側であったらしい。

 彼女達の念願は昨晩叶い、ますますやる気に満ちているようだ。ゆえにスザンヌは思った。


(あ、これ今夜あたりまたやるな)


 アラタが顔を上げると、そこにトリーシャが顔を寄せてくる。その距離は互いの息遣いが分かるほど非常に近く、理性を保つために今までアラタから距離を取るようにしていた彼女からは考えられない大胆な行動だ。


「マスターは、私達と仲良くしたくない? もし迷惑だったら、もうあんな事はしないから」


 そのように話すトリーシャの目は潤んでいた。悲しそうな表情をしており、アラタの心臓に罪悪感の文字が刺さる。

 他の2人の表情も窺うと、どこか緊張している様子だ。それに気が付くと、ずっと慌てふためいていたアラタに冷静さが戻って来る。


「迷惑だなんて思った事は無いし、これからもそんなふうに思う事はないよ」


 今までの彼女達の自分に対する態度、言動を思い返せば、相当な鈍感でない限り、そこに好意が存在するのを見過ごす事はなかった。

 実際、彼女達の気持ちをアラタは察していたが、如何いかんせんこれまで異性から好意を寄せられた経験がなかった事で恋愛事に自信がなく失望させてしまうのではないかという恐怖があった。

 さらにアンジェ、トリーシャ、セレーネの3人はとても魅力的な女性達であり、高嶺の花という表現では収まらない程自分には不釣り合いな存在だという引け目もある。

 そして、戦いの場においては彼女達を守るどころか守られる状況であり、そんな自分が恋愛事にうつつをぬかす資格はないと思っていたのだ。

 そのため、彼女達の好意に気が付きつつも、アラタは返答を先延ばしにしてきたのだが、前回の戦いで皆思う所があったのだろう。

 生命の危機を何度も経験した事で、後悔したくないという思いが今回の騒動の発端になった。


「皆、ごめん。俺がちゃんと皆の気持ちに応えていたら、皆をここまで追い詰めなかった」


「その通りです。アラタ様はもっと自信を持つべきです。私達3人と関係を深める事に躊躇ちゅうちょしていたようですし、誰と付き合うとかも決められなかったのでしょう?」


 アンジェの指摘にアラタは首を縦に振る。我ながらこの期に及んでの優柔不断さに情けなくなる。

 だが、そんな気持ちの裏で傲慢な思いもあった。誰か1人を選べないのなら、いっそ全員をと考えてしまう。

 なまじ、昨晩3人全員と関係を持ってしまったがために以前から密かにあった独占欲が強くなっているのをアラタは実感していた。


(ずるくて、最低な事を考えてるな俺。我ながら自分勝手が過ぎる)


「誰かを選ぶという選択が出来なかったマスターには、1人と付き合うという事は出来なくなりました」


「……というとどうなるの?」


「アラタちゃんには、これから私達3人と付き合うハーレムルートに強制的に進んでもらいます。さっき私達の言う事は何でも聞くと言っていたし、異論は認めません」


 突然のとんでも発言にアラタは目を丸くする。ついでにスザンヌもまさかの急展開に内心驚いていた。


「ちょ、ま、アンジェもトリーシャもセレーネもそれでいいの? 俺にとって都合のいい話になっているけど」


「何の問題もありません。それに、アラタ様はこれからが大変ですよ。その身1つで私達3人と付き合うのですから。……覚悟はいいですか?」


 アンジェ、トリーシャ、セレーネの3人は真剣かつ少し不安そうな顔でアラタを見つめていた。


「――――よし、分かった。アンジェ、トリーシャ、セレーネ。こんな優柔不断な俺だけど、これからもよろしく頼む。皆が俺を選んでよかったって思えるように頑張るから」


 その言葉を聞いて、彼女達の不安感は吹き飛び花が咲いたような笑顔が広がっていく。


「「「はい、末永くお願いします、アラタ様」」」


 こうして、魔王アラタとアンジェ、トリーシャ、セレーネの交際が始まった。ふわふわとした雰囲気がこの部屋に広がる中、存在を忘れられていたメイド長スザンヌは魔王の恋路という、なんとも言えないイベントを特等席で見物させられたのであった。


(これは……この人達、今晩絶対盛り上がるでしょ、これ……)

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