揺れる

@hitsuji

第1話


 互いに何か言いたいことはあるのだが諸々の事情、立場なんかのせいでそれをストレートに口に出すのは憚られる、そういうことは仕事なんかをしているとよくあることだと思うのだが今まさにそれで、眼前には本部長、翡翠の眼鏡を手でこねこねして、と部長、何に使うわけでもないのにタブレットを二つも持って、が並び、テーブルを挟んで俺と向かい合い押し黙っていた。うだる。密を避けるために開け放した窓、蝉時雨。これは弊社事務所の入るビル前に横たわる大通り沿いの街路樹にとまっている蝉達の泣き声で、止むことを忘れた夕立ちのように満遍なく街に降り注ぎ、こんな薄汚れた会議室にも生真面目に夏を届けてくれる。暑さは煙のようで、隙間から入ってきたそれに満たされる部屋、空間。窓を開けていたらクーラーなんて効きやしない。二人の向こう、壁にかかる日めくりカレンダー。明朝体で記された今日の日付を見て、言っている間にもうすぐ夏季休暇なんだなぁ、なんて呑気なことを思ったのだが、こんな暑苦しいところに男三人集まっているのにはちゃんと理由があって、やがて本部長が本題を口にする。「とりあえず売上数字が落ちている理由を説明してくれない?」最近話題のハラスメント的な何かを恐れて優しい言い回しをしているが、本当は「何売上数字落としてくれちゃってんだよ」と怒鳴りたい気持ちを抑えていることくらい俺にだって分かる。最近のトレンドはとにかく弱者を守る。そうなるとどうなるかというと、それに肖ろうとする弱者に扮した強者、狼のようないやらしい奴らが増えるのであるが、そこの選別が難しくなるのであるが、今の俺は立場上純粋な弱者で、とりあえずは世論だったり流行だったりといういろいろなものが守ってくれるのだが、だからと言ってそれを振りかざし「落としちゃったものは仕方ないでしょう」と胸を張って言えるほど俺は図太くもなければ若くもない。売上数字。何故こんなに上がらないのか、というよりむしろ落ちてしまうのか。俺が働くのは中堅どころの印刷会社で、このご時世、印刷物なんて売れない。時流に乗りウェブ関係なんかに手を広げる企業体力はないのだが、地域の同族二、三人でやっているような小さな企業というわけでもなく、社員もそれなりには抱えており、簡単に諦めて畳むわけにもいかず、じゃあどうしたらいいんだよ、と疑問を抱きながらも馬鹿の一つ覚えのように変わらず印刷物を売るしかないような、そんな可哀想な会社だった。俺はそんな可哀想な会社のフロントマン、つまりは営業。その課長代理であった。そうして真夏の事務所、我々は互いの出方を伺うように推し黙っていたのだが、あちらから口火を切られたのであればこちらも何か返事をしなければならなくて、そうなると俺が今ここで返せる言葉は「すみません」と謝罪しかない。「いやいや、別に謝ってほしいわけじゃないんだ。理由を聞いてるんだよ。理由を。それが大事だからね」と、本部長。「はい」「理由をね、分析して次に繋げないと。そうやって良くしていかないと」「それは、まぁ、そうですね」しかし、こうして売り上げ数字を落としてしまった明確な理由なんてものが無いからとにかく謝っているのであって、無いものを出すのは難しくて、ゼロから有を作るというか、それはある意味超地球現象なわけで、理由、時代の流れですよ、だなんて言えたらそれで楽なのだが、それを言ったらお終い感があるし、では何かというと、強いて言うのであれば俺、もしくは俺のグループに属するメンバー達の努力が足りなかったということが理由なのかなと思い、これを口にする。すると本部長は期待していた回答ではなかったのか溜息をつき、代わりに隣に座る部長がタブレットの画面をこちらに向けてきて、何かと見ると、おそらく部長自らまとめたのであろう我がグループの売上数字の降下を分かりやすく示した折れ線グラフで、わざわざ労力をかけてこんなものを作らなくても自分のグループのことくらい自分で分かっている、と、思うも弱者である、羊である、俺は何も言い返せないが、シャープな下降を示す折れ線は嫌味にしか思えなくて、シンプルに嫌な気持ちになった。