第14話 終結、そして……

MM地区 ランドマークタワー周辺区域


無数の狂える死者達が命を求め闊歩する戦場。

マルコ班の面々は命を守る砦となりて、燐光に導かれながら最後の最後までその命を賭して戦い続ける。

MM地区の守護神たるその超合金の巨人も過酷な戦いの中で傷つき、膝を突いても決して倒れることなく。

黒の獣たる彼女もまた己が使命を成し遂げ、 この地獄を生き延びんと奮闘する。

帰りを待ってくれる人達がいるから。

帰るべき場所があるから。


それぞれの理由を胸に、再度力を己が身に込めた。刹那。




————遠くで青き光が空へと昇る。




優しく、温かな命の光。空覆う曇天をその光は掻き消すように広がって、次第に橙色の空が顔を見せ始める。

そして降り注ぐ"マリンスノー"。それは全ての傷ついた命を癒し、全ての歪んだ命を有るべき形へと戻していく。


弾けた海の飛沫が、全ての正しき命に降り注いで、この終わりないと思えた地獄を溶かし、流し去って行ったのだ。



「終わった……のか」

荒夜は空を仰ぐ。先程まで雲に覆われていた事が嘘のように、柔らかな橙色が頭上を覆って。

「ああ。彼らの、そして俺たちの勝利だ」

コックピットから姿を現した湊もこの場を、その身を包む淡い青を感じ取って、この戦いの終わりを確かなものと認識した。

「ひぇ〜、もうヘトヘトっすよ〜」

遅れてコックピットから顔を出した輝生。普段から元気という元気が溢れ出ている彼がここまで疲れ切ってるのは珍しく。それだけミライオンの操縦がなかなかタフだったようだ。

「でも輝生、結構上手くミライオンを乗りこなしてたじゃねえか!空飛んだり、ハンマーも使ったりって!

「あれは湊の兄ちゃんが手伝ってくれたからっスよ〜。いっつも一人でアレを操縦してる兄ちゃんはすごいっス……」

「いいや輝生、初めてでここまで乗りこなせば大したものだ。もしもの時の為に操縦訓練をしてもいいかもしれないな!」

「本当っすか!?」

途端に元気を取り戻しはしゃぐ様子の輝生。ルミはそれを見て少し呆れてため息を吐く。

「全く、まだ終わったわけじゃないんだ。油断は禁物だというのに……」

その隣に並ぶ荒夜はニッ、と笑い。

「でも、アレを見たらもう心配はいらねェだろ」

「まあ……それもそうだね」

彼もまたその疑いようの無い美しき景色に小さく微笑んで。


MM地区を守る彼らの戦いは、一度幕を閉じた……



—————————————————————



時を同じくして、横浜中華街。

辺りに刻まれた無数の傷跡が彼らの戦いの苛烈さをひしひしと伝え、耳に残された亡者共の残響がこの地獄の様相を物語っていた。


だが長きに渡る彼らの戦いは、呆気なく唐突に終わりを迎えた。


青き光を浴びた死者たちは全て光となって空へと消えて、まるで戦いなんて存在しなかったかのように静寂は訪れた。


『こちらアセナ、全敵性反応の消失を確認……!!』

それと同時、辺りから歓声が湧き上がる。マルコ班の面々は勿論、MM地区支部のメンバーもヨハネ班のメンバーも、この場にいる誰もが声を上げていて。アイシェも思わず昂りを抑えられず、通信機からは涙混じりの声が聞こえてきた。


