第20話 背負うもの、託されたもの

鋭く、激しく打ち鳴らし合う。

幾度となく互いの一撃がその身を斬り裂き、その度に鮮血が黄昏空へと散っていく。

その度に青き光が、黄金の光が彼らの傷を癒して、再度その身を奮いたたせぶつかり合う。


「オラァッ!!」

力強き爪撃。同じ体長であったとしても獣が持つ力、しなやかさは人を遥かに上回り繰り出される一撃は命を容易く奪うもの。

「流石彼女の認めた者……と言ったところか……が!!」

繰り出されたその一撃は重く、大剣で受け止めたにも関わらず彼の足は後ろへと大きく下げられる。


されどそのまま力を後ろへと受け流し一撃、蹴り上げる。

「ガハっ……!?」

「この程度の修羅場なら幾らでも乗り越えてきたさ……!!」

人の身を超えた力で蹴り上げられたカケル。追撃と言わんばかりにヴァシリオスは剣を構え振りかざす。

「させん……!!」

縛り付けるは重力の枷。翳した腕は鉛のように重く、振り抜くにも酷く時間がかかりもどかしく思える。


「もらった……!!」

同時、ガラ空きとなったその身目掛けて刃が飛ぶ。だがその隙さえも予見していたように鎖が少年の体を絡め取って。

「っ……クソっ……!!」

「それぞれがそれぞれの強みで詰め、互いの弱みを補い合う……いいコンビネーションだ……だが!!」

瞬時に残った僅かな血を刃と変えて、そのまま禅斗へと射出。

「チッ……!!」

回避にその意識は割かれ、彼は縛る枷から解き放たれて。生じた刹那の間。その間に彼は守りへと転じ。

「私とて一人で戦ってるわけではないのだよ……!!」

「クソがッ……!!」

放たれたカケルの剛腕もその鋭き血刃で受け止め切ったのだ。

「っ……テメェッ!!」

そして絡め取ったその腕を振り回すように彼を投げ飛ばす。

「垂眼ェ!!避けろ!!」

「っても……!!」

引きちぎるにはあまりにも硬く避けることは能わず。二つの身体が激突して鎖は千切れ、互いに身体の自由を奪われる。


同時、既に彼はその剣を構えていて。

「これで二つ……!!」

「させっか……!!」

気流を操り半ば無理矢理にその体制を整え直し、その剣線目掛け刃を飛ばす。甲高い音と共に火花は散って、少年の刃は弾かれる。だがその間にカケルも体勢整えて再度攻撃へと転じて。

