クリスマスマーケット FoHメンバー編

12月25日 赤レンガ倉庫


夜も更け空は星に覆われ、されど数多のビルの光が街を照らし、静かなれど闇とは無縁に思える程に灯りに満ち溢れている。加えて人の賑わい。誰もが楽しげな声を上げるこの場所では夜であってもそれを認識する時が訪れる事はなさそうだ。


そしてその一角、床一面が鏡のように広がりその上を老若男女問わず特徴的な靴を履いて滑り回る。

その中の一人には白藍の髪で海の様な青を瞳に宿した少女が。服装はいつものワンピース、ではなく彼女が二人分入ってしまいそうな厚手のふわふわの上着を着て、その両手も手袋が嵌められて首はしっかりとマフラーで寒さから守られている。

そんな彼女が目掛け滑るのは彼女を迎え入れようとしているマリアの腕の中。足元はおぼつかない様でまだ震えているが、ゆっくり、ゆっくりと前へと進む。

「大丈夫ですよイリス、その調子です」

「は、はい」

氷の上を滑るというのは地面を蹴る感覚とは勝手が違うからか本当に進む速度はゆっくりで、それでも確実に前へ前へと進み。

止まれなくとも、優しくマリアの腕の中に吸い込まれた。

「私、滑れたよマリアさん!!」

「ええ、初めてなのにちゃんと上手く滑れてました」

先ほどまでの不安はもうなく、満面の笑顔をマリアへと向けるイリス。その様子があまりにも微笑ましくて、マリアも気がつけば優しくその頭を撫でていた。側から見ればその様子は誰から見ても親子の様だった。


