第9話 明日

MM地区支部前には集められた4人の高校生達。

まだ朝は早く、ほんの少し風が冷たく感じた。

「ふぁぁ〜〜……」

「寝みぃ……」

「今日は確か支部長とイリスちゃんがドライブするんだったん……だよね」

「何で僕たちも……」

そんな彼らが待っていると近づいてくる2台のスポーツカー。

どちらも20年ほど前に一世を風靡した、日本のフラグシップともいえる2台だ。

そのドアが開き、中から出てきたのは禅斗と黒鉄。黒鉄からは少し疲労の色が見えるが、やはりそれを乗りこなす禅斗には風格というものが備わって見えた。

「バイクもいいが、スポーツカーも悪くはないだろう?」

「悪くはないが俺には過ぎた代物だ。本当に俺が運転していいのか?」

「ああ、勿論。千翼も折角だし練習に乗ってみるか?」

「え、いや僕まだ免許取り立てですし……」

「というかそもそも何でアイシェさんもこんな大人数で……」

「私が良からぬことをすると思ってるんだろう、大方」

皆、何となくその言葉で納得がいってしまう。何なら思わず頷いているものもいた。

「だが安心しろ、私は子供が好きでね。子供を傷つける者は許さないのだよ」

「まあなら安心ですけど……仕事なので一応同行させていただきますよ」


そうこうしている間に、少し眠たげなイリスが姿を現した。

「お、おはようございます」

「おはようイリスちゃん。体の調子はいかがかな?」

「元気です」

「それは良かった。朝食は済ませたかい?」

「蜂蜜トーストを……」

「美味しかったかな?」

「はい!!」

イリスももうMM地区支部の面々たちに慣れたからか、緊張してる様子もない。

「今日はドライブに行くけど、どこか見たい物はあるかい?」

「んーー……」

イリスは少し悩み、まだ悩みきれてないようだったが控えめに答えた。

「綺麗なものを、見てみたいです……」

「綺麗なものか……よし、それならとっておきのものを見せてあげよう」

彼はそう告げイリスをエスコートするようにドアを開いた禅斗。

イリスも誘われるように椅子に座る。そのフカフカとした椅子が思ったよりも心地良かったらしく、その身を沈めるほどに体を委ねていた。


「支部長、私もイリスちゃんとお話ししたいです〜〜」

「聖ちゃんにも日程を割り振ってやるからさ、今日は我慢我慢。それに後続車なら矢神の事件の時には色々秘密だった黒鉄の秘密も暴けるんじゃないのか?」

「や っ た ぜ」

「おい待て支部長」

「じゃあ、よろしくお願いしますね黒鉄さん」

「安全運転でたのんます」

「あ、僕助手席いいですか?」

騒々しく後ろの車に乗り込んだ5人。


「さて、我々も行くとしようか」

「はい!」

しっかりとシートベルトをし、禅斗は再度車両に火を、命を吹き込む。

低く唸る音が二人の体を揺らし、心地よい加速が二人を包み込んだ。



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助手席に座ったイリスは後ろへと過ぎ去っていく全ての景色に目を向ける。

