03 小雀、人生と恋を語る
それが、私の名前だ。本名は
二つ目になって二年。近頃はテレビやラジオなどにも呼ばれるようになり、独演会を開けば席も埋まるほどになっている。
そんな私が落語を始めたのは、小学二年生の頃だ。
理由は、一目惚れだ。相手は、何気なく見た『笑点』に出ていた三遊亭小遊三師匠である。
この話をすると、「何でよりにもよって小遊三なんだよ。せめて楽太郎(当時はまだ圓樂ではなかった)だろう」などと言われるが、小遊三師匠のニヤり顔を見た瞬間、ズドンと胸を打ち抜かれてしまったのである。
そして毎週のように番組を見ていると、これがなかなかに面白い。それまでは枯れた老人が見るものだと思っていたが、巧みな話術と小遊三師匠のニヤリ顔に私はすっかり夢中になったのだ。
その後小遊三師匠の本職は座布団稼ぎではないと知り、落語の方も聞くにつれドンドンはまってしまったというわけだ。
元々おしゃべりがすきで、早口であれこれまくし立てる私は「五月蠅い」と怒られることが多かった。
話したいという気持ちばかりが前に出すぎて、伝える技術がおろそかだったのである。
幼い頃に両親を亡くした私は祖父母に育てられたが、どちらも私のおしゃべりをあまり好ましく思っていなかった。
だが覚えたばかりの落語を話している時は怒られず、むしろ「上手だね」と褒めてもらえるようになったのだ。
むろん、それに舞い上がったのは言うまでも無い。
以来私は図書館で落語のCDを借り、それらを夢中で覚え、二人の前で披露した。
幼心に、私は一生落語と付き合いながら生きていくのだろうなと最初に思ったのは、普段はしかめっ面の祖父母が、私の落語にふっと笑みを溢したあの頃だったと思う。
とはいえ、花の十代にさしかかると落語のことばかり考えているわけにもいかない。
落語も好きだが、それ以上に恋をしたいお年頃である。
しかし落語好きのおしゃべり女子を好むようなマニアックな相手はおらず、私の恋はやっぱり一目惚れから始まった。高校二年の夏のことであった。
相手はやっぱり年上で、その上小遊三師匠と違った正統派のイケメンだった。
彼と出会って、その顔に見とれたとき、自分の審美眼はそこまで狂っているわけで無いとわかり、ほっとした。
でもそのすぐ後、やっぱり自分の目はおかしかったのだと思い知らされた。
「残念ですが、あなたの目はいずれ見えなくなります」
そんな宣告を食らったのは、正統派イケメンに恋をしてから、わずか三週間後のことだった。
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