無数の見えない蜂達が俺の頭の中をブンブンと飛ぶ。喉が乾く。グラフは二年前から始まっていた。二年前、思えばこの頃は良かった。俺の会社生活のピークだった。大きな案件を当て、営業部のエースだなんてチヤホヤされ、偉い人達からも随分美味い酒を飲ませてもらった。浮ついたのも事実で、やはり営業としては大きな仕事を取ってくるのが冥利というわけで、景気良し、それで課長代理にも昇格できたし、それはそれで良かった。しかし営業という職種は何かを成し遂げ続けないと真の評価を得られない職種であり、大きな仕事を当てたからと言ってそれで一生安泰だというわけでもなく、当然、じゃあまた新しい仕事取らないとね、という話になり、それはつまり次から次へと花火を打ち上げ続けなければならないということで、打ち上がって夜空に消えた花火のことなんて少し時が経てば皆綺麗に忘れてしまい、もう次の花火を心待ちにしている。誰が去年の花火大会の花火のことを覚えているというのだ。まぁ、そう考えると営業なんてものは最終的には結局、今、今今今その場が良いか悪いかだけ、という言い方もできる。そして真の評価はそれの連続性なのだ。「で、どうするつもりなの?」と本部長はハラスメントの仮面を外した本当の目で俺に問う。「それで良いのではないでしょうか」と言いそうになった。言わなかった。誰しもやはり自然というのが一番いい。怒りたいのであれば怒ればいいし、詰めたいのなら好きなだけ詰めればいい。着飾ったような言い方はその正体が見えた時点で非常に不自然で、不気味で、気持ちが悪い。悪魔だ。まぁ、しかし俺、一言も言葉が出ない。返す言葉がない。蝉時雨。相変わらずの。季節は、圧倒的に夏である。「考えます」何をどう考えても状況が好転するとは思えないが、最終的にはそう言った。言うしかなかった。



 それぞれ思いついた時に適当に料理を作り、もしくは買い、その時々に冷蔵庫にあるものを各自勝手に食事とするのがいつしか俺と妻の間で暗黙のルールとなっていた。味に対してもルールに対しても取り立てて文句は無いし、不便さも感じなかった。今夜も今夜で冷蔵庫を開けると、鮭の塩焼き、それとベーコンとコーンのポテトサラダ、真紅のチャンジャ、スーパーの惣菜らしき鶏の唐揚げ数個が目についた。あぁ、良いじゃないですか、とそれらを食卓に運ぶと、「その鮭は四日前のやつだよ」とテレビから視線を外さないまま妻が言う。洗濯の繰り返しで印刷の薄れたTシャツと青色、白色ライン三本のショーパンで完全な部屋着、夏らしいショートカット、髪を切ったのは二週間ほど前だが未だにそのことには触れていない、顔はスッピン。夕飯はもう済ましたようだった。うちはいわゆる共働き家庭で、妻はシステムエンジニアなのだが、システムエンジニアという職業は、俺は、徹夜残業だとか、休日出勤だとか、割とブラックな印象を持っていたのだが、妻の勤める会社は違うのか、それとも一口にシステムエンジニアと言ってもいろいろな種類があるのか詳しくはよく知らないが、帰りはいつも俺より早く、俺が帰宅する頃には夜のあれこれはだいたい終わらせた状態でテレビを見てソファに身を沈めている。「あ、そう?」「もう悪くなってるかもだから止めておいたら」「あぁ」と声帯の奥の奥で呟いて、試しに鮭の端っこの方を指で千切り食べてみる。ちゃんと鮭の味がした。「いけそうだけど」どうしても鮭が食べたかったわけでもないのだが言ってみる。妻はこちらを向き、俺と自分の間の空間を見つめているような目で頷いた。実にどうでもよさそうだった。別に俺としても多少腹が壊れようとも死なない程度ならばどうだっていいとは思っている。