第200話 ムトウ・アラタ②

 セスとロックは黙っていた。アラタにかける言葉が見つからないというのもあったが、まだ彼が自分の言いたい事を全て言いきってはいないと思ったからである。

 最後まで彼が内に秘めてきた、独りで抱え込んできた闇を吐き出す機会を作ってあげたいと思ったのだ。

 アラタも2人が何も聞いてこない事に感謝しつつ、心の奥底にしまってきた本音をぶちまけたいと思った。シェスタ城塞都市での戦いで、自分を含め仲間が危険な目に遭い、色々と思う所があったから。


「……でも少しずつ自分の中で、そんな卑屈な考え方が変わっていく感じがした。魔王軍の皆やスヴェン達、それにこの旅で沢山の人達と出会って、前を向いて歩いて行こうって思えたんだ。そして、このソルシエルで俺にしかできない事があるんなら、それをやってみたい。特にシェスタ城塞都市じゃ、破神教の連中がどんなに危険な奴らなのかがよく分かった。奴らがやろうとしている事は絶対に止めないといけない。そうしなけりゃ、あの時の俺のように、沢山の人が圧倒的な暴力の前に命を弄ばれるような事が起こるかもしれない。……それに…………」


「それに……どうしたんだよ?」


 当然黙ってしまうアラタにロックが続きを話すように促す。ここまで来たのなら、洗いざらい話してしまった方が楽になるだろうと考えての事だ。

 ぶっきらぼうのように見えて、案外思慮深いロックに後押しされるようにして、

アラタは内に秘めた思いを言の葉に乗せる。


「それに、やっぱり俺、皆に死んでほしくない。セスとアンジェが死んだと思った時に、凄く怖くて、悔しくて、悲しくて、頭の中が真っ白になった。家族が死んだ時の記憶と重なって訳が分からなくなって、アサシンを殺すこと以外考えられなくなった。あのまま戦い続けたら自分が命を落とすって分かっていても止められなくて、皆が必死になって俺を止めてくれようとしたのに、全然話を聞こうともしなかった。結果、皆を傷つけた…………本当、全然なっちゃいない。……でも、だからこそ強くなりたいと思った。魔力とかそういう強さもだけど、心の強さっていうのかな? 自分の足でちゃんと歩いて行ける……そんな人間になりたい。そして人として一人前になることが、俺を生んでくれた家族にも、俺をここまで育ててくれた家族にも報いる方法じゃないかって思う。……だから、俺頑張るから、これからもよろしく頼む、セス、ロック」


 自らの心の内を言いきったアラタが、恐る恐る2人の様子を見ると、セスは目を閉じて考え込むような仕草をしており、ロックは自分の頭をぽりぽり掻いていた。


「アラタ、俺も同じだぜ。アロケルと戦った時に、俺は力云々うんぬん以前に心が折れていた。だから、この軟弱な心を鍛え直さないといけない。そのために、もう一度師匠の所に行って一から心を鍛え直そうと思った。…………俺達はまだまだ心が弱い。お互いそこから強くなっていこうぜ!」


 ロックがアラタに拳を向ける。アラタもまたロックに拳を向け、こつりとぶつけ合う。すると、もう一つの拳がそこに加わる。それはセスのものだった。


「私とてまだまだ未熟者です。魔王軍参謀としてだけでなく、人としても――。強くなりましょう、そしていつか破神教を打ち倒しましょう」


 3人は互いの顔を見ながら頷いた。それには契約と呼べるような強制力はない。ただ、心の奥底から湧き出る思いが繋ぐ誓いであり、彼らの結束力をより強固なものにした。


「ところで、外にいる皆さんはいつになったら部屋に入って来るんですかね?」


 セスが声を大きくして部屋のドアに向かって言うと、間もなくドアが開き魔王軍の残りの面々が入ってきた。各々少しばつが悪そうな顔をしている。それに対してセスは少々呆れた表情を彼らに向ける。


「盗み聞きとは感心しませんね。堂々と部屋に入ってくればいいものを」


「そうは言いますがセス殿、かような雰囲気の中、途中から混ざるとせっかくの空気が台無しになりましょうぞ?」


 ドラグの反論にトリーシャ達が「そうだ、そうだ」と乗っかる中、彼女はぶれなかった。


「私は最初から盗み聞きする気満々でしたが、それが何か? メイドなり家政婦なり、とある家庭の秘密に対し聞き耳を立てるのは当然でしょう?」


「なに、その謎理論!? どうしてそんな堂々としてるの?」


 最終的にアンジェの自信満々の振る舞いによって、この話は落ち着く事になるが、この世界に召喚された少年の過去と胸懐きょうかいは各々の心にしっかりと刻まれるのだった。

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