第6話 友達

MM地区 中華街


日の光に照らされ明るく、それでいて落ち着いた雰囲気のカフェ。

「デラックスパフェと……あとチョコアイスをお願いします」

彼らは休息と団欒、そして情報の共有のためその場所に腰を落ち着けていた。

カケルも能力によってその姿を隠し、イリスの膝の上に座り込んでいた。


「それで、ナタリアについての情報ですが、」

カケルと戯れるイリスを横目に、雨宮が切り出す。

「私と真奈が聞き込みした限りでは、彼女はここ数日でいきなり姿を現したと聞いてます」

「あと、偶然見かけた人は近くにヨーロッパの人がいたみたいな事も……夜遅くだったからハッキリとは覚えていませんでしたが……」

「その人物ついてはこちらでも一応話には聞いているから、恐らくそいつが何かしら関わりがあることには間違い無いだろう」


情報をまとめれば、ナタリアは謎のフランス人によってこの中華街に突如現れた。

「アイシェの情報によればマスターキュレーターはフランス人である可能性があるとの事だ、つまり……」

「マスターキュレーターとナタリアは接触していた、という事ですね」

加えて彼女の存在そのものが、マスターキュレーターと繋がったのだ。

「つことは、やっぱ敵なんすかね」

「だがその割には協力的だ」

「まだ謎の全てが明かされた訳ではないようだな……」

幾らかの空白は残れど、幾らかの点は線となって繋がる。


「ああ、そういやあの女とイケすかないガイジンのことはうちのシマのネズミたちが見てたぜ」

そしてその空白を埋めるピースは、彼が持っていた。

「何か、ディオなんとかとパンナコッタだけじゃこれが限界かとか言ってたらしいぜ」

「ディオニューシアの極光とパンナコッタ……?なんか旨そうだな」

「パンナコッタでは無いにしろ、何かしらの遺産だろうな。ただ、ディオニューシアの極光には我々の知り得ない使い道がまだある、ということか……?」

「どんな物だろうと関係ない。オレ達の手でイリスちゃんを守るんだ」

全ての空白は埋まらずとも、確かにこの場所で得るものはあった。彼女が笑顔で1日を過ごせたのなら、尚更だ。


「どうだったいイリスちゃん?初めての中華街は」

「今日もすっごく楽しかった。みんなとまた会えて、本当に楽しかった!!」

満面の笑みで答えるイリス。

「こんな日が、また来るといいな……」

禅斗と夕日を見たあの日のように、名残惜しそうに小さく呟いた。

「来るとも。いつか必ず」

そんな彼女に優しく、はっきりとマリアは答えた。

「本当?」

「ああ、約束だ」

「すぐにこんな日々が当たり前になるよ」

「いつかオレたちの手を借りる必要がなくなるその日まで、盾になろう」

彼らは少女にその意を見せる。彼女がもう不安になる事もなく、明るい未来を見据えることができるように。


「……私ね、ずっとこういう楽しい日が来るといいなって思ってたの」

いつか夢見た日々。あの戦いの果てに掴んだ平穏。

「みんながそれを教えてくれて、すっごく嬉しかった。こんなのが毎日続いたらいいなって思うのは、よくばりかな……」

それも少女にとってはまだあまりにかけがえの無いもので、まだ彼女の日常には溶け込めていなかった。

「そんなん、わざわざ望むこたないよ」

それに垂眼は優しく答える。

「友達と毎日思いっきり遊んで過ごすってのは、俺たち若者の特権だよ。でしょ?禅斗さん」

「そうだ。仕事をする大人を負い目にすることはない。それが子供の特権だ」

「その権利を守るのは大人の責任だ。子供は気にすることはない」


和かな笑顔を見せたマリア達三人。それを聞いてイリスは表情を明るくし身を乗り出した。

「じゃあ私みんなと、猫ちゃんとも友達になる!!そしたら猫ちゃんとも毎日遊べるよね?」

「俺と友達だとう?」

大人しくしていたカケルは途端に猫の猫被りをやめる。

「ダメ……?」

「ここでダメと言ったら猫が廃るぜ、カケル?」

カケルはシュタッと床におり、ふんぞり返りながら言葉を放った。

「ふ……お前が一番好きなもん持ってこい。俺はちゅ〜るをやる。それが友の契りってもんだ」

