14 小雀、合コンに参加する


 第一回、冬風亭圓山主催の合コンが開かれたのは、春迫る二月下旬のことだった。結果から言おう。最悪……である。



「いや、若くねぇですよ! このメンツは若くねぇ!! 小栗旬がいないのも肌で分かりますよ! 見えないからって騙すんじゃないですよ!!」


 師匠選りすぐりのメンツは、平均年齢三十六歳。売れ残りまっしぐらの独身噺家で構成されていた。

 そしてみな、私にとっては顔なじみである。師匠に代わって当日の幹事を任されたのなんて、ゴリラこと獅子猿兄さんである。


「幹事がゴリラで、残りが中年ってどういうことなの!」

「いや、師匠から、まずは手近なところで探すのはどうかって言われてな」

「だからって全員顔馴染みって逆に気まずいですよ! ここに来たってことは下心あるってことでしょう! あわよくば私をお持ち帰りして脱がせたいとか思ってるんでしょう! 兄さんたちの野獣な一面なんて知りたくなかった、ああいやだ!」


 ビールジョッキを片手に力強く主張すると、取り囲む男たちがシュンとするのを肌で感じる。

 でも私だって好きで拒否しているわけでは無い。

 本当は嫌なのに、合コンなんてしたくないのに、それでも覚悟を決めて今日に及んだにも関わらず、待ち受けていたのがこのメンツなのである。

 それも合コンと言いつつ、私に彼氏を作るのが趣旨なので、女性側は私のみと言う有様である。


「いやでも小雀、中年だが稼ぎはあるメンツだぞ? それにもし上手くいけば、小雀を一生守っていくという誠実な――」

「でも、半数がバツイチじゃないですか。ゴリラさんだって、三年も女に弄ばれたあげく逃げられたばっかりじゃ無いですか」


 確かに皆、私に良くしてくれる同期や兄さんばかりだ。

 だがしかし、優しくても売れ残りである。そして売れ残るには理由があるのである。


「いやでも、結婚の酸いも甘いもかみ分けたメンツだからこその、包容力がな……」


 などと猿兄さんがフォローに走るが、ただでさえ無いやる気は完全に消え去った。


「……ちょっと、怒りが抑えられないので、トイレで壁殴ってきます」

「あ、なら一緒に」

「目が見えなくてもトイレくらい探せるわい!」


 側にあった杖をひっつかみ、私は安居酒屋の狭い個室から勢いよく飛び出した。

 そしてもちろんトイレになど行かない。そのまま入り口を出て、私は雑居ビルから飛び出した。

 あんな場所に、一秒たりともいたくなかったのだ。


「師匠め、帰ったらとっちめてやる」


 小栗旬も生田斗真もいないのは分かっていたけれど、一番顔面偏差値が高いのがゴリラなんて酷すぎる。

 それも顔見知りで固めるなんて更に酷い。

 そう思いながら私は現在地を必死に思い出し、点字ブロックを頼りに駅へと向かう。

 先ほどの居酒屋は新宿末廣亭にほど近い新宿三丁目にあり、自分にとっては慣れた場所だ。だが怒りで我を忘れているせいで、私の歩みは少々おぼつかない。


「くそ、また自転車!!」


 その上、こういう日に限って点字ブロックの上に自転車やら酔っ払いやらが転がっているのが始末に悪い。

 かといって曲がりなりにも芸能人なので蹴っ飛ばすわけにも行かないし、杖を頼りに道の真ん中に寄ると歩行者とぶつかるし、とにかく今日は良いことがまるで無い。


「こんなことなら、合コンなんて嫌だって、泣いて喚いておけば良かった」


 思わずそんな独り言を溢しながらフラフラと歩いていると、ふいにコンッと、杖の先が何かに引っかかる。

 この感じは誰かの靴だと気づいて、私は慌ててすいませんと謝ろうとした。


 そのとき、なじみのある手のひらが、所在なくさまよっていた私の手を掴んだ。

 言葉は無かった。

 でも代わりに、そっと私の腕を引いてくれた。


 普通なら振り払うべき状況だが、私はそれが出来ない。

 だって分かってしまうのだ。この硬い手のひらが、誰のものであるのかを。


「……新宿駅に行きたい」


 相手は絶対喋らないだろうから、代わりにか細い声で主張する。

 そうすると、硬い手のひらが私を優しく導いてくれる。

 それだけで死ぬほど嬉しいのに、歩き出すと、次第に欲張りになってしまうのが私の悪いところだ。


「やっぱり、高野のフルーツパーラーが良い。嫌なことあったから、豪遊したい」


 静岡県産マスクメロンパフェ税込み2160円が食べたい。

 そう主張すると、たしなめるように、コツンと頭を小突かれる。

 でもそれだけで、パフェを食べたときよりずっと、幸せな気持ちになってしまうのだからたちが悪い。


 そして私は、手を繋いだまま街を歩いた。

 どこを歩いているのか分からなかったけれど、この腕について行けば大丈夫だと私は知っていた。

 だから久しぶりに気を張らず、ぼんやりと足を動かしていると、不意に目の前で自動ドアの開く音がした。


「二名様ですね。今お席をご用意しますので少々お待ちください」


 続いて響いた店員の声に、私は慌てて顔を上げる。

 途端に目頭が熱くなって更に慌てていると、もう一度コツンと、先ほどより優しく頭を小突かれた。

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