その傍らで、彼らも足を震わせながらフェンスに掴まっていた。

「滑りすぎて、すべすべになったわね……」

「滑れていないぞ。人のことは言えんが」

垂眼も黒鉄も生まれたての子鹿の様にその場から動けない様子。

「タレメ!こっちこっち!」

「おーう、今行くぞーー」

垂眼も手を離してイリスの方に向かおうとするが、離した途端に転びそうになり再度フェンスに掴まり直す。

「むーー、じゃあ私が行く!!」

イリスは少し彼らより慣れた足捌きで、氷上を走る様に滑り始めた。


しかしまだ始めて数分。

「あっ」

「イリスさん!!」

勢い余って両足が氷から離れて、体が宙に浮く。このまま行けば勢い良く尻餅をついてこの後の時間ずっとヒリヒリするのは待ったなし。

だがそんな事は、彼女が許さず。プロスケーターさながらに氷上を滑り、まるでそもそも氷上こそが彼女の領域と言わんばかりに駆け抜け。

「全く、楽しいのはいいですがはしゃぎすぎはダメですよ?」

「ま、マリアさん!!」

彼女が体を打ちつける前にその身体を優しくキャッチしたのだ。


「いやー、やっぱすげえやマリアさん」

「流石隊長ですね……」

垂眼が感心しているとフェンスの外側からも感嘆の声が聞こえる。声の方を向けば黒いペンダントをつけたアイシェと禅斗、そしてカケルと光の姿も。

「皆さん楽しそうだなぁ」

「全く、こんな寒いのによく氷の上で遊ぼうなんて思うぜ」

「オレも流石に人数が多くなりすぎるのもだから今日はこっちに居るが、氷の上を滑るってのは悪くないぜカケル?」

「ケッ、俺は上手いもん探しに行ってくらぁ」

スタタタと駆けていくカケル。後ろ姿は可愛らしいただの三毛猫だが、改めて自由気ままだなと皆も思う。

「私も身体を動かすのは苦手ですが……」

『マスターがこうも滑れないのは以外でしたね!!』

「徹夜明けでは流石に氷上での身体の制御は難しいんだ……」

「徹夜明けって何してたんすか」

「ケーキ屋だ。予約分と当日分を昨日までに作り上げたからどうしてもな……」

「うわぁ……」

「まあ、そんな事より」

マリアがイリスを降ろし、二人の前に立つ。

「お前たち二人も滑れる様に調教してやろう」

「調教!?」

「何を言っている……!?」

もはや先ほどまでの優しげな母の様な面影はなく、そこにあるのは遺産と対峙した時の冷徹な彼女だ。

「イリスがお前たちと滑りたいと言ったんだ。覚悟しておけ」

「隊長のスパルタスイッチが入ってしまいましたね」

「く、くそおおおお!!こんなとこで死にたくねえよおおお!!」

「安心しろ垂眼、俺たちは何度かは生き返る」

「そういう問題じゃないんですよ」

「よし、始めるぞ」

「頑張れタレメ!!一緒に滑ろう!!」

「くそぉ〜イリスさんのために頑張るぞ!!」

「案外単純だな」


この後、阿鼻叫喚の断末魔がスケートリンクに響き渡る。だがあまりにもこの雰囲気にはそぐわないので、今は割愛させていただくとしよう。



—————————————————————


「これ、可愛い!!」

「イリスさん、こういうのも好きそうだけどどう?」

「これも可愛い!!」

スケートを滑り終え、あれだけ滑ったのにも関わらずルンルンと雑貨を見ているイリス。満身創痍の垂眼も隣で一緒に手に取っている。

そして大人の彼らは後ろから彼らのその様子を眺めていた。

「ゲェーップ、たんまり食ってきたぜ」

「ふむ、下品な猫だ。貴様も調教が必要な様だな」

「な、お、お前に調教されるのは……」

睨み合うマリアとカケル。もはや勝負などする前からマリアの方が優勢なのは明らかだったが。

「ツリーも凄いですね……」

「我等が誇るMM地区の夜景も相まって綺麗なものだろう?オレはこの綺麗な光景をイリスちゃんに、そして貴方に見せられただけで満足だよ」

肩を並べる二人。大人同士の雰囲気を醸し出しながら二人はホットワインを口に含んだ。

『マスター、なんかソワソワしてますけどどうしたんすか?』

そんな中、アリオンは気付く。黒鉄の若干不審な動きに。

「ソワソワなど、してない」

彼は否定するが、やはり少し動きがおかしい。正確にはしきりに端末と時計を確認している。まるで何かを待っているかのような。


「黒鉄、行くといい」

禅斗がそんな彼に優しく声をかける。

「だが、今日は折角マリアも休みを取れてイリスも……」

「お前にとっても大切な日なんだろう?そうでもなければあれは渡して無いさ」

黒鉄は一瞬俯き、しかし憑き物が落ちたように清々しく顔を上げて。

「すまん禅斗。恩に着る」

頭を下げて、彼はそのまま仲間たちに何も告げる事なくそのまま港の方へと走っていってしまった。


「あれ、黒鉄パイセン帰っちゃったんですか?」

それぞれが小さな紙袋を片手に戻ってきた垂眼とイリス。少女は目当ての雑貨を買えたようでとても嬉しげでまだ気付いてない様子だ。

「ああ。奴にも色々と事情があるんだろうな」

「黒鉄さんが焦るような事態って……事件とか……?」

「またなんか起きるのとか勘弁ですよ俺」

皆はそれぞれで勘繰り、なんならどんどんと不穏な空気が流れ始めたその時。

「みんな、これを見てどう思う?」

禅斗がチケットの束を取り出して皆の前に出した。

「凄く……チケットです」

「そりゃ見りゃワカンだろ!?」

「そのチケットがどうしたんだ?」

「これと同じものをオレは黒鉄に2枚渡していてね」

したり顔。いや、もはや少し悪い大人の顔。

「折角だ、特等席で夜景とアイツの秘密を暴こうじゃ無いか」

「賛成です!!」

「私も気になる!!」

少年少女も乗り気で、もはや彼らを止める術はない。彼らもまた港へと足を運び向かっていった……




—————————————————————



揺れる、揺れる船の上。青年は早足でデッキに上がる。表に出れば海風が吹き、体温は奪われどどこか心地良い感覚に包まれる。辺りは夜の闇を照らす地上の星に覆われて、水面にはそのどちらもが映し出されて。さながら星の海の中にいるようで。


そしてその中心に彼女はいた。

「あら、てっきり今日は来ないかと思ったのだけど」

「これでも約束は守る男だ。まあその、少しギリギリになったのはすまない」

藍紫色のドレスが星々に照らされて、それが風に揺らされるほどにその美しさがより鮮明となっていた。

「……綺麗だ」

「工場夜景がかしら?」

「お前が、だ」

少し意地悪そうに聞いた彼女に対し、黒鉄は全く躊躇う事なく即答。むしろ彼女の方が少し照れ臭そうにしていた。

ただ本当に彼の言う通り、そのドレスも相待って夜の闇に溶けてしまいそうな、彼女自身が夜空のように思えるほどに美しいと彼も見惚れていた。


「でもよかったの?」

「何がだ?」

「彼らと会うのは久しぶりだったんでしょう?私はもうこの後予定は無かったのだし……」

「それはそうかもしれないが……」

ずい、と歩み寄り顔を近づける。

「大切なお前との時間を長く過ごしたい、そう思っただけだ」

「……全く、折角なんだから両方を取れば良かったんじゃないのかしら」

笑う。小さく、少し呆れた様子で。真面目に考えてた黒鉄はなぜ呆れられてるのか理解はできてない様子で。


ただ、後ろからの小さな物音で彼は何かを理解した。

「……なるほど、そういう事か。隠れていないで出てきたらどうだ」

いつも通り、いやそれ以上に低い声で、もはや戦場ならば投降を促すような声で彼らに呼びかけた。

「気付かれては仕方ないな」

「す、すみません私が物音を立てたばっかりに……」

「いやぁ黒鉄、大切な人との時間を邪魔してしまったのは申し訳ないね」

マリアとアイシェ、禅斗が大人しく両手を上げながら姿を現して。

「え、めっちゃ綺麗じゃないですか!!」

「えっと、その……」

驚き隠せない垂眼と、初めての人に緊張を隠せない様子のイリス。

「あれ、えっともしかして女優の……!?」

光も彼女の正体には気づいたようで。


「ほら蒼也、私にも紹介してくれないかしら?」

「全く……仕方ないな……」

彼は呆れながら、小さく笑みを浮かべながら。

「俺の大切な仲間達だ」


これは星降る聖夜の、彼らの和やかな団欒の記録。

そしてこれはまだ幾度となく少女に訪れるその日の、始まりに過ぎないものだ。


Happy Merry Christmas!!

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