第23話 速水葵は隠していた
「……うっし! 書くか!」
家に帰った俺は、とりあえず書き始めることにした。
最後の必殺技の件は保留だ。
速水の言うとおり、今は書き始めるのが得策だろう。
俺は椅子に座って、ノートパソコンを開いた。
「……うん、うん、うん」
前から頭の中で思い浮かべていた話を書き連ねていく。
書き始めてみると気分が変わった。
そして、改めて思う。
俺、やっぱり小説を書くのが好きなんだ。
これを完結させたいって、本当はずっと思っていたんだよな。
――でも。
「う、うーん……」
話の大筋は決まっている。だから、書くのは容易い。
そう思っていたのだが、思った以上に筆は進まなかった。
夢野の言うように、好きなように書くことが出来ていない。
マイルドにしすぎていて、面白くない。
そんな気がする。
「炎上する前の俺って、どうやって小説書いていたんだっけな……」
指をトントンと動かしながら昔を思い出す。
……見るか?
前の俺が、どんな風に書いていたか。
俺が自作した小説サイト。
炎上してから一度も開いていないパンドラの箱。
もう一回、これをちゃんと見てみるか。
ブックマークから……
マウスを動かしてサイトを開こうとして、体が固まる。
……こえええええ! 怖すぎる!
やっぱり見たくない! あんな炎上したサイト!
どんなことになっているのか、想像もしたくねえ!
特にコメント欄が怖い。あいつら容赦ないからな……。
やめようとして、ふと気付く。
いや、どうせ更新するときには見なければならないんだ。
だったら今見ておいた方がいいだろう。
「……いや、でもやっぱり……いやいやでも……」
立ち上がり、独り言を呟きながら何度かパソコンの前を往復する。
…………よし。
俺は椅子に座りなおして、マウスに手をかけた。
ぐっと覚悟を決め、一年半ぶりに俺のサイトを開く。
「あ、ああ……ああああひゃああ」
思わずむなしい声が出てしまった。
炎上したその日からコメント量が圧倒的に増え、そのほとんどが批判的意見。
というかおちょくった、馬鹿にしたコメントばかりである。
炎上する前は、ほんの少しのコメントで、好意的なものが多かった。
それが今では、この有様である。
「ぐ、ぐううう……いやいやいや、こいつら面白がっているだけだから。そんなに酷くないから俺の小説!」
俺はひとりで声に出しながらコメント欄をスクロールしていった。
俺の小説は、プロである夢野が褒めてくれたんだ。
有象無象(夢野談)の意見に俺が呑まれてどうする。
なんとか自分を鼓舞しながらコメントを見ていると、画像つきのコメントがあることに気が付いた。
『アンチに負けないでください! 応援してます! ペンネーム・夢幻』
炎上騒ぎがあってから数日後に、ぽつんと投稿されたコメント。
炎上後のコメントの中では、完全に浮いている応援コメントである。
「……こんなコメントしてくれた人がいたのか。見ずに放置しちゃって、悪いことしちゃったな……」
俺は、そのコメントに添付されていた画像ファイルを開いてみた。
「これって……」
それは、炎使いのヒロインが、魔法を繰り出しているイラストだった。
炎上直前に書いた話に出てくる、ラスボスの側近をヒロインが倒すシーンだろう。
まだ不慣れなところを感じさせるような、拙いところは見られるが、綺麗で、一生懸命描いてくれたことがよくわかるイラストである。
でも、俺にはこのイラストの構図に見覚えがあった。このタッチにも。
いや……いやいや。そんなバカな。
目をぎゅっと閉じて、もう一度よく見てみる。
「……マジで?」
これ、速水の絵だ。
間違いない。
画力は段違い。前に見せてくれた絵のほうが遥かに上手い。
でも、これはまぎれもなく速水の絵だ。
俺の小説の世界をここまで表現できるのは、あいつしかいない。
既に速水は、俺の小説の絵を描いてくれていたんだ。
あいつの絵が俺の小説の世界観にピッタリだと感じたのは、偶然なんかじゃなかった。
あいつは俺の小説を読み込んでいて……既にイラストにしたことがあったから。
あのとき……速水の絵を見せてもらったとき、俺が自分の小説の絵にぴったりだと思ったのは、そういうことだったんだ。
でも――
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へったくそな絵だな
ゴミ小説にお似合いなゴミ絵
小学生が描いたのかな?www
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「……ひでえ」
正直な話、絶賛されるようなイラストとは言えないが、決してけなすようなイラストではない。
それなのに、その後に書かれたコメントの大半は、イラストを非難するものばかりだった。
ただ、非難することを面白がっているとしか思えない。
まさか、速水がイラストを描くのを嫌がった理由って……。
「――これの、せいか?」
こんな言い方をされて、速水だって平気なわけがない。
あいつはこのコメント、見ているはずだ。
「そりゃ……もう描きたくないよな」
俺はこんなことになっているとも知らずに、速水にひどいことをしてしまった。
炎上して、作者の俺は逃げ出したのに。
応援してくれた速水の絵がけなされていたことも知らずに、俺の小説の絵を描いてくれって頼んでしまった。
これは、謝らないといけない話である。
すぐに謝って、前の話は忘れてくれ、俺が悪かった、そう言うべきなのかもしれない。
スマホに手を伸ばして、速水に電話しようとしたそのとき。
あいつの言葉が、脳裏をよぎった。
『書いてくださいね、先輩』
そう言ったときの速水の顔を思い出して、俺は電話をかけるのをやめた。
今、俺がすべきことは……
俺は書きかけの小説を開いた。
夢野の言うとおり、絵にあわせて小説を書こうとしても上手くいかないかもしれない。
でも。
「すげえ絵に引っ張られて、執筆が捗ることはあるよな」
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