思ってはいるが、やはり本心では少しは心配をして「止めときなって言ってるでしょ」と四日前の鮭の塩焼きなんてものを食べることを止めてほしくもある。夫婦生活において、そのような思いやりは幻想か? しかし昔は違った。昔は妻も俺の腹のこと、つか俺のことを多少は心配したし、そもそも四日前の鮭なんて冷蔵庫には無かった。昔は毎日ちゃんとどちらかがその日の夕飯を作り、食卓で向かい合って二人で食べた。どこかで何かが変わった。その境目は明確に分かる。娘だ。娘が死んで、子供を諦めた時点で妻との関係はわけが分からなくなった。人生という大海原の中、お互い目的を見失ったのは確かで、それはそれで仕方がなかったとも思う。今でも思う。が、しかし人生というものはそんな諸々の事情など関係なく、残酷に、淡々と続いていく。いっそ止まれたのなら、あの、娘が死んだ朝に俺も妻も止まれたのなら、いくらかマシだったのだろうか。分からない。本当に全てが分からない。歩みを進める一寸先は闇過ぎて、結果、とりあえずここに今あるのが娘の死んだ現実というだけで、じゃあ娘が生きていたのなら幸せになれたのかというと、正直言ってもはやその自信もない。詰んでいるのか、俺は。どの手を選んでも自軍の王将を守る術は無いような、和服を着て畳の部屋、将棋盤の前で頭を抱える自分を思い浮かべ、やりきれなくなって缶ビールで全てを流す。数分で食事を済まし、ベランダに出て煙草に火をつける。飛び降りたら簡単に死ねそうな四階建てのマンション。最上階の部屋を借りている。特に古くもなく新しくもなく、特徴は何かと問われると特徴が無いことが特徴なのだと答えるだろう。埃っぽいベランダの端、枯れて、元気だった頃の姿をもはや思い出すことのできない可哀想な植物が鉢植えの中でカサカサの灰緑になってそれでも何とか立っていた。彼に水をやっていたであろうジョウロがその隣に錆びて転がっていて、こちらはもう死んでいるのが見た感じで分かる。あとサンダル、今年の災害級の猛暑にやられ、くたくたに縮こまって、こちらももう死んでいた。見下ろすと中途半端な交通量の大通り、明かりのついた民家達、帰りを急ぐ人々、生暖かい真夏の夜風、決して気持ちが良いとは言えない夜風。暗がりの石塀の上、はっきりと猫が見える。黒猫だった。向こうもこちらに気づいたようで、ジッと俺の方を見てやがる。生意気な三白眼。四階のベランダから見下ろしているのは俺なのに、何故だか、どうにも、無性に、見下されているような気持ちになった。悔しかった。負け惜しみで手を振って笑いかけてみる。俺のことを好きになってほしかった。猫は興味が無さそうに俺から視線を外し、やがて去って行った。そこに残るはただただ闇。



 倫理的にとか、一応世間体もあるし、自分でもいけないことだとは分かってはいるのだが、俺は仕事・家庭が上手くいっていない反動で出会い系アプリを用いて複数の女と出会い、その中の何人かとは身体の関係も持った。ここ半年くらいの話だ。あまり知名度のないマニアックなサービスを選んだのが良かったのか、向こうもそういうコト目的な女が大半で、関係にこぎつけること自体はそこまで難しくなかった。それで、ほとんど、つか、今まで会った女は全て一度きり、二度会うことはなかった。別に俺としてもリピートを望んでいたわけでもないし、おそらく向こうも同じような感じなのだろう。こんなものはオナニーだ。二人でやるオナニーだ。協力プレイだ。朝になったら顔も、スカートの色も、腕の細さも忘れている。名前なんてもっての他だ。長尾はちょっと違った。つか、そもそも長尾は出会い系で初めて会ったのではなく、元々知っている女だったのだ。俺は初め、気付かなかった。いつものようにアプリで待ち合わせ場所を決め、向こうが指定したイタリアンの店に俺は少し早めに着いてしまって、喉が乾いていたので水、底には薄く切られたカットレモンが二枚沈んでいたのだが、を飲んで、窓から外の繁華街を歩く人々、雑踏、賑わい、それらの持つ、けぶる夢、命、その他もろもろの入り組んだ恋愛だの友情だの怨恨だのといった感情のぶつかり合いを眺めていたのだけど、やがてそれにも飽きてビールくらい先に一杯もらおうかと思った矢先、女が一人、俺の向かいの席にスッと座った。