第22話 決着





————視界がぼやけて、身体に力も入らない。



そりゃそうだ。

こんだけずっと戦い続けてきて、あんだけの力を使えば限界が来て当然だ。



目の前にあったはずの希望も遠ざかって、手を伸ばしても届かないところにある。



もうアイツは次の一手に移ってて、勝ち目がないのは明らかで。



もう、痛みで走る気にもなれない。

これ以上何をしたってどうにもならないのなら、諦めてしまった方が楽なのかもしれない。

きっとここで倒れれば、もう苦しむ必要もないのだろう。

きっとここで絶望に呑まれれば、もう後悔もなく死ねるのだろう。



————けど、その選択だけはしないと決めた。



自分が弱い事は、自分が一番よく知っている。


今ここで諦めたら、後ろを向いたらもう二度と前を向くことが出来ないことも。

ここで挫ければ、二度と立ち上がれない事も。


それに、今背負っている物は決して一人のものではない。


『お前に、託す』

『タレメェ……漢、見せろよ……』


ここまで導いてくれた仲間たちから託された願い、想いの数々。

今も強く、優しく自分の背を押してくれていて。



何よりイリスを、彼女の未来を守りたい。


『私ね、ずっとこういう楽しい日が来るといいなって思ってたの』


彼女はようやくその人生を歩み始めた。

まだ嬉しい事も、綺麗な事もほんの少ししか知らない。

明日を待ち望む事も、友達と過ごす時間のかけがえなさもまだ知らないのだ。


そんな彼女の未来を奪うなんて許せるわけがない。

まだ希望に満ちた花の芽を摘ませるわけにはいかない。



だから、もう一度駆け出す為


この手で未来を掴む為


ただ一度、この一撃を届かせる為




————強く、深く、一歩を踏み込んだ。






音もなく、陽射しは傾いて。既に空の半分が紫紺に覆われ、終焉という言葉がこの世で最も似つかわしいとさえ思えるこの光景。

相対する二人。一人は最後の一手と赤き刃の狙いを既に構えていて、少年はもう立って歩くこともままない。そう思えるほどにその体は揺らいでいた。



筈だったのに。

「まだ————」

「なっ……!?」

彼が目にするは有り得ぬはずのもう一歩。

限界を超えた少年の最後の歩み。

ここまで死闘を繰り広げた彼だからこそ、虚を突かれて。


そして、今——————



「終わっちゃいねぇ……!!」



——————一陣の風が吹いた。




「っ……ぐ……っ!?」

赤き刃が放たれるよりも早く、疾風はやての剣尖が彼目掛けて飛ぶ。

決死の覚悟で繰り出されたその一撃は確かに鋭く、確実に命に至るだけの域までに達していて、辛うじて受け止めたヴァシリオスの体勢を大きく崩す。

再度生じた確かな隙。

垂眼の身体も限界を迎え、今の一歩で大きく体が揺らぐ。

その間合いから逃れんとヴァシリオスも後方へと力強く地を蹴った。


だが、

「逃さねえ……!!」

二歩目。

再度少年はその脚に力を込めて一気に彼との距離を詰め、刃が刃を互いの眼前で止めて互いの命に迫る。

されど既に戦いは少年に優勢に傾いて、崩れた体制を立て直すよりも早く彼の猛攻がヴァシリオスを追い詰める。


「好きには……させん……!!」

剣戟を縫うように蹴り飛ばす。

「っ……ガッ……!!」

少年の体は宙を浮いて地面を転がる。

だが転がる勢いに身体を委ねて、一気に立ち上がって。

「俺は……弱えからよ……一度で倒せるなんか思っちゃいねえ……だから————!!」

「っ……!!」


三歩目。

斬り抜けるように垂眼の刃が飛んで。


「一度でダメならもう一回……二回でダメなら、三回だって四回だって……何度だって……!!」


四歩目、五歩目。

踏み出す度に、速度を上げて。


もはや彼が止まることはない。

