06 圓山、気持ちを見抜く
「藤先生、デートしましょう」
「だめだ」
「じゃあ、映画を見に行きましょう」
「だめだ」
台所で洗い物をしている藤に纏わり付き、その日もウズラは五月蠅く鳴いていた。
俺の家に来て以来、ウズラは遠慮という物をやめた。
そして奴が来てから4ヶ月目にもなると、その遠慮のなさを呆れたり笑ったりしながら眺めるのが、俺の日課になっていた。
「なら落語! 落語なら良いでしょう!」
「……だめだ」
「今悩みましたよ、一瞬揺らぎましたよね!」
「気のせいだ」
俺の目から見ても、藤が一瞬揺らいだのはわかったが言わずにおいてやった。
わかってはいたが、ウズラは藤のことが好きだった。わかりやすいにも程がある求愛行動には、少々呆れるほどである。
だが呆れながらも、俺は奴の恋を少し応援したくなっていた。
正直最初は、女はみんな顔のいい男になびくのかと腹立たしい気持ちもあった。
だがあの勢いに飲まれず、彼女の我が儘に「だめだ」と言い切る藤を見ていると、ウズラが惚れる気持ちもわからなくはない。
藤は、とにかく辛抱強い男だった。同時に、困っている奴を放っておけない男でもあった。
一方ウズラは落語の登場人物かと思うほど楽観的で、明るく、自由気ままに見える。
でもその裏には沢山の不幸と悲しみを背負っていて、人一倍さみしがり屋なくせに人に頼るのが苦手ときている。
そんな彼女を、藤が放っておけるはずもなかった。
ウズラの祖父が亡くなったときも、部屋にこもって泣いてばかりいたウズラを奴はずっと支えてやっていた。
俺もかみさんもオロオロするばかりで何も出来なかった中、藤だけが強引に扉をこじ開け中へと入ったのだ。
涙を拭ってやり、抜け殻のようになった彼女に服を着せ、食事を与え、あいつの好きな落語を何度も聞かせてやっていた。
『お前は師匠の大事な弟子だから、元気になって貰わないと困る』
そう言って励ましていたが、誰よりも元気な姿を見たいと思っていたのは藤だと俺は知っている。
むしろその言葉を、奴が言い訳にしているのも俺はわかっていた。
でも言い訳にしないと、奴はウズラに優しく出来ないのだ。
ウズラは、藤にとって自分の将来を潰した相手でもある。
彼女が来なければ噺家になれたのにと、藤はたぶんまだ心のどこかでは恨んでいる。
でも優しすぎる奴はウズラを突っぱねなかった。
ウズラの勢いに困った顔をして「もう少し落ち着いて欲しい」と言いながら、彼女が落ち込んで静かにしていると、心配のあまり駆け寄ってしまうような男なのだ。
そしてそんな自分に、多分誰よりも藤本人が困惑していたのは想像に難くない。
優しいくせに、普段はなんでも完璧にこなすくせに、この男はウズラが絡むと途端に不器用になる。
そんな不器用な男が、これからもずっとウズラに振り回される様をみていたい。
いつしか俺は、そんなことを思うようになっていた。
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