突然だったので少し驚いて、「こんにちわ」と、時間的には完全に「こんばんは」の頃だったのだが、驚きの反動で変なところから声が出た。「先生?」と女は俺に問う。言葉の意味が上手く理解できなかった。「いや、違いますけど」「先生でしょ。私ですよ、私」「えっ、私って」と、もしかしたら顔を覚えていないことが失礼にあたるのではないかと少し焦りつつ、先生というワード、俺はしがない営業マンで先生などと大それた呼ばれ方をすることなど皆無なので人違いだろうと思ったのだが、一点引っかかったのがもうかなり前、大学時代の塾教師のアルバイトのこと。あれは二十歳頃だろうか、「塾のバイトは給料が良い」という語学か何かの授業が同じだった友人の言葉を鵜呑みにし、教える相手も別に有名国立大学を目指した受験生というわけではなく、学校の勉強の予習復習目的の小、中学生が中心だったので、まぁ、何とかいけるだろうと始めたのだが、これが意外と大変で、俺は自分の馬鹿さ加減を見誤っていて、流石に小学校レベルの内容は大丈夫だったが中学レベルになるとだんだん怪しくなってきて、忘れていることも多く、教科によってはこちらもあっぷあっぷになっていた。それに給料、通常のバイトは普通、時給いくら、みたいな物差しで測るのだけど、塾のバイトは「一コマ」いくらという給料体系で、確か一コマ千五百円だったと記憶しているのだけど、その千五百円という金額だけ見ると確かに当時の相場でいうとかなり高額なのだが、この一コマ、一授業という意味なのだが、というのが時間にすると一時間半で、時給換算で計算すると、そこまで飛び抜けて給料が良いわけでもないのだ。それに働き出してから分かったのだが、授業前の準備や授業後の業務報告の作成は実質無賃労働で、結局、大して儲からないわ、あっぷあっぷしたわで今となってはあまり良い思い出はない。最終的には同僚の女の子に中途半端に手を出してしまい、居心地が悪くなって辞めた。そういえばあの頃は一応先生だなんて呼ばれてたなぁ、と思うと一人の女の子の顔が頭に浮かんだ。「もしかして長尾?」「そうです、そうです」そう言って長尾はうんうん頷く。「全然分からなかったなぁ」と、それもそのはずで、当時の長尾はまだ小学校高学年で、俺の記憶の中ではまだ全然子供だった。「いくつになったの?」「今年で二十七になります」まぁ、そんなもんか。黒のロングヘア、笑うと口元から八重歯がのぞく。昔のままだと言えばそうとも思えるのだが、すっかり大人の女性だった。まぁ、しかし、いい加減なものだったとはいえ長尾は一応教え子で、確かに長尾から見たら俺は先生なわけで、そんな教え子と身体目的の出会い系サービスで再開するとは何とも気まずい。はは、なんて笑って誤魔化しつつ煙草に火をつける。見た感じ長尾の方は別に気まずいとは思ってはいないようで、にこにこ笑って運ばれてきたシャンディーガフを飲んでいた。やがてテーブルの上には青々と生命力に満ち溢れたシーザーサラダ、海老のアヒージョ、ピッツァは熱々で、持ち上げるとチーズがびろんと伸びた。「ねぇ、先生はやっぱり教師になったの?」と、具がこぼれないように気をつけてピッツァを齧りながら長尾が聞く。俺はビールを吹き出しそうになった。「まさか」「え、違うんだ。てっきり教師になったんだと思ってた」「なってない、なってない。あれはただのバイトだよ。今は普通に営業マンやってる」「なぁーんだ」と長尾は少し残念そうな顔をした。時が経っても長尾にとっては俺は先生のようで、そうなるとあまり馬鹿なことは言えない。発言には気をつけた方がいいなぁ、と思った。「営業の仕事って楽しい?」「いや、楽しくないよ。