その脚が限界を迎えていることはとうにわかっている。

とっくに脚の感覚も無くなって、剣の重みも感じられなくなり始めているのに。


それでも彼は駆け続ける。

ただ一度、その刃を届かせる為に。

少女の命をその手にする為に。


「やってやらぁぁぁぁッ!!」


もう、諦めないとその心に決めたから。



だが、それは互いに同じ。

「調子に……!!」

「っ……!?」

彼も、勝ちを譲る筈がない。故に彼も己が全ての血を持ってして受け止め、彼の剣を絡め取って。

「乗るなぁぁぁぁっ!!」

放り投げる。反撃も追撃もできぬ、自由の効かぬ空へと。


「これで……!!」

間髪入れずに彼はその狙いを少年へと定め構え、今まさに刃は放たれんとして。

「まだだァ!!」

それでも少年は攻撃の手を緩めようとはしない。

不格好でも、とにかくこの好機を決して逃しまいと次々と剣を生み出しては投射して、彼に決して反撃の隙さえも与えまいと雨を降らすように。

「小癪な……!!」

そのどれもが彼を仕留めるには至らない。それでも意識を削ぎ、足止めには機能して。


着地。その隙目掛け繰り出された刃の雨も掻い潜って、即座に反転してその狙いを彼へと定め右足に力を込める。


対する彼も残る全ての赤を右手の剣に宿して、その剣を強大なる一本へと変える。



互いに守りは無く、それでいて全力は既に出し尽くしている。


もはや駆け引きも、小細工の一つも出来るほどの力も残っていない。


故に、これは最後の真っ向勝負。


経験も実力も、この勝負を決するには余りにも僅かな差でしか無い。


ただどちらが強く願うか、どちらの想いが勝るか、この勝負を決するのはそれだけで。



「行くぞ……ヴァシリオス……!!」

少年は剣を前に、力強く地を蹴る。

もはや迷いも躊躇いもない。その信念を示すが如く、ただ真っ直ぐ駆け抜けて。

「俺はこの攻撃に,俺の人生の全てを賭ける……!!」


「来るがいい……少年……!!」

男も剣を構え、強く前へと踏み込む。

黄昏の先を、皆で目指したその場所をその足で確かなものへとする為に。

「理想の為……彼らの為……!!」


互いの全てを乗せた剣をその手に、今一度二人は全てを解き放って。



瞬間、青と黄金色、二つの光が輝きを増して————



「必ずお前にこの剣を……届かせてやる……!!」

「君を、打ち斃そう……!!」



二つの刃が交錯した…………







その体が、揺らぐ。

確かに踏みしめたはずの左脚が大きく沈み込む。

己が身体に目を向ければ、脇腹に受けた傷から酷く赤が滲んで、忘れていたはずの痛みも思い出す。



—————ああ、そうか。



力が抜ける。

狙いが定まらない。

結末が変えられぬ物となって、悔いや絶望が来るはずなのに。



それなのにどうしてか腑に落ちて。



—————彼女ナタリアが、酷く気にいるはずだ。



ほんの少し、笑みを溢した。







斜陽照らす、ベイブリッジ。

青き雪が降りしきり、空一面に黄金色の光の粒が舞う。



短くも長きに渡る戦いの果て、静寂は訪れて。

二つの影と二つの剣が互いに重なり合う。



その一つは一方の脇を裂くにとどまり、剣先からは僅かに赤が滴るに留まって。

もう一方は確かにその体躯を貫き、止めどなく赤が溢れ出す。



あの日、届かなかった刃があった。



守れなかった想いがあった。



だが、それはもうかつての事。



もはや、この結末は覆らない。この戦いは既に決して、運命は定まって。



長きに渡る物語は今————、



「見事…………だ」


「やっと……届いたぜ……!!」



彼らの勝利で、幕は下ろされる。



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