夢花火

@mugimugimugianemone

眠り

『朝5時』


ライターで花火に火をつける。朝五時の少し明るい頃。

「こんな朝方に花火なんて、馬鹿みたいじゃん。」

思わず火をつけながら呟いてしまった。

元カレのライター。最後の最後まで残しておいた二人分の線香花火。吐きつぶしたサンダル。くすんだピアス。

火がつきたての線香花火とうすい太陽の光だけがあたりに輝きを与えている。私はなにをしてるんだろう。

頭の中にその疑問があふれる前に二人分つけた線香花火が落ちた。

「よし、もう寝るか。」

ため息交じりに、花火を片付けて玄関のドアを開けた。


『現実』


今日の深夜二時、彼氏と喧嘩した。そして二年もの同棲が終わった。

原因はあいつの浮気。

どうやら一年前から別の女の子と浮気していたらしい。

最低だ。でも一年も隠した事実は一周回って褒めたい。

それに一年も浮気していたのにそれに気づけなかった私も私だ。まったく頭が悪すぎる。

あいつはいろいろなものを置きっぱなしにして家を出ていった。

たばこをつけるためだけに使っていたライター、洋服、ギター、イヤホン、ペアのピアスも。

携帯と財布以外何も持たず飛び出した。

今頃、別の女の子のもとで寝ているのだろう。

もう別れたのだから私も今耳についているピアスを外していい。

元カレが外しておいていったピアスの横に私が外したピアスを置いて、布団にくるまった。






『おはよう』


起きるといくらか部屋がすっきりしたように思えた。

机の上には汚い字で書かれた置手紙。

大きい荷物はまたあとで取りに来る、そう書かれていた。

細かい荷物は持って行ったのかと思いきや、そうでもなかった。

ピアスだ。ピアスだけ残っていた。

どうしろというのだ。

仕方ないとため息をついてアクセサリーボックスにしまった。

「線香花火ふたりで一緒にやりたくてとっておいたのになあ。」

今この瞬間まで流さなかった涙が声に交じりながら流れた。

なにもかもいらない。いなくなりたい。消えてほしい。

そういう感情が頭の中を支配する。

私は、本当に、なにをしてるんだろう。

もう何も考えたくない。

涙で喉のあたりが痛いのを我慢してもう一度布団にくるまった。




『おやすみの中で』


打ち上げ花火が見える。打ち上げた花火が踊る空の下ではいろんな人が手持ち花火で盛り上がっている。

祭り?なんだろうここは。

賑やか、煌びやか。

このような景色を見たのは初めてだった。

考えを巡らせてたどり着いたのは夢の中だという結論だった。

久々にいい夢を見ているなあ。夢がこのまま覚めなければいいのに。

「ねえねえ、私と花火しようよ。」

「・・・誰?」

いきなり知らない女の子に話しかけられてびっくりしてしまった私は、少し冷たく返してしまった。

「名前?んー、忘れちゃったからわかんない!」夢の中だ、そういうことがあってもおかしくない。

「・・・じゃあ名前呼べないと不便だから名前つけていい?」

「なにそれ!いいねーわくわくする」冷静な返答に少し驚いた様子だったが驚いた眼はすぐキラキラした眼に変わった。

「あかね」

「あかねかあ!いいね気にいったよありがと!!ところでどうしてあかねにしたの?」

「・・・線香花火が好きなの。線香花火の先っぽって、茜色でしょ?」

「うんうん!すごくいい名前だしすごくいい意味だね、本当にありがとう!!」

喜ぶあかねの姿をみて少し胸が痛くなった。

線香花火はもう好きじゃない。別れた元カレを思い出してしまうから。

なんなら嫌いだ。

こんなに喜んでくれるならもう少しちゃんとしたのを考えればよかった。

「あかね、ここってすごくきれいな場所だね」

「うん、本当に。」

「ここってどこなの?」

「深い深い夢の中。」そう答えたあかねは一瞬悲しそうな顔をしたがすぐ吹っ切れた様子になった。

「なつめ」呼ばれたその名前にびっくりする。どうしてこの子は私の名前を知っているの?

