第11話 死闘

MM支部前


止まる事なき剣戟。

闇夜の中で火花が一つ、また一つ弾ける。

言葉では語り切れぬその想いが、覚悟が互いの刃を通じて腕にのしかかる。

「っ……強い……!!」

「先程までの威勢はどうした……!!」

マリアの剣技を弾くヴァシリオス。叩き込まれた蹴りに距離を余儀なく取らされる。

「喰らえよ……っ!!」

垂眼もその隙を突かんと畳み掛けるが、難なく回避され隙を晒す。


「その程度で勝とうというのならば、甘い……!!」

瞬間的に剣に更なる血を纏わせるヴァシリオス。

「下がれ!!」

マリアは防御体制を取り後退しようとするが踏み込んだ垂眼にはその猶予はなく。

「死に晒せ、小僧……!!」

構えられた赫の大剣。

「させるか……!!」

それに合わせ雷の弾丸を放つ黒鉄。

「やらせん……!!」

「ライフル弾にも反応するだと……!?」

だが音速で放たれたそれさえもヴァシリオスの肉を抉る事はなく。

砕けたそれは大盾に弾かれ宙を舞う。


そして黒鉄の妨害も虚しく、無慈悲にその刃が垂眼を切り裂いた。。

「あぎゃあああああっ!!」

「ぐっ……!!」

舞い散る鮮血。垂眼の肢体には一つの大きな赤い線が刻み込まれていた。


「垂眼……!!」

「他人の心配をしている余裕があるのか……ヌル!!」

仲間が倒れたことに気を取られ、両翼からの騎馬のレギオンの接近に反応が遅れる。

ナイフに持ち替えその剣撃を一つ二つと捌くが三撃目を受けるには猶予はなく。

「チィ……!!」

その右腕を持ってして受け止めんとすると同時、一瞬だけ剣を振り下ろす速度が落ちたのを確認する。

「っ……!!」

頰に刃を受け血を流すが、致命傷には至らず。

「助かった……支部長」

「構わない。まだ奥の手は使っていないしな」

陣形を立て直し、肩を並べる黒鉄と禅斗。

そして未だ立ち続けるマリアと、深い傷に伏した垂眼。

「他愛なかったな、小僧」

物言わぬ屍となった彼を見下ろすヴァシリオス。


だが、彼もオーヴァード。

その傷は癒え、死した証を残しながらも地面に手をつき立ち上がった。

「別になぁ……一回ぐらい死ぬのは想定内なんだよ!!」

それでも痛みや死に瀕する感覚が消えるわけではない。

彼はそれを僅か数秒前に経験したにも関わらず、食いしばりながら痛みに再度ヴァシリオスに敵意を向けた。


「まだ立ち上がるとは悪くない……悪くはないが、まだ未熟」

「ああ、俺は弱えよ……弱えけど、テメエには一発入れなきゃ気が済まねえ……!!」

再度地を駆け剣を振るう垂眼。

先ほどよりもその一撃一撃は速さを増すが、歴戦の勇士たるヴァシリオスにその剣技は通じず。

それでも音速で迫りくる彼の攻撃を捌くためと意識は一点に向けられた。


「そのまま攻め続けろ……!!」

マリアの追撃。更なる赤は彼女の覚悟を示し、その刀身は炎を纏うが如く。

「させん……!!」

「邪魔をするな……!!」

「貴様こそ、我らの行先を遮るな……!!」

されど王を守りし大盾の信念はマリアの一撃にも揺らぐことはなく。

そして背後より迫りくる騎馬のレギオン。

「チィ……!!」

一閃。

刃が交差することもなく、マリアの一撃は容赦無くその赤き体軀を両断する。


だが同時に右足から力が抜けた。

僅かに遅れてやってきた熱を帯びた痛み。腹部を見れば三つの傷と鉛弾。

「伏兵か……!!」

銃声の方に目をやれば、僅かに離れた距離で昇る白き小さな煙。

長銃のレギオンによるバースト射撃は確実にマリアの足を止めるに十分な傷を与えた。

「どうした、その程度かUGN!?」

「そんな訳、ないだろう……!!」

再度量の足に力を込め、血の刃を振るう。

肉薄するマリアと大盾の麗人。

互いに譲る事はなく、拮抗した実力の中で火花と共に互いの信念が散った。


されどそれは同時に垂眼の劣勢が長引くことを意味する。