目まぐるしく変わるその全てに興味津々なようだ。


そして視界が開け、海とMM地区の街並みが広がる。

「左手をご覧ください、これがベイブリッジから見えるMM地区の景色です」

「観覧車が見える……!」

「お、この前行ってきたの、見えたか?」

「はい……!!あれに乗ってみたこれは、綺麗でした……!!」

「今日はこの前見た景色の上を走ってるってわけだな」


ベイブリッジの中央に差し掛かったころ、ビルの隙間からお椀を逆さにしたような三角形が顔を覗かせる。

「あれは……何ですか?」

「ああ、あれは富士山だよ」

「あれがふじさん……」

遠くに小さく見える富士山を、イリスは興味津々に眺める。

「山って、青くて上が白いんだ……」

「富士山は特別そうなんだ。ちょうど今なら雪を被っているからね」

「雪ってなに?」

「見てのお楽しみさ」

禅斗はほくそ笑むと、アクセルを深く踏み込む。

一瞬の加速と共にその車は景色さえも置き去りにして、一気にその場所へと向けて走り出した。


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一方、後続車。

ぎこちないギアチェンジによる振動が彼らの体を不規則に大きく揺らす。

「高速乗る前にドライブスルーに寄っておいてよかったですね」

「……ああ、そうだな」

「千翼君、ポテトもらっていい?」

「もちろんいいよ。垂眼君の食べてるナゲットももらっていい?」

「もちもち。そういや甘宮君が流してるこの曲って何?」

「垂眼君、気に入ったかい?これはね————」

「フルグラさん、彼女いるんですか!!!!」

「ええい!!俺は慣れぬ車に乗ってるんだ!!お前たちはお前たちで楽しめ!!」

騒々しさに騒々しさを重ねた車内。

正面に映る禅斗たちの車が離れたのを確認した瞬間、背中が打ち付けられるような加速が皆を包んだ。


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数十分後

その車は神奈川県最大級のサービスエリアの駐車場に到着する。

禅斗の運転が心地よいものだったからかイリスは熟睡し、スゥスゥと寝息を立てていた。

禅斗はそんなイリスの方をそっと叩き、優しく起こした。

「ん……お、はよう……むにゃ……」

寝起きでぼんやりと禅斗を見つめるイリス。

「お目覚めかな?長いドライブは疲れちゃうからね、ちょっと休憩!!」

禅斗は両腕を上げ、体を伸ばして見せる。

「こうやるとね、疲れが少し取れるんだ」

「うんん〜〜……」

見よう見まねで伸びた少女。ほんの少し疲れが取れたのか先ほどよりも意識はハッキリとしていた。


そして地面に足をつける二人。

「ごらんよ、ここ!広いだろう?」

「……うん」

まだ少し寝ぼけている様子のイリス。

無理もない。思えば彼女がこれまでの人生で安心して眠れたことが数えるほどもあっただろうか。

そんな禅斗はイリスの手を取り、イリスも彼の手を迷いなく取った。

「車が多いから、右見て、左見て、もっかい右見て」

素直に律儀に禅斗の真似をし、跳ねるように横断歩道を渡った。



そして中に入るや否や、そこは多くの人と色とりどりの店々が広がっている。

イリスは目を輝かせながらそれら全てに目移りしている。

「よし!見ても回りきれないくらいたくさんのものがあるぞ!全部見ちゃおう!」


二人は手を繋ぎながら人の波をかき分けながら一つ一つの店を物色する。

そんな二人の目に留まったのは肉まん屋。

「オレのオススメは近くの農場で取れた豚の肉まん。産地直送なのだ」

「肉まん……」

イリスはショーケースに近づきまじまじと見るが、決めきれていない模様。

「色んな種類があるな。一個ずつ買って半分こしよう。そうすればどっちも食べられるだろう?」

「うん……!!」

「では店主、これとこれとこれを一つずつ頼む」

「はいよー!」

熱々の肉まんを受け取った禅斗。二人は椅子のあるところに向けてまた手を繋いで歩き始めた。


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一方その頃後続車。

5分ほど遅れてサービスエリアに到着した彼ら。

「着いたぞ……」

「酔いすぎて……宵の明星にオロロロロロロロロロロ」

「大丈夫かい垂眼君!?!?」

「黒鉄さん……もう少し運転どうにかなりませんか……」

「すまん、普段が二輪だから慣れなくてな……」

「それよりも、聞かせてくださいよ〜!!」

「……お前も思ったより粘るな、聖」

徐にココアシガレットを咥える黒鉄。

「そういえば黒鉄さん、よくココアシガレットを咥えてますけど甘党なんですか?」