それもその筈。全ての敵が消えたというのは、あの光が空に立ち上ったというのは彼らが、マリアらが勝利を掴みこの事態を収めたという事。

皆が託した願いが、望みが果たされたのだ。



「終わったな」

「ああ。まだ後始末は残っているけどな」

並んで立つ黒鉄と青年。黒鉄はその口にココアシガレットを咥え、青年は刀を鞘に収める。二人はベイブリッジの方角から上がる光を見て、全ての終わりを確信していた。

『いやー、一時はどうにかなると思いましたよ。マスターは右腕が使えないし、敵さんはいくら倒しても倒してもキリがないし』

「助かったぜアリオン。お陰で俺もコイツも死なずに済んだ」

「今回は感謝している。少なくともこの馬鹿の数百倍は頼りになった」

『いやー、それほどもありますってー』

「お前の事しっかりちゃんとカバーしてたんだけどなぁ!?」

戦いを終えて完全に気を緩めている二人。先程まで鬼神が如く敵を葬り続けていたとは思えぬほどの気の緩みようで。


「二人とも、お疲れさん」

そんな二人に、伊達男が声をかける。

「ああ、お疲れ様ですジャンカルロ隊長殿」

この長きに渡る防衛戦における指揮官であり最大の功労者であるジャンカルロ。

「そう堅苦しくしなくて構わねぇ。んな事より二人とも、若いのにようやるじゃねぇか」

仕事終わりの一服を口にはしているが疲労の色はそう見えず、やはりヨハネ班隊長の名は伊達では無いように思える。

「仮にも霧谷から直々に依頼を受けているんだ。並のイリーガルやコイツとは一緒にするな」

気さくに声をかけた彼に対して黒鉄は目は合わせず、無愛想に答えて。

「ったく、お前さんはやたら気難しいようだな」

「俺はUGNが嫌いなだけだ」

ただそうは言いながらも、共に同じ目的の為に戦った彼に対してはそう敵対心は見せず。煙草とそれを模した砂糖菓子を咥えながら共に勝利を両の目に収めた。


そしてタバコの火が消えた頃、彼も最後の仕事に取り掛かる。

「さて、ここからは後始末だが……」

「ええ、俺たちの仕事ですね」

青年とジャンカルロは珍しくも真面目に挨拶を交わし、それぞれの責務を果たさんと動き始めた。

同時、彼が声を発する。

「そういえば、ジャンカルロと言ったか」

「どうした、気難しいの」

「よく、アイツらに手を貸そうと思ったな」

彼の問いかけ。この状況でまともな思考をしてれば大部隊を待つはずで、彼の行いは僅かに疑問が残って。

「なに、分の悪い賭けでも勝ち目があれば賭けちまう性分なのさ。お前さんだってそうだろ?」

「まあ、な」

黒鉄らもエレウシスの秘儀を破壊しにきたにも関わらず、彼らを信じていたから全てを託さんとこちらに残ったのだ。

「言うなれば、ジャックポットだったということか」

「まさにその通りだ。俺もオールベットした甲斐があったってもんさ」

同じ思いがそこにあった事を確信して、二人は小さく笑みを溢した。


「さーて、こっから俺たちの仕事なんだからお前は真奈ちゃんとイリス?ちゃんのとこに行ってやりな!』

『そうっすよマスター!』

「ああ、今だけは感謝する」

黒鉄は青年に背中を押され、その場を立ち去るように一歩踏み出す。

ただ、去り際に一度だけ後方を振り返って。

「……やはり、ヒーローには敵わんな」

誰にも聞こえぬ小さな声で、微笑みながら一言呟いた。



中華街における戦いも終わりを迎える。

彼らの帰るべき場所は守られて、その場にいる誰もが今か今かとその帰りを待ち侘びる。


淡く柔らかな青と橙が、その場所を静かに覆い包んでいた……




—————————————————————


ベイブリッジ


海の弾けたその場所。

「にゃーん……ここは、天国か?」

「いいや、私もいるという事は天国ではなさそうだ。それに富士山も見えるしな」

「戻ってきたようだな」

ここにも等しく青き雪は降り注ぎ、黄昏がこの場所を包み込む。戦い終えて傷ついたはずの彼らの命も癒され、全ての傷も既に塞がっていた。

夕日に照らされた水面は宝石の様に輝いて、この世界があるべき姿へと戻った事が感じ取れた。

「結局、今回も死んじまったや」

「俺も死んじまった。まだまだ甘ぇーな」

垂眼とカケルは悔しそうに口にして。それでも確かにこの雪が、彼女の命が解き放たれた事を示し。安堵ともに二人は小さく胸を撫で下ろした。


「そうだマリア、エレウシスの秘儀は」

「ああ、ここに」

マリアが手を開けばそこには小さく可愛らしい、青色の鯨の宝石細工が一つ。これがエレウシスの秘儀の核であり、制御装置。

全ての元凶であると共に、全てを救う為の最後の希望。

残る二つの遺産と共に用いる事で、少女の完全なる蘇生は果たされる。

誰一人として命は落とさずに、不可能と思われた困難を彼らは今、乗り越えんとしていた。



「お互い、生き延びたようだな」

その中、黄昏の向こうから声が聞こえる。

振り返ればそこにはヴァシリオス、そして彼が率いる黄昏大隊の面々。やはりあの過酷な戦いの中で生き残ったのは数名のようで。それでも彼女は、ナタリアは変わらず仲間達と共に彼の傍に立っていた。


「こいつ、生贄にしてやろうか?」

「そう言ってくれるな。確かに私は君たちに忌み嫌われるような事をしたのは事実だがね」

軽口を叩く禅斗と、それに対して少し申し訳なさそうにするヴァシリオス。今の彼はマスターレギオンではなく、清廉なる信念をその目に宿したままのヴァシリオス・ガウラス。

禅斗もそれを理解した上で、そう口にして。

「これでもお前の為すことが正義だと言えるのなら、心おきなく死ねるだろう」

付け加えるように、友に向けて静かに言葉を放つ。

「自分の抱いた正義に溺れたまま死ぬ。それはきっと安らかだろう」

これからこの世を去りゆく彼らに向けて、弔いの意を示すように。

彼の理想を知って、そしてあの日彼が亡き後に彼の理想が成し遂げられる様を見たからこそ彼はその世界を伝えるように口にして。


その言葉を聞いて彼も俯く。

「ああ……その通りさ。私は私の信ずる物に溺れる事さえできずに足掻きに足掻いて、結局独り最後まで生き残ってしまった」

歪んだままに歩み続けたこと、救うべきだった人々を傷つけたこと。彼の言葉にはそんな幾つもの後悔が入り混じっていて。

「お前の言う通り、正義に溺れたまま死ねたなら、安らかだっただろう……」

それでも彼の口調はあまりにも優しく、穏やかだった。










「あの日も、"今"も」



そう、彼が続けるまでは。







空気が張り詰める。

穏やかだった様相はもうそこにはなく、険しい表情へと変えて彼は右手を前に出す。

そこに居るのはヴァシリオス・ガウラスではない。相対するのはかつてのマスターレギオンたる彼。




「単刀直入に言おう、UGN」



そして彼は、ただ一言、厳かに。



「エレウシスの秘儀を、渡せ」




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