第7話 ディオニューシアの極光

UGN MM地区支部


空を満遍なく覆う巨大なオーロラ。美しさと同時にこの場所ではあり得ない存在に、誰しもが好奇心と恐怖心を覚え始めていた。


そしてその正体を知る彼女らは一切の過怠無くその状況と対峙する。

「アイシェ、状況は」

「通信機器の全てがダウン、電子機器の8割に不具合が見られます」

「じゃあ私達は残りの2割をここに集めよう」

「はい!!やるよ垂眼くん!!」

「おうよ!!」

迅速に動く彼ら。遺産との対峙が二度目という事もあってかその動きに無駄は無かった。

「支部長、カケルくんは?」

「奴は光少年を連れてくるとの事だ。ここならまだ安全だろうという事でな。聖ちゃん達は?」

「外に調査に出ていますが……」

葛城が心配そうに答えると同時、ドタバタという足音が次第に近づいてきた。


「はぁ……はぁ……今戻りました……」

「うひょーー……疲れたぁ……」

その足音の主は千翼と聖。

「二人ともよく戻ったわね!!」

「携帯も使えないし……一旦戻って来たんですが……」

「エレベーターも使えないとは思わなかった……」

「疲れてるところ悪いが、ここからが正念場だ。二人とも頼んだぞ」

「は、はい!!」

「うおおおやってやらあああ!!」

二人もバテバテになりながらも垂眼と甘宮と同じように辛うじて動作する機器を動かし始めた。


「ねえ……大丈夫……かな?」

不安そうな顔を向けるイリス。マリアも一度緊張した顔を解し、視線を彼女と同じ高さにして優しく頭を撫でた。

「大丈夫だ。すぐに終わるから安心して待ってなさい」

「うん……」

「イリスちゃんは私の部屋に隠れていて。あの部屋なら万が一ミサイルが飛んできても大丈夫だ」

イリスは少し安心したように静かに頷く。緊張の色は消えていなかったがスタッフの青年に手を引かれていく。


募る不安。だが何もしなければこの不安が拭えない事は分かっていた。

「さて、それでは状況の確認といこう」

「アイシェ、説明を頼む」

「はい。現在稼働する計測機の反応を見るにあのオーロラはディオニューシアの極光で確定。マスターキュレーターによる攻撃と判断し現在は発生源を捜索しております」

「ナタリアは?」

「彼女はこの状況にも関わらず一切抵抗せず大人しくしています……」

アイシェの言葉はその通りのようで、どこも慌ただしい支部内でも彼女が拘束されている部屋の周りは落ち着きを見せていた。


「今は手掛かりなしか。万全な防御を固めて、迎撃するぞ」

「ああ。いつ奴らが来てもいいように体制を整えておこう。アイシェは引き続き発生源の特定を頼む」

「了解です」

それぞれがそれぞれの武器を手に取り万全の態勢を整え始めた頃、

「ま、待ってよカケル!!」

「早くしろ光!!」

一匹の猫と少年がオフィスフロアまで駆け上がってきた。

「よく来てくれた光くん」

「す、すみませんこんな時に……」

「構わんよ。非戦闘員は皆私の部屋でイリスちゃんとのんびり過ごしていてくれたまえ。冷暖房も効くし、お菓子も飲み物も揃ってるからな」

「真奈ちゃん、イリスちゃんの事を頼んだぞ。ワシはこっちで戦力として任務に当たるからの」

「は、はい!!」


カケルと共に支部長室へと向かった真奈を見送る藪。袖をまくる彼の腕にはいくつもの傷が。

「驚いたな、アンタはてっきり後方支援担当かと」

「舐めてもらっちゃ困るわい。とは言っても流石に前線から引いて久しいがの」

「藪先生は大人しく真奈やイリスちゃんの方の防衛に当たってください」

その傍ら、可憐な少女から一転してアサルトライフルを背負い武装する少女、雨宮。

「案外と武闘派だったんすね」

「ええ、これでも一応N市の戦闘エージェントですから」

冷たい瞳から溢れ出る自信。それは慢心ではなく、その慣れた手つきから確かな経験からの物だと彼らも確信するに充分だった。



ただ着々と準備が進む一方、余りにもこの場所は静寂に包まれていた。

「……妙だな」

「ああ」

「全然攻撃してきませんね」

「奴らビビっちまったんじゃねえのか?」

本来奇襲というものは撹乱を始めると同時に開始されるもの。しかし既にディオニューシアの極光が発生してから30分以上の時間が経とうとしている。

積もる不安と疑心。もしかしたらこの盤石な守りに恐れを成して諦めてくれたのかもしれない。そんな希望さえも抱いてしまいそうな。


だがそれも、彼女の言葉と共にそれが幻想である事を突きつけられる。

「隊長、ディオニューシアの極光の発生源を特定できました!!場所はランドマークタワー上空……この建物の真上です……!!」

「何……!?」

明確になった彼らへの敵意。もはや敵に引く意志などがないことは確実だ。


そして同時、彼らはそれを目にした。

「なんだありゃ……?」

遠くからまっすぐと飛来するそれ。

誰もがその特徴的なシルエットに見覚えはあっただろう。

ただそれを見たのは実物でなく、アニメや映画の絵空事の世界を通してのみ。


幾つもの命を、物を破壊し吹き飛ばしてきたそれを。

「まさか……!?」

「皆さん、伏せて……!!」

"ミサイル"を。


もはや反応するには遅く。

気づいて2秒、音速で飛来したそれは彼らの眼前へと迫っていた。

理解、などできるはずもなく。

衝撃波によって次々と窓ガラスも砕けていく。



そして3秒後、それは炎と音を撒き散らしながら彼らに襲い掛かる。

もはや何をするにも遅すぎて。その事実に、死に吞まれるしかなかった。


ただ、それが炸裂する寸前。その場にいた誰もがその影を目撃した。


大盾を構える、一人の麗人のその背中を。


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