「いいや、元は煙草だったんだが訳あってな……。そんな事はいいからさっさと休憩してこい。この後も揺れるぞ」

「マジスカ」


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席につき、買ってきた肉まんを広げる二人。

イリスは手を合わせ"いただきます"をした後、肉まんを手に取ってそれを口へと運んでいく。

色んなものをちょっとずつ、禅斗と分け合いながら次はこれ、その次はあれと手を出していく。

「おいしい……おいしい……おいしい!!」

たった3日目で、イリスは自分のやりたい事を選ぶようになったのだ。

その成長を微笑ましく見つめる禅斗。

「禅斗さんも、一緒に食べましょう?一緒に食べると、嬉しいって」

「ああ、もちろんオレも食べるよ」

にこやかに返す禅斗。

ただもう少しイリスが反抗心を持てばなお良いのか、なんて思うが焦りすぎなような気もした。

「しかし、時間は限られているからね。もう少し食べたら移動し始めよう。肉まんなら車の中でも食べられるからね」

「はい!!」

元気よく答えたイリス。

二人は一通りそれらを味わうと、席を後にして車へと戻っていった……


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同刻 MM地区支部


マルコ班の面々は次の襲撃に備え情報の確保と整理に尽力する。

「エレウシスの秘儀についての文献は得られたか?」

「現在ギリシャ支部に問い合わせていますが、上の方に差し止められていると……」

「ならばヨハネのジャン・カルロ隊長を通せ。奴なら事態の緊急性を理解するはずだ」

「了解です。直ちに連絡します」


その最中、アイシェが息を乱しながらマリアに駆けてきた。

「どうしたアイシェ」

「隊長、こちらを」

アイシェが正面のモニターに横浜の地図を表示する。

地図には数多もの赤の印。

それは、エレウシスの秘儀とマスターレギオンによる被害の一覧。

「遂に奴らが動き出したか……」

「しかし恐らくこれはあくまでも陽動……」

「アイシェ、奴らが仕掛けてくるのはいつだ」

「恐らく……今夜です」



—————————————————————



時は夕刻。日は沈み始め、空の端が橙色に変わった頃。

彼らは静岡県の富士山がよく見える、その場所に辿り着いた。


車を降りる二人。イリスと禅斗は伸びをする。

そんな二人の正面には、横浜では小さく見えた富士山が、景色の全てを担うかのようにそびえ立っている。

「大きくて……綺麗……」

「ここまで結構な距離を走ったでしょう?本当はそれくらい遠くにある山なのに横浜からも見えるくらいでっかいんだ」

夕方の富士山は昼に横浜から見えたものとは違い、ペンキで塗りつぶしたようにオレンジに染まり、頂上は雪で覆われ化粧をしているように見えた。


「もう……終わりなの」

イリスは名残惜しそうに呟く。

「綺麗なものがたくさん……おいしいものも楽しい事も嬉しい事もたくさん……なのに、一日ってすぐ終わっちゃうんだ……」

終わりゆく今日を彼女は惜しみ、とても寂しげな顔を浮かべた。

「また明日、日は登って富士山は青く染まるよ。」

優しく言葉を続ける禅斗。

「でも寂しいな。楽しい事はすぐ終わってしまうんだ。オレも長く生きてきたが、これでもまだまだ世界中の美しいモノを全然見尽くせていない。時間はいくらあっても足りないモノだ」

落ち着いたその様は、それこそ彼の生きてきた時間の重みからと思えた。

「だからせめて、今日見た思い出のことはいつまでも大切にしたいものだ」

「……うん、忘れない」

「写真を撮ろう。できるだけ忘れないように」

端末を取り出した禅斗。

イリスは笑おうとするがうまく笑えず。ほんの少し変な笑みが写真に収められた。

「綺麗な景色だ。イリスちゃんも綺麗になったよ。綺麗なものを見て感動する顔は、この世の何よりも美しいからね」

「そう……?」

ほんの少しはにかむ少女。

あの日マリンスノーで怯えていただけの面影は、そこにはもうなかった。


「さぁ、夜も更ける。帰ろうか」

禅斗がイリスの手を取った時、

「ねぇ、禅斗さん」

「ん、どうしたんだい?」

「明日も、楽しいかな……?」

少女が静かに問いかけた。

「ああ、明日も、いやこれからは毎日が楽しい一日になるよ」

禅斗は、明るく、明日を指し示すように答えた。


エンジンに火が灯る。

太陽が沈む中その車は帰るべき場所へと向けて走り出す。

過ぎ去る景色、時間の中で少女は想いを馳せる……


未だ見ぬ、これから来る、希望の満ちた"明日"へと……


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