第12話 葵は萌を抱き寄せる

「えー……この度は本当に申し訳ありませんでした」

「申し訳ありませんでした……」


 二人で言い争っていた数十分後。

 俺と速水は、前にも訪れた夢野の仕事場で土下座していた。


「恥ずかしさで死ぬかと思いました」


 土下座している俺たちの前で、腕組をして仁王立ち。

 夢野さん、お冠である。


「部長さん、わたしの書いているラノベ知ってたんですね。もしかして、葵ちゃんから……」


 夢野が速水のことをじとっと睨む。


「ち、違うよ! わたしがバラしたんじゃないから! ねえ先輩!」

「速水から教えてもらいました」


 俺は頭を下げたまま即答する。


「ちょっとぉ!?」

「葵ちゃん……」

「違うから! 違うから!」


 速水が涙目で否定する。

 ……なんだか可哀想になってきた。

 仕方ない、フォローしてやるか……


「先輩が教えないと恥ずかしい写真ばら撒くって言うから!」


 前言撤回。絶対に許さん。


「テキトーなこと言うな! ほら、夢野さんまで俺を見る目がゴミを見る目になってきただろうが!」


 いつの間にか夢野が遠く離れていた。


「先輩のせいだから! 誘導尋問されて!」

「お前が勝手に自爆しただけだろ! あ、待って待って夢野さん!」


 夢野がふらふらと外に出て行こうとしていた。

 このままでは俺(と速水)の印象が地に堕ちてしまう。

 俺たちはふたりで必死に夢野を引き止めて、特定に至った経緯を懇切丁寧に説明した。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「よく分かりました……やっぱりあのペンネームが……」


 夢野が顔を両手で覆って悶えていた。

 あのペンネームは本人にとっても恥ずかしいものらしい。

 大丈夫、俺はそんなに悪くないと思っているから。


「よしよし……大丈夫だよ、ユメ?」


 で、なんで速水は夢野を膝に乗せて頭を撫でているんだ?

 こいつほんとめげないな。

 正直羨ましい。


「それで……ほんとに読んだんですか……?」


 夢野が撫でられながら顔を上げる。

 完全に小動物のようだ。かわいい。


「おう、一巻はもう読んだぞ。近々全巻届く予定だ」


 夢野がそれを訊いてさらに身体を丸める。

 速水がそれを嬉しそうに撫でる。

 速水、ちょっとそこ変われ。


「ぅう……引きました……?」


 夢野が長い前髪の隙間からこちらを見て言う。


「とんでもない! 最高に面白かったぞ。俺は『はぴぱら』、大好きだ」

「そう……ですか?」


 夢野の表情が少し明るくなる。


「そ、それなら……よいのですが……」

「でも、驚いたよ。夢野さんの書いてるラノベ、結構えっちなんだな」

「!!!!!!」


 急に顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせる夢野。


「夢野さんって、そういう趣味だったんだね」


 うんうんと頷く俺。

 真っ赤な顔のまま、夢野が消え入りそうな声で反論する。


「ち、ちがいますっ……あれは経験を元に書いたらああなっただけで……」

「経験談だったの!?」


 その方が驚きである。すっと距離をとる俺。


「ひかないでください! 違うんです! 違うんです!」


 必死に否定する夢野。

 夢野といい速水といい、反応が必死すぎると逆に怪しい。

 あ、速水の場合はクロだったけど。


「そういうのじゃないんです……違うんです……」

「いやごめん、気にしないよ。だってあれ、えっちだけど女の子だけの絡みだもんな」


 そう、『はぴぱら』は、男が一切登場してこないすばらしいラノベである。

 つまり、経験談だったとしても女の子の友情を書いているだけなのだ。

 なんの問題もない。

 まあ、いきすぎている表現はあったけど……


「……ん? てことはまさかあの絡みの相手って……」


 ちら、と速水の顔を見る。

 なんかにやにやした顔でこっちを見ていた。


「そのとおり! わたしですよ!」


 速水さん、得意げである。

 やっぱりガチじゃねーか。

 そんな堂々と言うことじゃないぞ。


「お前かよ! んじゃソルちゃんのモデルがお前かよっ!」


 いつもおどおどしている主人公、ルナのモデルが夢野。

 で、その親友であるソルのモデルが速水ということなのだろう。


「あ、それはそうでもないですよ」


 え? 違うのか?


「ふたりきりのときのユメは結構すごいんですから」

「ああああああああ葵ちゃん? なななななにを言ってるのかな?」


 夢野、壊れる。

 えーっと……その話、詳しく教えていただけますでしょうか。


「もー照れなくていいのにーよしよしー」


 速水が嬉しそうに夢野を抱き寄せる。

 夢野はぱたぱたと抵抗するが、速水には全く敵わないようだ。

 二人の様子を見て、速水は本当に夢野のことが大好きなんだな、と思う。

 正直見ていてにやにやしてしまいそうになる。

 というかにやにやしている。


「あー、ユメはほんとにかわいいな。もうなんか、脱がせたくなっちゃう」


 ほら、こんなこと言ってるからね? 

 わかると思うけど今のは俺の台詞じゃないからね。

 速水の台詞だからね。


「まあなんだ……二人が仲良しなのはよくわかったよ」


 二巻以降を読むときは妄想が捗るな。うへへ。


「なんか先輩の目がいやらしく見えるんですが」

「何を言う。速水はそうやってすぐ人に冤罪をかけるのをやめなさい」


 まったく失礼なやつである。

 俺は決してそんないかがわしい気持ちになっていない。

 あ……ぱたぱたしてる夢野のパンツが見えそうだ。

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