「一番好きなもの……ぱへ……今はない……」

イリスも必死に好きなものを探すがとっさに出てこない。


「それじゃあ、私はカケルに一番大切なものをやろう」

その合間を縫うように禅斗が言葉を挟み込む。

「おう、何をくれるんだよ」

「私の『時間』だよ」

「お、おう?」

一瞬理解ができず言葉に詰まったカケル。

「お前と過ごすため、このかけがえのない『時間』をやろう。まあ、みんなで使うことになるんだがな」

「あ……?つまり……?」

カケルは禅斗の言葉の真意を汲もうとした。

「よくわんねーが悪い気はしねえ。いいだろう」

「必要とあらばいつだって呼んでくれ。力になろう」

結局の所理解が追いつかなかったが、それでも彼にとっては十分だったようだ。


「ほら、折角だし俺のとこに腰掛けたらどうだ?」

「るっせーな、友の契りは交わしても猫は群れないんだよ」

「まあまあ、そう言わずに」

膝をポンポンするマリア。

「るせぇ!!お前は特に怖いんだよ!!」

カケルはすでにマリアの秘めたる力を感じ取っていたのか警戒度MAXだった。


だがそんな警戒も虚しく。

「あっ」

首をつままれ膝に乗せられたカケルは、まな板の上の鯉同然。

背中を優しく撫でられるが、明らかに顔は強張っており、耳も尻尾も立ち、リラックスの真逆が表現として適切だった。

「私とも良き友でいてくれるね。生憎私には渡せるものは何もないが」

「お、おまえは……」

一瞬答えに言い淀んだ後、

「にゃーん」

イエスともノーとも捉えられない、社会性フィルターのかかった猫撫で声で答えた。


「私、タレメをあげる!!」

そして悩みに悩み抜いた少女が、高らかに声を上げた。

「は?お前が一番好きなのはこのちんちくりんかよ」

「えっ、なん……んん!?」

カケルと垂眼はどちらも驚きを隠せぬようで。もっともその驚きのベクトルは違うが。

「あ、じゃあマリアさんと禅斗さんも!!」

「んん〜〜〜〜〜〜」

そして垂眼は下唇を血が出てしまいそうなほどに噛みながら、なんとも言え無い表情になっていた。

ただそれでも彼女の好きなものとして挙げられたのは、やはり彼女にとってのヒーロー達だったのだ。


「オウ、なら今からちんちくりんは俺の子分な。ちゃんとエサ分けてやっから心配すんな、な?」

「え〜〜〜〜〜〜〜どうせ冷めたもんばっかでしょ〜〜〜〜」

「たりめーだ、俺は子分を大事にするからな。おめーがやけどしねぇように配慮だよ」

垂眼とカケルのやり取りを満面の笑みで眺めるイリス。

けれどこの楽しい時間が終わりに近づいているからか、彼女は寂しげに、不安そうな顔を浮かべていた。

「みんな友達なら……また明日も、ずっとこれからも会える……よね?」

漏れ出た問い。

それは彼女がこの先もずっとこのような日々を望んでいるから、それを確かなものにしたくて問いかけた。

「流石に毎日はきついな。だけど、またすぐ会えるって分かれば数日の別れの間もワクワクできる」

「うん……そうだね……。今日が終わっても、また楽しみに待ってる……!!」

「ああ、それがいい。オレ達もイリスちゃん達と会えるのを楽しみにまた頑張るよ」

再び彼女に笑顔が戻る。

初めてできた"友達"。新たに生まれた大切な物によってその笑顔は確かで、揺るぎないものへと変わっていた。



だがその平穏も束の間。ガシャンという、皿が の割れる音と共にそれは崩れ落ちる。

「何奴」

「あ、あれはなんですか……」

皿を落とした店員は、その手を震わせながら空を指差す。

「……何だありゃあ」

「あれは……!!」

外にはこの日本ではあり得ないはずの光景。それを撮影しようと端末を取り出す人々。しかしそれも機器の不調か叶わぬばかりで。


そしてこの存在を知っていた彼らに、今何が起きているか知らしめるにはあまりにも十分だった。

「ディオニューシアの極光……」


空を覆う極光オーロラ

それはこのMM地区を新たなる戦いの場へと変える、新たなる戦いの凶兆だ。


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