鋭爪と剣が交錯し、互いの勢いを殺し合う。互いに一歩も譲らず、しかしてたった一人のオーヴァードにも関わらずヴァシリオスの剣撃は衰える事なく彼らを追い詰めていく。


「っ……!!」

「もう当たらんか……!!」

繰り出される重力波。目には見えずとも彼はその動きを察知。ヴァシリオスの追撃は妨げど彼の足は止められず、同時無数の赤き刃が彼ら目掛けて飛ぶ。

「しゃらくせェ!!」

牽制と言わんばかりに放たれた遠距離攻撃を迎撃するカケルと垂眼。密に放たれた刃の全てを撃ち落とすことはできずともその大半は防ぎ切って。

だが、それは布石。

「墜とす……!!」

既に剣は構えられて、その刃が飛ぶまでには一秒と足らず。その狙いはカケルに定められていて。

「来いよ……クソッタレ!!」

カケルも迎え撃つように爪を狙い澄まし、その剣と交錯するように右腕を突き出さんとした。


が、身体が地へと沈み込む。いや、踏み出した軸となるはずの前足からその身体が崩れ落ちて。

「やはり……君の身体も限界を迎えていたようだな……!!」

「テメッ……!!」

ヴァシリオスもそれを見抜いていた。それが故に足取りを乱した上での赫き剣線。

攻撃に転じた以上回避は不能。無理に踏み出したところで力負けするのも明らか。


一撃が決定的になろうとしたその瞬間。

「今だ、垂眼ェ!!」

叫ぶよりも早く疾風が如く駆けて。少年は剣をその手に、一気に距離を詰める。

カケルの敗北は明らか。ならば確実に彼を仕留めんと二人は咄嗟に動きを変えて。勝利を確実な物にせんとその剣に風を纏わせて。


だがヴァシリオスもその動きに彼自身の動きも変えて。

「こんのっ……!!」

彼が剣を振るうよりも早く腕に鎖が巻き付いて振り下ろすことを許さず。

「こっち向けやァ!!」

「挑発に乗るほど私とて冷静さを欠いてはいないさ……!!」

カケルの爪と赫き刃は交錯するが互いの動きを阻み合ってその力は拮抗する。


されど左手に赫き剣を生み出して。

すかさず一撃叩き込む。その一撃は垂眼の体に大きく一本の線を刻み込んで。

「っ……ガッ……!!」

「クソがっ……!!」

強靭な脚力による飛び蹴り。獣が故のその一撃さえもヴァシリオスには決定打にはならず、それでも距離は取れて。

「禅斗ォ!!」

「ああ!!」

赤撒き散らしながら宙を舞う垂眼の身体はその場から失せ、力なく禅斗の傍で横たわる。


「まずは、一人……」

「タレメェ!!いっちばん大事なとこだぞォ!!」

冷徹、無慈悲に垂眼の身体は斬り裂かれて。もはや並大抵の人間は無論、オーヴァードでさえも立ち上がることは無理だろう。

ここまで戦い続けてきた彼の命は限界を迎えていたはずだった。


だが、それでも。

「……死ぬなら」

それでも、赤に塗れながらも少年はその足を地に突き立てて。

「お前にせめて一太刀浴びせてからと決めているんだ……!!」

再度立ち上がり、その瞳に闘志を宿したままに剣を手に取ったのだ。


本当はもう彼の命はとっくに尽きかけていて、青き光も癒し切れない程に傷は深く、痛みなど想像に難くない。

だがそれを受けてもなお彼は立ち続ける。

それも、ただ一つの理由の為。



少女を救いたい、そう願ったから。



「……まだ、立ち上がるとはな」

ヴァシリオスはその様を見て微かにほくそ笑んで。

「タレメ、オメー漢見せたな……」

カケルも彼を認めるように、安堵するように小さく呟いて。

「強くなったな、垂眼」

禅斗も彼の成長を確信して、静かに言葉を放った。



それでも、今この拮抗した戦いの中に切れ間が生じたのは明らか。

「だが、ここで終わらせる……!!」

全てをこの場で決さん、その意思に呼応する様に彼の赤は剣へと飲まれていき、その剣は遥か天へと伸びていく。

神話の神殺しの大剣をも彷彿させる巨大な刃を振りかざして。

「全力で君たちを、打ち斃そう……!!」

————振り薙ぐ。

橋の支柱もワイヤーも全て斬り倒し、彼らをも薙ぎ倒さんとその脅威は迫り来る。


だが、彼らも僅かな猶予を決して逃さず。

「垂眼、カケル、恐らくオレはこれが最後だ」

いつものように落ち着いたように、それでいて全てを悟ったように、二人に告げる。

エレウシスの秘儀との激闘に彼らとの死闘を繰り広げた禅斗自身も己の限界が近いことは感じ取っていた。

それでもなお、彼自身この状況を打開する一手を持つ事も、その先の未来も己が瞳に捉えていた。

故に彼は選ぶ。二人に託すことを。

「わーったよ」

「頼んます、支部長」

二人もその言葉を受け入れ、正面の脅威を捉える。

彼らもまた、禅斗を信じているから。

「さぁ、行くがいい二人とも!!」

発破をかけるように声を上げて、それに応えるように爪を剣を構え、振り返る事なく駆け出す。

禅斗は右手を翳し、ヴァシリオスに狙いを定めて。


瞬間————

「貴様の好きにはさせんよ、禅斗支部長……!!」

彼がそう口にすると同時、血の大剣は爆ぜ、前面全てを覆う赤き刃の波と変容する。

もはや回避は不可能。無傷で抜ける事は出来ないだろう。

「なるほど、確かにこれではお前を止めても意味はないか。一石二鳥と行きたかったが仕方ないな」

それでも彼はその眼に未来を、明日を見て。



黒き魔眼が、力を解き放つ。


「冥土の土産に教えてやろう。ヴァシリオス」


強大で、重く、全てを引き寄せる力。その力は音も、光も、時さえも縛り付けて。


「時間停止モノは9割ヤラセと言ったな」


狙いは赤き波。眼前覆う、明日を遮る絶望の刃の群れ。

だが彼は決して臆する事もなく、いつも通りのしたり顔で————、


「1割がオレだよ」


最後の隠し玉が、今繰り出された。





—————時が、止まる。

赤き刃の波は彼らに牙を突き立てんと聳え立って、だがもはやそれ以上それが先に進むことはなく。

