第106話 それぞれのレベルアップ

「セレーネは君にはないとてつもないアドバンテージを持っているからね。君が思っている彼女との間に感じる壁がそれなのだが」


「! それは一体なんなのですか?」


「それは時間と経験だよ。セレーネは神魔戦争という過酷な戦いを経験し、なおかつ1000年以上も生きている。それは何にも代えがたい武器だ。それを活用して、彼女は今必死になって強くなろうとしている」


 その言葉を聞いてセスは目を見開く。今までずっと彼女は、にこやかな表情をしながら急成長を遂げていたからだ。少なくともセスの目にはそう映っていた。

 そこからは、彼女が必死になっている様子など微塵も感じられなかったのである。そんな、セスの表情を見ながらバルザスは続けて言った。


「セレーネはいつも笑顔を絶やさずいるから分かりにくいだろう。だが、誰もいない時には、それこそ苦しそうな表情をしている。限界まで自分を追い込む訓練を1週間続けているのだから無理もない」


「あっ!」


 そう言われれば、セレーネの訓練は彼女たっての希望で魔力消費を気にしないスパルタ方式の内容であることをセスは思い出していた。

 冷静に考えれば、そんな無茶な訓練をしていて苦しくないわけがないのだ。常に全力疾走をしているようなものなのだから。

 そんな単純な事に気付かず、自分の気持ちのみをずっと気にしていたセスは、そんな自分を恥じていた。


「私は、全然なっていないですね。自分の事ばかり考えて、仲間がどういう状態になっているのかをちゃんと見る事ができていなかった。……情けないです」


「しかし、今回それを学ぶ事ができた。1つ経験を増やせたという事だ。それによって、君が壁と感じるセレーネに1歩近づいたという事になるな」


 バルザスは笑っていた。いつもこの人物は、このスタンスを崩さない。常にまだまだ未熟な自分達を見守ってくれている。

 セスもまた、そんな彼に信頼を寄せていた。それ故、彼が投げかけてくれた言葉に自らの成長を実感し前を向く事ができるようになっていた。



 一方、修練所の片隅で息もえに仰向けになっている男がいた。魔王ことアラタである。

 〝セレーネが修行する〟という事に触発されてか、彼もこの1週間ハードな訓練を続けていた。

 内容は今まで通りロックと一緒に体力づくりとして腕立てや腹筋、スクワット、走り込み、ランニング等といったオーソドックスなものであったが、その回数や距離は以前よりもさらに多くなっていた。

 その甲斐あってか、ソルシエル召喚直後と比べて、彼の身体は逞しく成長していた。

 さすがにロックほどではないにしても筋肉はかなりついてきており、腹筋も中々いい感じに割れてきている。

 最近では、鏡の前でこっそりとラ○ザップのCMのまねをして楽しんでいた。

 体力づくりの後の剣術の稽古もより実戦的な内容になっていた。バルザスはアラタの今までの戦いぶりから、剣と魔術と格闘を織り交ぜた戦闘方法を提案し、魔術は後々考えるとして現在は剣術と格闘を組み合わせた訓練をしている。

 剣で切り合いをしている途中で足払いや掌底を叩き込む等変則的な動きで、相手を追い詰めていくといったスタイルだ。

 この戦闘方法をモノにするには、格闘術についても練度を上げる必要があるため、体力づくりに引き続きロックに格闘術のイロハを教えてもらっている。

 剣術の相手としては、パワータイプの相手としてドラグ、スピードタイプではトリーシャ、遠距離タイプとしてアンジェ、そして剣を得物とする相手として師匠であるバルザスとの訓練にいそしんでいる。

 その甲斐あって、最近では剣の扱いもますます様になってきていた。

 最も、遠距離攻撃が出来ない現状では、アンジェとの戦いの時は彼女のレインショットからひたすら逃げるという内容であった。もちろん、当たっても大丈夫なように威力は控え目になっている。

 そのおかげで、ただでさえ高い彼の回避能力がさらに向上する事になるのである。

 そのような経緯により訓練内容は段々とハードになっており、魔王は現在全力で休憩しているのであった。

 休憩中、短時間の睡眠を取って出来るだけ体力を回復させる――これが過酷な訓練においてアラタが辿り着いた効率的な休憩方法なのである。

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