「名前、どうして?」

「私は夢の住人だからね。君の名前くらいわかるよ。」夢だから。そう言われると納得してしまう。

「そっか。そういえば花火しよって声かけてくれたんだっけね。しよっか。」

「しよー!!」明るい声であかねは喜んでみせた。



「なつめちゃーん。花火持ってきた!」

「線香花火かー、ありがと。」走ってきたあかねの手に握られているのは四本の線香花火。

「線香花火好きって言ってたでしょ?」

「好き。・・・ねえなんで四本なのか聞いてもいい?」

「二本一気につけちゃうのが好きなんだ。両手にもってどっちもきれいだなーって見るの」

二本一気につけると聞くと今朝の憂鬱な場面が浮かんでしまう。

「・・・私も一緒」楽しいはずのこの時間を壊したくなくて咄嗟に嘘をついた。


真剣な顔をしてあかねと私は線香花火に火をつけた。

じりじり燃えて、ぱちぱちと火花が飛び散っている。

元カレさえいなければ線香花火は大好きなままだったはず。

本当に花のように咲く火の粉、大きくなる黒っぽいオレンジの玉、落ちた後のにおい。

好きだったはずのそれは嫌な記憶として上書きされ残り続ける。

線香花火から程よい振動が手に伝わる。

でもやっぱり線香花火は好きかもしれない。

気持ちが揺らぐ。

「なつめちゃん、ほんとは嘘ついてるよね?」図星だった。

「ばれてたか―!夢の住人だもんね、お見通しか」明るくそう振舞った。

「そのとおり!嘘はいけないよ。なつめちゃん?」

「ごめんごめん。」

「私は優しい女の子だからね、全部許してあげる。」あかねはにこっと笑ってみせた。

「本当にごめん。名前も。」

「許してあげるって言ったじゃーん!」

「ありがと。」

「線香花火終わっちゃったね。次は何する?あかね。」

「あとはなつめちゃんのそばにいれたらそれでいい」

「突然なにー?でも、いいよ。」

「夢が覚めたら一緒にいれなくなっちゃうんだよ私たち。さみしいね」

「覚めなきゃいいのに」

「なつめちゃんは本当にそう思うの?」

「本当にそう思ってるよ。」

「じゃあずっとこのままでいようよ。」真剣な顔であかねは言った。

「うん。もう目覚めなくて良い。あかねのそばにいるよ。」本心だった。


『夢の中さよなら』


本心を告げたそのあと、突然隣にいたあかねの体が砂のようにゆっくりさらさらとけて上っていく。

「あかね・・・?」

「なつめちゃん。ごめんね。でも最後まで聞いて。

 夢の中の住人はね、現実世界の人間を夢の住人にする責任を取らなくちゃいけないんだ。消えて星になる。そうして責任を取るの。

 なつめちゃんはここにいることを決めた。なつめちゃんは間もなく夢の住人になる。だから私はこうやって星になる。」

「そんな、そんなの勝手じゃん。」焦る。こんな文句じゃなくて伝えたいことがある。

「あかねって名前ありがとう。星になってもきっと忘れないよ。そのくらい気に入ったの。

 ・・・なつめちゃん、大好きだよ。ありがとう。また逢おうね」

「私も・・・!」伝えようとしたことが声になる前だった。にこっと笑ったあかねは全部星になってしまった。

あかねは星。私は夢の住人。もう後戻りはできない。

あかねもきっと同じようなことを経験したのだろう、ときどきさみしそうな顔をしていたのはそういうことだったのだと妙に冷静に考える自分がいた。

そして消えてしまったあかねがいた場所にやさしい風が一回だけ吹いた。



風で揺れた髪の毛が視界を遮った。




『住人』


風がやみ、目の前が見えるとそこには小さな男の子がいた。

「ねえ、お姉ちゃんと花火しようよ」

もう名前は思い出せない。名乗ることはできないが、あかねが私にしたように声をかけた。

「お姉ちゃん、だあれ?」

きっと私も星になる。あかねと同じように。






お終い

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