ただそれは視界を遮るだけのオブジェとして立ち塞がり。役目終えた彼もまた、崩れ落ちるように膝をついて。

「さあ、行け…………!!」

少女の明日を彼らに託す。

何の迷いもなく、一つの未来を確かなものと捉えて。

その男は、ただ笑っていた。



「やはり、止められるか……だが……!!」

再度創り出した赫の剣で少年の斬撃を受け止める。

「やっぱ……強えけど……!!」

死角からの斬撃に対しても彼は反応して、だが彼がその刃を止める事もない。

「速い……!!」

鬼気迫る勢いで幾度と無く刃は飛び、その全てが幾度と無く彼の命を掠める。それでもその一撃一撃はまだ彼の命に届くには遠く。

「速いだけでは……届かんぞ……!!」

予測による守りは堅く、あと一寸僅かだがその刃は弾かれ虚空を切り裂く。


「言われなくても分かってんだよ……!!」

それでも彼は止まらない。幾つもの連撃は既にヴァシリオスの意識を掻き乱し、そして———

「っ……!!」

その足に風を纏わせ、一歩加速。

今までの連撃に慣れた彼にとってそれは、真正面からの奇襲。


速さを剣に乗せて、一歩力強く踏み出す。今までの予測だけの防御では間に合わず、何よりもその威力は彼が今出せる最大である。


彼は一度見た。あの時、あのMM地区での激戦の中で彼がナタリアの守りさえも揺るがした、その一撃を。


己の守りでは防ぎきれない、少年の全身全霊込めた一刃が迫る。

だが、彼も動じる事はない。

彼もまた、彼女を信じているから。

「先も言っただろう……」

構える。その左手を、剣を血へと還して。

「私は一人で戦っているのでは無いのだと……!!」

「くっ……!?」

大盾が、その刃を弾き止めた。


彼女の遺した守りが、少年の全力さえも受け止める。

最大、最硬の防御。彼女の遺志そのものが盾となって顕れ、何者さえも通さないという信念が彼を守り切って。

「終わりだ……!!」

右手に創り出した剣の狙いを彼に定め、今彼との因縁に終わりをもたらそうとした。


されど、何かが脳裏に引っ掛かる。

いや、今まで思い出さないようにされていたとさえ思えて。

「……まさか!!」

「そのまさかだよ……!!」

気付くと同時、シールドバッシュで少年を弾き飛ばす。

だが、もはや時既に遅く。

「貰ったァ!!」

姿見せぬ獣は、既に彼を間合いに捉えていたのだ。



獣は強靭な脚で一歩、音もなく一気に詰め寄る。ヴァシリオスも彼の接近に合わせその剣を構えんとする。

だが、もはやその王手は覆すことの出来ない、確実なものとなって。

「てめぇらの絆とか知ったことか……!!」

右手に全ての力を込めて、その命を狩り殺さんと跳躍。

「俺らにも守るモンがあんだよ……!!」

友の為、守るべき少女の為。

交わした約束を果たさんが為。

「終わりだァ!!」

地を蹴ったカケルの体躯はヴァシリオスの眼前を覆い、姿見せた狩人の一撃が心臓目掛け繰り出された————





————だが、揺らぐ。





僅かなれど痛みに視界が、体芯が揺らぐ。

今まで受けてきた傷は決して浅くなく、その全てが既に命を脅かしていた。

そしてほんの僅か。それでもその僅かな猶予は余りにも致命的で。


覆しようのない結末を、彼は覆そうと力強く一歩踏み込む。


もはやそれは意地という言葉以外に適切な表現はなく。

音もなく、二つの意地が交錯する。






そして、訪れた静寂。

「っ……」

カケルの鋭き爪はヴァシリオスの体躯を穿ち、彼の体から赤が滲む。僅かに狙いは逸れたが、それでも確かに彼の身体を貫いて、明確な傷を刻み込んで。


だが、それはカケルも同様だった。

「……んだ……こりゃあ……」

ヴァシリオスの足掻き。その赤き刃はカケルの小さな体も貫き、赤が滴る。

幾つもの傷を負った小さき獣にその傷はあまりにも大きく、彼の命を壊すには十分過ぎた。


剣に体を支えられるようにその肢体からは力が抜けて、能力で維持していた巨躯も萎むように小さくなっていって。

「カケル……!!」

その眼から、光が消えていく。

命が、失われていく。


少年は手を伸ばす。まだ救えるかもしれない。

まだ、彼は————


「タレメェ………」


その声が、手を伸ばす彼を止めた。

カケルも最期の力を、振り絞る。

己がもう駄目だと分かっていたから。もう二度と、あの路地裏で友の隣を歩けぬと知っていたから。

だから————、

「漢……見せろよ……」

託す。友の未来を、少女の明日を。


彼が認めた、一番の子分に。

今ここに残る、唯一の希望に。


そして、彼は崩れ落ちる。

誰よりも仲間想いの、小さき獣は力なく地に伏して。

今、一つの命が儚く散った。




それでも、彼が遺した言葉は少年の背を優しく、強く押す。

傷ついた身体を奮い立たせ、最後の戦いへと彼を誘う。

ここで立ち止まれば、もう二度と前を向けない。きっと彼にも顔向けできなくなるから。

だからもう一度、彼は一歩前へと踏み出す。


「彼女が、気に入ったわけだ」

ヴァシリオスもまた彼の生き様をその眼でしかと見届けて、礼を持って彼に敬意を示して。

仲間たちの想いを胸に、彼もまた一歩前へと足を踏み出す。



そして彼らは、剣をその手に相対する。



「さて、残ったのは我々だけのようだな」


「みたいだな」



————背負う命がある。



————託された願いがある。



「君たちには悪いが、私も譲れないのだよ」


「分かってるよ。俺だって、そうだから」



二人が戦う理由は同じで、そこに大きな違いは存在しない。



それでも唯一つ、そこに差異があるとするならば———



「始めようか、少年」


「ああ、上等だ」



————誰が為、それだけだ。



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