第20話 速水葵は隠している④

「協力……?」


 速水に? 何を?


「葵ちゃんのイラストですよ」


 わかっていない俺を見て、夢野が続ける。


「葵ちゃんのイラストと一緒にアップすれば、その可愛さと迫力で、炎上を面白がる連中を黙らせることが出来るかもしれません」


 連中て……口が悪くなってますよ夢野さん。

 夢野さんみたいなキャラが使っていい言葉じゃありません。

 でも、確かにそうかもしれない。

 速水の絵にはそれだけの凄みがある。

 しかし。


「いや、それは……そうかもしれないが……あいつは絵を描いてくれない。というか、描けないんだって」

「確かに、『迅雷伝説』のイラストレーターを葵ちゃんにお願いするのは難しいかもしれません。ですが」


 夢野がにこっと笑う。


「完結記念のイラストを一枚描いてもらうのに……ヒロインだけ描いてもらえれば、全く問題ないでしょう?」

「あ……そっか。そりゃそうだ」


 俺は、自分の小説が一冊の本になったときに、表紙や挿絵をこんな風に描いてもらうんだって妄想してたから、主人公を描けないのは致命的だと思っていたけど……ただ絵を描いてもらうだけなんだから、ヒロインひとり描ければ全く問題ない。当然の話である。

 そうだ、プロ級の絵があれば、小説も素人感がなくなって……炎上しないかもしれない。

 でも、あいつは描いてくれるだろうか。

 ……いや、待てよ。

 速水は『迅雷伝説』のファンだって言ったよな?

 そもそも『迅雷伝説』のファンってことなら、喜んでイラストを描いてくれるんじゃないか?


「……よし! 俺、速水に頼んでみるよ。完結させるから、イラストを一枚描いてくれって」



「いやです」



「うわぁ!」「きゃあ!」


 すぐ後ろに速水がいた。

 どこから入ってきやがった。


「びっくりさせるな! いつからいたんだよ!」

「ついさっきです。というか、先輩の方こそ。なんでユメの部屋で、ユメとふたりきりでいるんですか?」


 ――殺気。

 俺の体が危険信号を発している。


「なななな、なんでって……ほら、前に夢野さんから出された宿題あっただろ? 新作を書いてくるって。あれを見てもらいにきただけだよ。な、夢野さん?」

「え……あ……そ、そうですね……」


 なんでそんな自信なさ気なんだよぉ! 

 ハッキリ言ってくれ!


「へーそうですかそうですか……わざわざ、休日に、ユメの部屋で。へーそうですか」


 いやいや、本当に何もないというのに……

 速水が俺を冷たい目で見ながら、夢野のことを抱っこして引き離す。

 小さい夢野はぐでっとして無抵抗だ。

 俺も夢野を抱っこしたい……じゃなくて。


「葵ちゃんこそどうしたの……突然うちに来るなんて」


 夢野が引きずられながら口を開く。


「だってユメ、全然返信くれないんだもん。電話も出ないし」


 むうっとした表情で速水が答える。


「『迅雷伝説』騒動のこと、先輩より先にラインしたのに」


 夢野が、しまったという顔をする。

 夢野は俺の小説を一生懸命読んでくれていたから、スマホが振動してることに気付かなかったのだ。


「まさか一緒にいるなんてね。しかもふたりきりで」


 だから本当に何も無いんだって……どんだけ夢野のこと好きなんだよお前は。

 いや、俺が今気にするところはそこじゃないか。


「それより速水……いやですって言ったか? 俺たちの話、聞こえてた?」

「聞こえてましたよ」

「完結記念のイラストを、完結編と一緒に載せようって」

「だから、聞こえてましたって」

「い、いやなのか?」


 だって速水、『迅雷伝説』のファンなんだろ? と喉まで出掛かっていたが、ぐっと堪えた。

 速水から直接聞いたわけでもないのに、そんなことを俺の口から言うのは憚られた。

 というか、前はそうだとしても今は違うかもしれない。

 炎上して、今はもう幻滅しているかもしれない。

 ちら、と速水の方を見ると、少し困ったような顔をしているように見えた。


「いや、だって……」


 小さい声で何か言いたそうだったが、一呼吸置いてから速水は続けた。


「だって、あの豪快に炎上したサイトにわたしの絵を載せるってことですよね?」


 豪快に炎上て。間違ってないけど。


「それは恥ずかしすぎます」


 ひ、ひどい。ごもっともだけど。


「それに……」


 これ以上俺の心を抉るのはやめてくれ……っ!


「それに……ちょっと怖いというか」


 怖い。

 その言葉は、俺にとって予想外のものだった。

 そうか……そうだよな。よく考えたら当たり前のことだ。

 もし、俺の小説みたいに自分の絵が叩かれたら。

 そう思ったら、躊躇ってしまうのは当然である。

 自ら地獄に飛び込むようなものなのだ。

 うん、でもよかった、あんなクソつまらん小説の絵なんか描きたくないとか言われなくて。


「葵ちゃんのイラストなら、むしろそういう有象無象を黙らせることができると思うんだけど……」


 えーと、夢野さん。まだだいぶ怒ってます? 有象無象て。


「いや、うん。まあ、そうかもしれないんだけど」


 どうにも歯切れが悪い回答。いつもの速水らしくない。


「…………?」


 夢野も速水の様子がおかしいことに気付いたのだろう。

 何か言いたげだったが、開いた口からそれ以上の言葉が出てこなかった。

 二人の様子を見て、ひとつ息をはいてから俺が口を開く。


「いいよ、夢野さん。無理して描いてもらってもダメだ。楽しんで描かないと、駄作になっちゃうんだろう?」

「……そう……ですね」


 夢野がさっき自分で言ったことである。

 こう言われてしまっては、夢野は引き下がるしかないだろう。


「なんか、ごめんねユメ。でも先輩、応援はしてますよ。あんな偽者、わたしだってむかつきますからね」


 そう言い残すと、速水は逃げるように帰ってしまった。

 あとには、俺と夢野だけが取り残された。


「……なんか、様子が変だったな。速水のやつ」

「そうですね」

「最初は俺と夢野さんがふたりきりになるのを許さないって感じだったのにな」

「……そうですね」

「そのまま先に帰るとは。俺と夢野さんの間に何かあったらどうするつもりなのかね?」

「…………」

「ふたりきりだね、夢野さん」

「……部長さんも、帰ってください」


 はい、すみませんでした。

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