景気も悪いしさ」「先生が営業マンってなんかイメージと違う」「かなぁ」「結婚は?」「一応してる」「へぇ、子供は?」「いない」「そっかそっか。私は未だ独身よ」「仕事は? 何してんの?」「今は水泳教室の受付」今は、という言い方が多少引っかかりはしたが、そこは何も言わなかった。長尾はシャンディーガフを二杯飲み、さらにカシスオレンジを注文した。甘い酒ばかりだがアルコールはそれなりにいける口のようだった。そして長尾の話が始まる。「ねぇ、先生はさぁ、何が一番怖い?」「え、何?」俺は目を見開いて聞き返した。「だから、先生が一番怖いと思うものは何、って」「怖いものかぁ」急にそんなことを聞かれても困る。ほとんど全てのものは信頼ができなくて怖い気がするが、おそらくそういう回答を望んでいるのではなくて、突然聞かれても分からなくて、「なんだろなぁ」と回答をぼやかした。「私はさぁ、やっぱり地震が一番怖いと思うの」「地震?」「そう、地震。いつか地震が人間を滅ぼすのよ」「ウイルスじゃなくて?」「ウイルスは時間がかかりすぎるのよ。時間があれば人間は大抵の対策は打てるじゃない。例えばワクチンとか。でも地震は一瞬よ。人間に考える時間を与えない。絶対的な暴力よ」まぁ、そうか、と思い頷く。「南海トラフ地震のことは知ってる?」「名前くらいは。あとはとてつもなくでかい地震だということくらいかな」「南海トラフ地震が向こう三十年で起きる可能性って何パーセントか知ってる?」「いや、知らないけど」「80パーセントよ、80パーセント。東日本大震災よりも大きな地震がそんな確率で起きると言われてるのよ。どう思う?」「どう思うって、確率高いなぁとは思うけど」「高いっていうか、高すぎるでしょ。80パーセントなんてもうほぼ起きるって考えてもいいくらいじゃない」「まぁ、そう言われたら確かに」「でしょ、で、私が分からないのは、何故そんな状況にも関わらずみんな何事もないかのように平然と生きているのか、ということなのよ」長尾の言葉に力が入る。急に何のスイッチが入ったのだ、と思ったが、そういえば長尾には昔からこういうところがあった。「先生、ハワイが年々日本に近づいているということは、いずれハワイは日本になるの? それとも日本がハワイになるの? その場合国籍は?」とか「先生、イケメンが二枚目というなら一枚目は何? というかそもそもこれは何の枚数の話なの?」だとか、こちらは掛け算割り算を教えている最中だというのに突拍子もない疑問をぶつけてきて、俺も上手く答えられないから「どうだろうね」なんて誤魔化そうとするも、どうも納得がいくまでやめられない性格のようで、一度考え出すと授業中だろうが何だろうかブツブツと一人で考え込み、俺は非常に苦心した。「まぁー、でもさ、とはいえ皆それぞれ生活があるし」そう言って俺は二杯目の赤ワインに口をつけた。「でも地震が起きたらその生活そのものが全部ダメになっちゃうのよ。何万人も死ぬって言われてて、自分はその中の一人じゃないって絶対言い切れる?」「いや、まぁ」「そう考えると、何でみんな日本から飛び出してどっか地震の無い安全な場所に行かないのかなって思うの」「じゃ何で長尾は行かないのさ」と、言うと長尾は腕を組み頭上、斜め上を回るシーリングファンを訝しげに睨み、何かを考え出したようだった。昔と変わらない。昔もよくこんな顔をしていた。疑問には思っているが、まだ答えには辿り着けていないのだろう。数分黙った後、長尾は「でもやっぱり爆弾が仕掛けられてるって分かってる部屋にずっといるなんておかしいと思うのよね」とカシスオレンジを飲んで言った。「そういう考え方もある」「お金の問題?」「え?」「いや、違う。お金持ってる人だってほとんど逃げてないよ、多分。芸能人とかも普通に日本で仕事してるし」そう言って長尾は再びシーリングファンを睨む。考えが行き詰まり、俺の言葉なんてちゃんと聞いちゃいないのだ。