第162話 怒れる魔王と黒竜の輪舞②

 一瞬注意がアラタかられると、彼は忽然こつぜんとその場から消えていた。

 ブネが慌てて捜そうとすると、月明かりに照らされていた彼女の身体が突然陰に覆われる。


(日陰に入った? ……いえ、そんな馬鹿な。今は夜……ということは!!)


 ブネが急いで顔を上げると、月を背にアラタが空高く飛翔している姿が目に入る。

 赤い瞳をぎらつかせながら白いオーラに包まれた左腕に右手を添えて、魔力を集中させているその姿は雄雄しくそれでいて何処か幻想的な雰囲気を放っていた。

 アラタの左腕の白いオーラが強い光を放つと同時に、みるみる白い腕が巨大化する。

 それは呆気にとられた30メートル超のドラゴンの顔面を鷲掴みにし、その勢いのまま後ろに倒し固い地面へと竜の頭部を叩き付けた。

 ブネの巨大な身体が思い切り地面に叩き付けられた衝撃は地震のように周囲へ広がり、ボロボロのシェスタ城塞都市全域を震わせた。


「いつっ! くぅ、一体何が起きたんですの?」


 頭を思い切り打ちつけた衝撃でブネは軽い脳震盪を起こし、倒れた前後の記憶がおぼろげになっていた。

 時間の経過と共に倒れた瞬間の記憶が鮮明になってくる。同時に、未だに顔を押さえつける何かがいることに気付き、そっと目を開ける。

 

「ひっ!!」


 ブネが目を開けた瞬間、顔を覆う爪の隙間から彼女を覗き込む深紅の瞳と目が合った。

 その瞳の持ち主は無表情のまま彼女を見つめているが、発せられた声は冷徹さをまとっていた。


「俺の邪魔をする奴は殺す。……このまま地面に押さえつけられて圧死するか、それとも頭を握り潰されて死ぬか……選べ」


 アラタの目には、ブネを殺すことに対する躊躇ためらいの感情はかけらも残っていなかった。進路上に落ちている石を道の外側に蹴ってどかせる――その程度の感覚だ。

 ブネはアラタと目が合った瞬間に、そのような彼の心情を悟った。同時に、このままだと確実に自分は殺されるという恐怖が彼女を襲う。


「くっ! 離れなさい! その手を……どけなさい!!」


 全力で頭部を起こそうとするブネであったが、少し地面から浮かせた所で再び固い岩盤に頭を押し付けられる。


「無駄だ! その程度の力じゃ、この〝竜爪りゅうそう〟からのがれる事は不可能だ」


「竜爪ですって? それがわたくしの結晶術を破壊した力?」


「……竜爪は俺の魔術の1つにすぎない。……それとお前に言っておく亊がある。お前じゃ俺には絶対に勝てない」


「!? 自惚れもここまで来ると凄いですわね」


 アラタの口調は抑揚がなく、当たり前の事を淡々と告げているようであった。


「ブネ、お前の力はマナを自在に操作して何かを創造する力だろ?」


「どうしてその事を!?」


「さっきの結晶の攻撃を魔眼で見た時にそんな感じだったからな……分かるんだよ。そして俺の力はマナとマナを繋ぐ因子を破壊する。つまりお前の力と真逆の位置にある」


「それならわたくし達の力は対等のはず。どうしてわたくしが貴方に絶対勝てない事になるのかしら?」


 震える声でブネが主張するが、返答するアラタの声色は氷のように冷たかった。


「何かを創る時と壊す時を比較した時、どっちが早くて簡単か分からないか? この町をこれだけ破壊したお前らなら分かるだろ? ここの住人が何年も何十年もかけて作り上げてきたこの町をお前らはたった数時間でこんな廃墟にしたんだ。……お前があの結晶をしこしこ10個作る間に俺は100個破壊できるんだよ。だから魔術の特性上、相性が良くない……それにっ!」


 ブネの頭部がさらに地面に押し込められ、周囲に亀裂が入る。女性のくぐもった声が聞こえてくる。


「こうして、純粋な力比べでもお前は俺に抗えない。だから、お前は俺には勝てないんだよ、理解したか?」


「あぐ……あ……が……!」


 ブネは痛みと恐怖で気を失い、それでもなおアラタは力を緩めず、彼女に止めを刺そうとしていた。

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