第21話 魔王の火事場の馬鹿力

 朝食を終え、キャンプ用の物資をインベントリバッグに収納した魔王軍は再び山頂を目指していた。

 キャンプ場を発ってからは、何故か魔物と会う事もなく進んでいたが、すぐにその理由が明らかになった。

 山道のあちこちに巨大な足跡が残されていたのだ。

 足跡付近には、様々な魔物の残骸があり、その主は他の魔物を食い荒らしながら移動していたようである。

 緊張が走る魔王軍一同ではあったが、そこでトリーシャがある事実に気が付いた。


「この足跡ってさ、山頂の方から中腹の方にかけて残っているわよね? これってもしかして昨日戦ったエンザウラーのものじゃないの?」


 トリーシャの予想を聞いて、足跡の向きを改めて観察すると、彼女の言う通りに山頂から降りるように移動していることが分かる。

 これにより足跡の主の見当が付いた一同は、安堵の表情を浮かべると緊張感が解けたためか、歩みが軽くなり進軍の速度が上がっていた。

 この事実に気が付いたのと同時に、何故エンザウラーがこのような行動を取ったのかが疑問に上がるが、それもすぐに判明する。

 昨日、エンザウラーは火竜の子供を追っていたからだ。つまり、この子供は山頂付近から、エンザウラーに追いかけられながら下山してきたのである。

 アラタは、目の前にいる小さな竜の子供の頭をわしゃわしゃと撫でていた。


「お前、滅茶苦茶頑張ったんだな。こんな小さいのに大したもんだ」

「ぴぃぃぃぃぃ」


 アラタが頭を撫でるごとに、火竜の子は嬉しそうに鳴き声を上げながら体を近づけてアラタの足にすり寄ってくる。

 今朝から、火竜の子はこのような調子でアラタから離れようとしない。

 ドラグ曰く、エンザウラーとの戦いにおいて、間一髪の所でアラタに助けられた事を覚えているからではないかという事であった。

 このように懐かれると情がくのが人情であり、いつまでも火竜の子というのは呼びづらいので、名前を付けてはどうかという事になる。


「勝手に名前なんか付けていいのかね。今頃、親御さんが探しているだろうし。うちの子に変な名前を付けるなって怒られそう」

「ははは! そうかもしれませんな! しかし、当人は乗り気のようですぞ」


 ドラグの言葉を聞き、アラタが見てみるとブレイズドラゴンの子供は、何かを期待するかのように無垢むくで大きな瞳をアラタに向けている。


「魔王様に名前を付けてもらいたがっているのではないですか?」

「いいじゃん! かっこいい名前を付けてやれよ」

「俺が? んん~、何がいいかな~?」


 なんだかんだで、アラタも乗り気であった。

 火竜の子供の名前を考え、騒いでいる男子一同の後方では、バルザス、トリーシャ、アンジェが難しい顔をして歩いていた。

 彼女達の話題は火竜の子供ではなく、アラタに関してであった。


「昨日、火竜の子供を助けた時、マス……じゃなかった魔王様は確かにエンザウラーの下敷きになったと思ったのに、どうやって助かったのかしら? 次に現れた時には、結構離れた所だったし……」

「うむ……それに関しては、私も考えていた。ひょっとして、魔王様はとてつもなく足が速いのでは?」

「それにしたって速すぎでしょ! 一瞬で消えたみたいだったわよ」


 トリーシャとバルザスが結論の出ることのない討論を繰り返していると、メイドがそこに一石を投じる。


「ああ、あれですね。恐らく〝瞬影〟を使用したものと思われます」

「〝瞬影〟? それはありえないでしょ?」


 トリーシャがそういうのも当然である。〝瞬影〟とは、魔闘士が使用する高速移動の歩法術である。

 両足に魔力を集中し、瞬間的に開放・反発力により残像を残すほどの高速移動を可能にする。

 高度な駆け引きや技術が必要とされる上級魔闘士の戦闘には必須の技術であり、当然魔王軍は全員使用可能である。

 だが、一般的に習得は難しく、習得できたとしても、使用の際には使用者のセンスが強く反映される。

 例えば、同じ瞬影を使用したとしても、移動距離の限界が使用者Aは10メートルなのに対して使用者Bは30メートルであったり、連続使用可能数が使用者Aは3回なのに対して使用者Bは1回のみ、というように個人差が現れる。

 当然、鍛錬により瞬影の性能を向上させることは可能であるが、今回重要なことは魔力が扱えないアラタがそれを使用したという事である。

 しかも、エンザウラーからの距離を考えると、100メートル近くを一瞬で移動したことになる。

 それには、高度な魔力コントロールを必要とし、熟練の魔闘士でも実に難しい事であった。


「だって魔力を使えないんでしょう? しかも、あれだけの距離よ! 私だって出来ないわよ!」

「恐らく無意識下で使用したものと考えられますね。以前の時もそうでした」

「それは本当か? 一体どのような状況で?」

「詳細は省きますが、アラタ様が私に謝罪したときですね。あの時は、移動距離は数メートル程度でしたが、私の前方から後方に一瞬で移動したことから最低2回は連続で瞬影を使用していたはずです」


((……一体、2人の間に何があったんだろう?))


 淡々と語るアンジェに対して、1回目の詳しい状況を聞きたかった2人であったが、このような場合、このメイドは守秘義務があると言って絶対に口を割ることはない。

 そのため、後ろ髪を引かれる思いながらも本題に戻ることにするのであった。


「つまり、魔王様は無意識下ならば魔力の行使が可能……ということかな?」

「はい、そうだと思われます。ただし、使用後には大分お疲れのご様子でしたので、身体にかかる負担が大きいものと考えられます。……どのみち、無理やり魔力を引き出すような行為は現時点では危険でしょう」

「成程。では、今後魔王様が魔力を行使しないように、我々で注意をする必要があるな」

「了解。後で前方で騒いでいる3人にも伝えておくわ……本人には伝えるの?」

「魔王様には私が後で話しておく。恐らく驚くだろうがね。だが、当人に秘密にしておくのは得策ではないはずだ」


 3人の真面目な話が終了した瞬間に前方から大きな声が聞こえてきた。

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