仕方がないから俺もシーリングファンを睨む。何も悪くないのに睨まれるシーリングファン。室内。知らない誰かの冗談。それに対する知らない誰かの笑い声。頬の下であたたまるワインによる軽い酔い。鉄板で肉が焼かれる音、匂い、それは洒落た音で、洒落た匂いだった。カウンターに並ぶペリエ、俺はペリエなんて飲まない。そしてシーリングファン。シーリングファンというものは室内の空気を効率的に循環させ、空調の快適性をアップさせるためのものだということは何となく記憶していたが、果たしてどこまで効果があるのか、怪しいものだ。向かいで長尾は煙草に火をつけ前髪をくしゃっと握る。まだ悩んでいるようだった。



 自然と開いた瞼の隙間、から、さらに見るカーテンの隙間の向こうに真っ白い太陽、新品の絵具で塗ったかのようなブルーの空を背負って。聞こえるのは蝉の鳴き声、あと、微かに、野球中継が聞こえる。目を擦り畳から起き上がると、義理の祖父はソファーにどかっと身を預けて高校野球のテレビ中継を観ていた。ぼぉっとした頭で「勝ってます?」と聞いてみるも、それはどちらに対しての勝ってます? なのか、そもそも俺は試合をしているどちらの高校のことも知らない。名前を聞いたこともない。祖父にしても同じような感じだったのか、あまり興味なさそうに「まぁ、ねぇ」と回答にならない回答をした。記憶。あれはもう何年前だろう。福島だ。妻の祖父の家が福島、相馬にあって、そこに妻と二人で訪ねた。夏。ちょうど今くらいの季節だった。義理の祖父。祖母はもう何年も前に亡くなっていて、海の近くのこの地でずっと一人で暮らしていた。正確な年齢は忘れたが、もう八十を超えていたと思う。元気そうに見えるのだが、妻からすると、昔と比べるとかなり口数が減ったらしい。机の上に置きっぱなしていた飲みかけの缶ビールに手を伸ばす。意外なことにまだ冷たかった。ここに来てから、井戸水で冷やした缶ビールを勧められるがままにひたすら飲んでいた。シャツは汗でかすかに濡れていて、ふぅ、と一つ、息づく。部屋には俺と祖父だけで、いつの間にか妻がいない。一人で買い物にでも出たのだろうか。最寄りのスーパーまでは歩くと、祖父の家には車など無かった、それなりの距離である。声をかけてくれればよかったのに。見上げると、カーテンレールにぶら下がる風鈴、水色と青の波と真っ赤なタコの絵が描かれている、が風に揺れてちりんちりんと鳴る透明な音と高校野球の力強いブラスバンドと応援団の声援が何ともアンバランスで、これらが同じ陸続き日本の同じ夏だとは思えなくて、俺は、こうして缶ビールを飲んで汗をかくことで何となくその中間地点にいるような気になった。「西瓜」と祖父が呟く。「西瓜を井戸で冷やしているから良かったら食べなさい」「ありがとうございます」と礼を言ったもののビールを飲んでいるからか、あまり西瓜を食べたい気持ちではなかった。茄子とか、もしくは胡瓜だとか、そういうものの方が食べたかった。もちろんそんな贅沢は言わないが、口にはしないが、かと言って西瓜を取りに立つ気にもなれなくて、「しかし暑そうですね」と高校野球を指差して話を戻した。「みんな、良い顔しとる」と、祖父は少し笑い、そう言われてみると確かに皆、本当に良い顔をしていて、青春、血潮つうか、西宮は熱気を帯びていて、黒ずんだ白のユニフォーム、腰をかがめる二塁ベースの向こう側が揺れ、痛いくらいの青空、躍動するチアガールの女の子の首筋に玉の汗が浮かぶ。「俺にもこんな頃があった」祖父が言う。「野球をされていたんですか?」「ずっと昔な」と微笑む。それで俺が何かを言おうとした時、玄関のドアが開く音がした。やがて古い、じゃらじゃらとした数珠の暖簾から妻が顔を覗かせる。片手にスーパーの袋を持って、麦わら帽子、祖父のものだろうか、をかぶっていた。「ただいま」「買い物、言ってくれたら手伝ったのに」「だって、気持ち良さそうに寝てたから」俺は口に手を当てて欠伸をする。