第160話 禍々しき魔力の主
ブネは腹部から顎下にかけて風雷による痛手を受けて
30メートルオーバーの身体が思い切り倒れ込んだ衝撃で、周囲に凄まじい土煙が巻き起こった。
「ふぅー、何とかダメージを与えられたか……これで起きられたらさすがにまずいな」
「はぁはぁはぁ……そうね……今ので残りの魔力を使い切ったわ。もう、すっからかんよ」
それぞれの余力を振り絞った技を出し終えたトリーシャとドラグは立っているのもやっとの状態だ。
それぞれの武器を杖代わりにして倒れまいと何とか踏ん張っている。
セレーネは未だ放心状態が続いており、魔王軍3人は戦闘継続が困難な状況であった。
その時、土埃が舞い上がる。ブネは身体をふらつかせながらも立ち上がり自分は健在であると彼らに主張していた。
「不覚ですわ……たった3人相手にこんな痛手を許すなんて……!」
ブネもまた3人の最後の連続攻撃によって受けたダメージは相当であった。しかしその目は死んでおらず、戦闘継続が可能である事を示していた。
「さすがドラゴンですな……なんという生命力……」
「感……心……してる場合じゃ……ない……でしょ……! こっちは、立ってるのもやっとなのに……逃げる力も残っていないわ」
戦いによるダメージと魔力の大量消費により身体が言う事を聞かない。トリーシャがセレーネを見るとショック状態でその場に座り込んでしまっている。万事休すだ。
「ここまでか……ごめ……ん、マス……タ……」
トリーシャが諦めかけたその時、戦場に見知らぬ来客が迷い込む。その男は黒装束に身を包み右腕に赤いダガーを持っていた。
その表情はひどく歪んでおり、他者をあざけ笑うような嫌悪感の漂う表情に恐怖が入り混じったような感じだ。
口の端から血液が流れ落ちており、かなりのダメージを負っているようだ。
「あなたはアサシン部隊の……あなた方は町の貧民街担当のはずでしょ? こんな所で何をやっているんですの?」
ブネが黒装束の男に話しかける。どうやらこの男は破神教の信徒の1人であり暗殺を
アサシンの男はブネが質問している時にも自分がやってきた方角を見つめていた。ブネは無視されたと思い苛立ちが募る。
「わたくしの話を聞いているのかしら? あなたは……」
「ちゃんと聞こえてるぜ! だが今はあんたの話にゆっくり付き合ってる暇はないんだよ……かかかっ! 奴が……追ってきた!」
アサシンの男は不快感を起こさせる特徴的な笑い方をしていた。余裕の無い状況でありながらも、このような笑いが出てしまう悪癖を持っているようだ。
アサシンが見つめる先、土埃が舞う中を誰かが歩いてくる。1歩1歩近づくごとに、その者から感じる魔力が尋常でない事が分かってくる。
むしろこんなに接近するまで、何故このような魔力に気が付かなかったのかとトリーシャ達は不思議に思う。
きっとそれだけ目の前にいる黒竜との戦いに集中していたのだろう。だが、一度この魔力に気が付くとその存在を無視する事は出来なかった。
その魔力には明らかに深い殺意が感じられるのだ。海のように何処までも深い力に飲み込まれてしまいそうになる。そのような感覚がトリーシャ達を襲う。
(鳥肌が立ってる……なんなのこの魔力……怖い、もしこんな力に襲われたら……確実に終わる)
恐怖で足がすくむトリーシャとドラグ。セレーネもこの魔力を感じて放心状態から復活したようだ。
「あ、あれ? これはどういう状況なのかしら? この魔力は一体……?」
「セレーネ殿気が付かれましたか……よかったというべきか分かりかねますが、凄まじい魔力の持ち主がここに近づいております。動けるのならば逃げてください」
「そんな事出来ないわ! 私が2人を担いでいくわ!」
セレーネがドラグとトリーシャを抱えてこの場を逃げようとするが、ドラグ1人を動かす事も出来ない。彼女もまた体力、魔力共に底をついていた。
「セレーネありがとう。でも、もう間に合わないみたい……来るわ」
トリーシャ達の視線の先、土埃が舞う中を歩いてくる者の姿が晴れ間から時折見え隠れする。
その両目は深紅に輝き、白い魔力のオーラを身に
なぜなら、そこには自分達が良く見知った人物がいたからだ。ただ、今感じているこの魔力は普段の彼からは想像できない程禍々しいものだった。
だから、この力の主が彼であると分からなかった。
今こうして本人の姿を目の当たりにしても、これが彼から発せられているという事実が信じられない。
そこには魔王――ムトウ・アラタの姿があったのだ。
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