「くそ……早えな……」

少年の袈裟斬りは既に置かれたヴァシリオスの刃に止められ、一度下がり再度刃を振り下ろすがそれさえも妨げられる。

どの一撃も速さであれば見るもかなわぬ連撃であるにも関わらず、培われた経験と技術の前では決定打にならない。

「取るにたらんな」

「っ……!!」

そして一瞬の隙を突かれ死角からの足払いによりバランスを崩され隙を晒す垂眼。

振り上げられた剣を避ける間はなく、無慈悲に刃が彼の肉を両断しようとした。


刹那。

「お前の相手は俺だ……ヴァシリオス……!!」

虚空から姿を現した黒鉄。

ナイフはヴァシリオスの右腕を突き刺し、黒鉄はそのまま蹴りをたたき込む。

「なるほど……空間転移か……」

窮地を一時的に脱する垂眼。

彼の眼前には相対する二人の勇士。

決して力を抜くことなく二人はにらみ合った。


「だがまさか、君がUGNに付くとはな、ヌル」

向けられる蔑みの目。黒鉄はそれに答えることもなく、動じることもなく。

再度ナイフを構え、彼は一気に加速する。


交わる刃と刃。長物を扱うヴァシリオスに対し黒鉄は懐まで潜り込み連続して切りかかる。

刺突は腹を斬り、蒼の雷糸がその傷を焼き広げる。

だがそれも決定打には至らず。

同時に放たれたカウンター。

その刃は黒鉄の肩を裂き赤をまき散らす。

それでも彼は止まることはなく。

両の手で胸倉を掴み、最大出力の電撃を浴びせる。

「今のは……中々堪えたぞ……!!」

「っぐ……!!」

だがそれが確かなダメージを与えるよりも早く、ヴァシリオスの当て身によって距離を離された。


中立状態へと移る二人。

黒鉄は深い傷に息が上がり、身体も揺らぎ始めている。

「……分からんな、ヌル」

その中で男は静かに言葉を放つ。

「何が……だ」

「君も私と同じ、死した者の正義の為、彼らの生きた証を示すために戦うとあの日言っただろう」

「……ああ、言ったな」

「ならば何故君は彼らに、信念無き正義を振りかざすUGNに手を貸す」

「……」

沈黙。彼は決して答えず、変わらぬ敵意の眼差しでにらみ続ける。

ヴァシリオスもそんな彼の態度に業を煮やし、怒りを露わにして叫んだ。

「君には……大切な者を不条理に奪われるという地獄を味わった君ならば私の理想を理解できるだろう……!!なのに何故、何故彼らに与する……!!」

その叫びには狂いも迷いもなく。魂から放たれた言葉だった。

そして沈黙を貫いていた彼も、それに応えるべくようやく口を開く。

「……あの日、マリンスノーでも言ったはずだ」

同時、マグナムの銃口を向けその照準を合わせ――――

「俺の……誰かの為の正義と、他を傷つけても為さんとする貴様の理想が相容れなかった……だから一人の死神としてお前を殺す……!!それだけだ!!」

想いと共に、引き金を力強く弾いた。


放たれた弾丸を弾くヴァシリオス。優勢は時間差で懐に潜り込んだ黒鉄に。

「ここで斃れろ……ヴァシリオス……!!」

放たれしは蒼雷纏いし、命を刈り取る死神の一撃。

回避の猶予はなく、今その刃が首筋へと届かんとした時、

「……残念だよ、ヌル」

「なっ……」

右腕は弾丸に弾かれ、その腹部に赫き剣が突き刺さる。

「お前が、斃れるがいい」

そして体は優に持ち上げられ、地へと投げ捨てられた。

「黒鉄!!」

「嘘だろ……おい……!!」

地に転がった彼は禅斗と垂眼の呼びかけに答えることもなく。ただ彼を中心として赤が広がるのみ。

「クソ……!!」

そしてマリアも大盾のレギオンに退けられ、今彼らは再度窮地に追い詰められていた。


されど、彼らは追撃をせず。

ヴァシリオスは一歩前へと足を踏み出し、禅斗へと声を放つ。

「貴様らが恭順の意を示すというのならば、これ以上の攻撃は控えよう。誰にも彼の後を追わせたくなければ、支部の仲間が大切なら投降したまえ……MM地区支部長……!!」