「お昼は冷や麦にするよ」と、妻が言うと何故か祖父は笑った。妻も笑う。二人が何故笑ったのか俺にはよく分からなかった。冷や麦という食べ物が二人にとって何か特別な意味を持つのか、などと一瞬考えたが、すぐに思考は夏の暑さに溶けた。スリーアウトチェンジ。やっぱり西瓜、食べようかなぁ、と頭はぼんやりと移ろいでいて、立ち上がり井戸水、こんなに暑いのに氷のように冷たくて。見上げると飛行機雲、遠く、高く、一直線に空を横切っていく。数年後、この地が震災によって甚大な被害を受けるだなんて、その時は考えもしなかった。祖父は震災を知らずに俺達が訪ねた翌年に亡くなった。心筋梗塞だった。俺は仕事の都合がつかず葬式には出られなかった。だからこの夏以来相馬には行っていない。あの街は、果たして変わってしまっているのだろうか。揺れたのだ。長尾の話を聞いたせいか、土曜の朝、煙草を吸いながらそんなことを思い出した。



 むあっとした空気が待ち受ける最寄り駅のホーム。それぞれ何かもやもやとした葛藤だの劣等感だのを抱えていて、それを今日もまた上手く消化できなかったのだろうなぁ、と思われる同志達と、スリラーのゾンビのようにぞろぞろと階段を降りる。笑っているのはウインナーの看板広告の中の俳優くらいで、嫌味なくらいに白い歯、そういえば昔は芸能人は歯が命だなんて言ってたなぁ、でもどうせ画像加工だろ? と、やや印刷プロ目線。俳優、握った拳、真っ直ぐな目、俺は毎日目が合っては逸らす。駅前商業施設の改装工事は肌寒くなり出した頃に始まったのだが、夏になっても未だに終わる気配がまったくない。まぁ、終わったところで俺としては何も変わらない。じゃあ別にどちらでもいいや、と近道を封鎖する「工事中ご迷惑をお掛けします」の看板を何となく毎日許している。月、満月だが、星、空には確認できず。これも別にどちらでもいい。俺は、どちらでもいいことが多い。多分、普通の人よりもずっと多い。バス停まで続く駅前通り。明日も、明後日も、今の生活のループから外れない限りおそらくほぼ毎日歩くであろう駅前通り。良いことなんて一つもない。本当に絞り出しても一つもない。降りてみてぇなぁ、と思うこともある。正直言って。ここで言う「降りる」というのはつまりは「死」のことなのだが。本当にやったらみんな引くんだろうなぁ、なんて、そんなことを考えて躊躇するやつに本当に死ぬ勇気なんてあるはずがない。24Hのネオン、何となく、死んで、次もし生まれ変わったとしても俺は変わらずこの道を歩いているような気がした。同じように電車に揺られ、同じようにちびちびと暗い家路を埋めるのだ。もちろんそんなことは一ミリたりとも望んではいない。でも何故かそう思ったのだ。笑ってみる。悔しいから笑うのだ、楽しいからじゃない。バスを待つ列の三人前に妻が並んでいることに気付いた。やがてバスが来て、だんだんと列はバスの中に吸い込まれていく。妻も。車内は混んではおらず、しかし空いているとも言えない中途半端な乗客数で、妻の横の席は空いていた。無視して別の席に座ってもよかったのだが、それもどうかと思い「おう」と、隣に腰掛ける。妻も俺に気付き、軽く頷き、そっと窓際に身体を寄せた。「お疲れ様」「うん、お疲れ」「毎日暑いね」俺がそう言ったのと同時にドアが閉まるブザーが鳴り、バスが動き出す。「暑いね」「髪、切ったね」「何週間前の話よ」そう言って妻は窓の外を見た。俺も見る。暗がりの窓ガラスに薄ぼんやりと俺と妻が並んで映っていた。おかしな話だが、実際の二人よりもいくらか夫婦らしく見えた。バスはゆっくりとカーブを曲がり、それは水族館のジンベイザメのスイムを想像させる様、だんだんと駅を離れていく。携帯ショップ、薬局、それらはもう明かりを落としていて、人気もなくて、閉まっているようだった。「夕飯は?」「食べてない」「どうするのよ?」「うーん」夕飯のことなんて何も考えていなかった。「途中でコンビニでも寄る?」「そうだなぁ」最寄りのバス停で降りてコンビニを目指す。コンビニに行くにはバスで来た道を少し戻ることになる。俺は、前を歩く妻の背中を追う。今更ではあるのだがショートカットの髪は妻によく似合っていて、俺はとても良いと思うのだけど、そういうことをストレートに伝えるのはどこか照れがあって、しかしこのまま何となくもじもじしていたらそのうち妻の髪も伸びてしまって、それは時間だけがただただ過ぎるという意味なのだけど、あっという間に何もなかったかのように元に戻るのだろうなぁ、と思う。それは本当に「何となくな日々」で、それはそれで美しいのかもしれないのだが、それでいいのだろうかという気持ちがないわけでもない。確かに俺はどちらでもいいことが多い。流れていくもの達に干渉するでもなく、それをただただ眺めるだけの日々。で、その先にはいったい何があるのだろうか。何というか、もっと、写真を撮ったりだとか、ビデオを回したりだとか、そういうことをしたいと思える時々を無理にでも作るべきなのではないか。美しい日々、そんなものはバケツの中、水面の月のように思える。あまりに遠い。日常とは日の常、あとは濃度の問題か。同志達よ、お前等は今何を思う? 何故今、ここに、この地にいる? 毎日何をしている? 何を考えている? 地震。やがて地震が来る。知っているはずだ。ちゃんと働いているのだから、ちゃんとニュースを観ているのだから、ちゃんと何かを気にして生きているのだから。「どうしたのよ」と、不意に妻が振り返って「えっ」となる。「何? 何か変だった?」「いや、さっきから何かぶつぶつ言ってるから」「あ、何か言ってた?」「うん。全然聞き取れなかったけど」「あぁ、そう」と恥ずかしくなる。どうもあれ以来長尾が話していた地震の話が頭から離れない。コンビニの中は暴力的なくらいに明るくて、棚に陳列された食料品、ラフな格好の人々、ヤンキー。天井のステレオからはヒットソングが降り注ぐ。最近の音楽のことはよく知らないが、おそらくヒットソングなのだろう。キラキラなメロディ、シンセサイザー、なのだろうなという楽器の音、アニメのような女の子の声、やがてそんなものも終わり、教科書通りのラジオDJの明るい声、こういう人の声は皆同じに聞こえる。俺だけか? そういえば小学校の同級生で一人、ラジオDJになった友達がいる。彼女もこんな声だったか、いや、全然覚えていないのだが、おそらく今はそうなのだろうなぁ、職業柄、と思い彼女の顔だけ思い出す。小学校の頃のではなく、SNSで見た最近の顔を。妻は玉子焼き弁当を選び、俺はその二つ横にあった生姜焼き弁当を手に取る。妻が持つ買い物カゴに弁当を入れる時、「南海トラフ地震が起きたらこの辺りはどうなるんだろうね」と聞いてみた。「何よ急に」と妻は怪訝な顔。「いや、まぁ、ちょっと思って」「この辺りは地盤が固そうだから案外何ともないんじゃないの」「あぁ」と俺は妻の言葉に頷いてみたものの、心は、あまり納得していなかった。地盤が固かったら大丈夫なのか? よく分からないのだが、例えそれが常識だったとしても、人間が定めた常識なんてものが迫りくる大地震に対して通じるのだろうか。「持つよ」会計を済ました妻からブルーのエコバッグを受け取る。レジ袋が有料になったので、最近はいつもエコバッグを持ち歩いているようだった。当たり前だが外はまた暗がりで、コンビニの中でのあれこれが夢だったように思えるほどの生暖かい現実。闇に潜んで獲物を狙ういやらしい獣の気配がする。吐息が聞こえる。隣で妻がそっと煙草に火をつける。どこか遠くからクラクションの音。また誰かが誰かを咎めているのだ。欠伸、からの家路。黒と灰が混ざり合って光るアスファルトを一歩一歩と踏み締める。

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