迫られる選択。この戦力差、実力差では劣勢は必至である。

そして例えジャームになろうとも彼が約束を違うことはない、禅斗はそれを確信していた。

「悪いが断る。お前を野放しにすれば、また誰かを傷付けるのは見えているからな」

だがそれら全てを分かったうえで、彼は即答したのだ。


「……そうか、ならば仕方ないな」

繰り出される指示。同時に始まる一斉攻撃。

銃弾は雨が如き降り注ぎ、数多の騎馬が迫りくる。

「二人は前に。アレはオレが引き受けよう」

「……分かった。だが無理はするなよ」

「ぜってー支部長の分も叩き込んできますわ」

「ああ、頼んだぞ。二人とも」

禅斗が手をかざすと同時、二人の体は瞬時に消えヴァシリオスの眼前に迫る。

そして今度は翳した手を騎馬らへと向け、

「オレの奥の手、2つ目だ」

鉄塊すらも食い止めたあの重力の一撃を解き放った。


再度互いを間合いに捉えるUGNとレギオン。

「喰らえよクソ野郎!!」

剣を振るう垂眼、それを防ぐ盾のレギオン。

「穿て……!!」

その隙を掻い潜るが如く放たれたマリアの赤の一閃。

紙一重で避け、再度その刃を繰り出しマリアの頬に傷を与える。

「お前の相手は……私だ……!!」

そして挟む陣形にて放たれる大盾のレギオンの一撃。

マリアはその刃を受けるが、傷によって力が抜け体躯が揺らいだ。

「死ね……理想なき正義の犬よ……!!」

「悪いが、そうそう死んでられんのだよ……!!」

追い打ちに放たれた一撃と、それと交差するが如く放たれたマリアの一撃。


「っ……ぐ……!!」

「流石はR災害対応班、マルコの隊長と言ったところのようだが……!!」

蓄積したダメージはマリアの剣撃をわずかに逸らし、ヴァシリオスに傷は与えたが致命には一歩及ばず。

振りかざされるはマリアの命を断ち切る赫の大剣。

「これで終わりだ……!!」

狙いすましそれを振り下ろさんとした。


だがそれよりも早く、彼の剣がヴァシリオスに襲い掛かった。

「これ以上好きにはさせねえぞ……!!」

「お前如きに何ができる……!!」

大剣をもってして垂眼の体を吹き飛ばす。

少年は地に足をつけると同時、身体を蹴りだし再度攻撃に転じる。

「テメエみたいな小さな女の子殴んねえと理想の一つも叶えられねえ奴に……負けられるか……!!」

「この世界に蔓延る不平等を是正するには必要なこと……我々の理想が実現すればアレも良かったと思うだろう……!!」

「ほんっと……ふざけんなよ……!!」

怒りで冷静さを失う垂眼の攻撃は単調さを増し、その刃が通ることはなく。

苛立ちは重なり、余計にその剣筋を予測され阻まれた。


されど同時に、彼の怒りに呼応するが如く次第に速さを増していく。

「お前は……お前だけはぜってえ許さねえ……!!」

狙いは真っ直ぐなれど、その速さは弾丸が如き。

いや、力は想いに増幅され、その速度は弾丸さえも凌駕する。

限界を超えた動きに身体は耐えきれず、筋は切れ骨は砕け。

それでもなお加速し、今

「俺の糞ったれの人生全部かけて……お前に一太刀浴びせてやる……!!」

「……っ!!」

銃弾の雨が彼に浴びせられ、いくら血を流そうとも止まる事はなく。

その身体は風が如く夜の闇を駆けぬけ、そして今――――

「おらああああああっ!!!!」

決して避けることのできぬ、音速の一撃が繰り出された。



少年は、己の弱さを理解していた。


剣を創る、などと言っても小刀程度の物しか作れず、その速さも所詮は人の域を僅かに出た程度。


彼はそんな自分の無力さに打ちひしがれ、妬まずとも他の誰より劣っていると卑下していた。


だがそんな彼に、守りたいものができた。


世界の悪意を受け続け、この世界に存在する数多の幸せも、綺麗なものさえも知らぬ無垢な少女。海のように透明な瞳は何かを知るたび輝いて、次第にその目は光に満ち溢れていった。


出会いは偶然で、家族でも何でもない、ただの赤の他人のはずだった。

それでも彼は願ったのだ。

これ以上傷つかないようにと、彼女がもっと笑えるようにと。

彼女が幸せであるようにと。


レネゲイドは、彼の想い呼応し彼に力を与える。

未だかつてない、限界の先へ、人を超えた先へと彼を導く。

放たれた一撃は今の彼が出すことのできる最大出力。


正に全身全霊の一撃だった


だからこそ、この結果は――――、


「おい、何でだよ……」


彼の眼に映るその光景は――――、


「悪いが……お前に彼を……我らの理想をやらせるわけにはいかんのだ……!!」


あまりにも非情で―――、


「これでも……ダメだってのかよ……!!」


残酷だった。



繰り出された一閃。

それはヴァシリオスでも回避は能わず。彼の音速の一撃をもってして勝負は決すと思われた。

だが少年の想いよりも盾の女の覚悟が、いや理想を果たすという彼らの想いが勝り。

その刃はあと一歩手前で遮られ、砕けた破片が地に転がる。


――――垂眼の全てをかけた一撃さえも、ヴァシリオスには届かなかったのだ。


力抜け少年はその場に膝をつく。

もはや持てる全てを否定された彼には、戦う気力など残されたはいなかった。



だが彼らは、諦めることのない彼女らは、生じたその僅かな隙を見逃さなかった。

「ようやっと隙を見せたな……レギオン……!!」

繰り出されたマリアの赤き一刀。

垂眼の全力を受けたその身体では真面な防御態勢をとることなどできず。

「ぁ……がぁ……っ!!」

大盾を潜り抜けたその一刃が、彼女の腹を裂いた。

「これで終わりだ……!!」

瞬間、剣が爆ぜる。

傷口を抉り広げ、炎とも思えるような赤が彼女を包んだ。

そして揺らぐ赤の中で、二つに分かれた彼女の体が宙を舞う。

「隊……長……」

「ナタリア……!!」

欠けた腕を伸ばし、唇を動かす。

だが、それも叶うことはなく彼女はまた、その身を赤に染め消えていった。


「クソ……貴様ら……!!」

怒り、そして動揺。

全ての憎しみを、怒りを込めたその刃は研ぎ澄まされ。

力を使い果たしたマリアと戦意をなくした垂眼を葬り去るには十分すぎた。


されど、彼の剣が振るわれることはなかった。

「っ……これは……!!」

彼を包み圧する、この星の数十倍の重力。

纏わりつくそれに彼はその身体を動かすことは愚か、ただ立つことさえも難しく。

「貴様か……MM地区支部長……!!」

彼の視線の先には黒き魔眼をその手に翳す尾張禅斗の姿。

「お前の理想は俺たちが叶える……だからこれで終わりだ、ヴァシリオス」

マリンスノーさえも食い止めた彼の力に、指すらも動かすことができず。

ただ向けられる憐みの目を見ることしかできず。


刹那、彼の体に穴が開いた。

途端に胸の中心から噴き出す赤。

「あガっ……!?」

驚く間もなく、彼の口から夥しいほどの赤が漏れ出した。


―――誰が?

そんな思いが彼の頭をよぎる。

垂眼もマリアも、禅斗にもこの様な芸当は不可能。

唯一これをできるであろう彼は、斃れていたはずだった。

だが、それこそが誤りだった。


振り返ればそこにはライフルを構え、ココアシガレットを口に咥えた彼の姿が。

「ヌル……貴様は、この手で殺したはずだ……」

「悪いがヴァシリオス……俺はこんなところで死ぬことが許されるほど罪を償えてはいないんだよ。それに言っただろう――――」

それを噛み砕くと同時、蒼き雷が彼の右腕に宿る。それももはや、彼の体さえも焼き尽くさんほどに光を散らしながら。


そして―――

「お前の死神は、ここにいると」

引き金が弾かれると同時に放たれしは命刈り取る蒼雷の死神の一矢。

雷は彼の体を抉り、一瞬にして彼の体躯を貫いた。

心臓があった筈のその場所は虚となりて。


マスターレギオンと呼ばれた男は膝をつき、同時に全てのレギオンが血へ、あるべき姿へと還っていく。



その光景を少年は何一つ言葉も発さず、ただ眺めていた。


己の無力さを突き付けられながら、自分が為せなかったことを彼らが為すその瞬間を。


同時に、宿敵の胸に空いた大きな穴が、自分にも空いているような、そんな感覚が彼を飲み込んでいた……


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