第2話 速水葵は隠している
中学生のころ、俺が書いていた小説。それが『迅雷伝説』である。
内容は、バトルファンタジーもの。雷を操る主人公と、炎を操るヒロインの、冒険物語だ。
ペンネームは、如月紡【きさらぎつむぐ】。名前の由来は特にない。かっこいいと思ったからつけたペンネームだ。
書いていたときは、すげー楽しかった。
自分専用のサイトを作り、ネットに小説を投稿して、ほんのわずかな読者に「面白い」「続きはまだ?」と言われると、それだけで嬉しかった。
しかし、どうやら俺は調子に乗ってしまったらしい。
俺は主人公とヒロインの設定や必殺技、さらには敵の詳細なプロファールを設定資料として書き溜め、それを投稿した。
重厚な設定資料集である。
主人公の必殺技に至っては、まだ披露していない、というか登場させる予定もない必殺技も考えて、百以上書き溜めた。するとそれが、ネットで玩具にされてしまったのだ。
【中二病全開の設定資料集がひどすぎるwwwwww】
こんなタイトルで俺の『迅雷伝説』がまとめサイトに載ったときは絶句した。
あっという間に、「イタイ中二病妄想小説」として有名になってしまったのだ。
ちなみに、必殺技というのはこんな感じである。
雷神の鉄槌・トール・ジャッジ
迅雷光砲【ギガ・ボルト】
聖火の衝撃波・ファイヤー・インパクト
悪魔の業火・黒炎砲【ダークフレアキャノン】
中学生の俺は本気でかっこいいと思っていたのだが、なかなかに痛い技名である。
こんな技を百以上公開し、さらにはひとつずつ解説までしてしまったのだ。
煽られ、笑われ、馬鹿にされているうちに……俺は小説をアップしたサイトを見なくなり、小説を書くのも止めてしまった。
速水が見せたイラストは、俺が書いていたその『迅雷伝説』のイメージにぴったりなのである。
俺が想像する世界にマッチしたイラスト。もし『迅雷伝説』に挿絵をつけるなら、これしかない。
そう思ってしまうような完成度だった。
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「先輩? どうしました?」
速水に声をかけられてはっとした。絵に見蕩れてしまっていたらしい。
「もういいですよね? 見せたんですから、早くわたしの写真を消してください」
「速水、お前に頼みがある」
「はい? 人の話聞いてました?」
「俺の小説の絵を描いてくれ」
「人の話、聞いてませんよね」
おっと、いかんいかん……興奮して、ついうっかり。
そもそも俺は、小説を書くのを一年以上も前に止めているというのに。
「というか、今何て言いました? 小説? 書いてるんですか、先輩が?」
こんなときでも人の話をちゃんと聞いてくれている速水さん、偉い。
「いや、今はもう書いてないんだが。昔書いていたことがある」
「やめちゃったんですか。何か訳ありですか?」
「そ、それは……」
言えない。イタイ小説で炎上して、恥ずかしくてやめたなんて。
あれ以来、炎上することを一部では『如月ってる』なんて言うようになったぐらいだ。
ひどい話である。
「わたしに描いた絵を見せろって言っておいて、自分のは見せてくれないんですか? 先輩の書いた小説、わたしも読んでみたいです」
速水が俺の服をひっぱる。あざとくね? かわいいじゃねーかくそう。
「俺の書いた小説は、その……あんまり面白くないから」
「へえ、そんな面白くもない小説の挿絵を描いて欲しいって言うんですか?」
「ぐう!」
大ダメージである。
「嘘は通用しませんよ。先輩、分かりやすいですから」
ぐいっと顔を近づけてくる。
近い近い近い! ドキドキするだろうが!
速水に詰め寄られてしまうとごまかす気にもなれない。正直に言うしかないようだ。
「俺の小説は……ネットで炎上しちゃったんだよ」
「ネットで炎上……?」
速水が怪しむような顔で俺を見る。何だその心当たりでもありそうな顔は。
「……先輩、なんてペンネームで書いてました?」
ドキッとする。
「そ、それは……言わないとダメか?」
正直、ペンネームを晒すことすら恥ずかしい。
「言わないとダメです。教えてください」
速水は引き下がらない。
じっとまっすぐ俺の顔を見てくる。
思わず俺のほうが目を逸らしてしまった。
こうなると、俺はもう何も隠せなくなってしまう。
俺は観念して、口を開いた。
「……如月、紡」
それを聞いて、速水の顔がぱあっと明るくなった。
「きさらぎ……如月紡! あのイタイ設定資料集で炎上した如月紡?」
速水の何故か嬉しそうな声。
やめーや。知ってたんかい。
「え、ほんとに? ほんとに? 知ってますよそれ。あまりにもあれな解説をドヤ顔でつけちゃって、それはそれは恥ずかしいことになっていた小説ですよね?」
「ひどいなおい。もうちょっとオブラートに包んで言おうとか思わないの? 先輩ですよこれでも」
俺はもう心が折れそうだぞ。
「ふひーっひっ、ごめんなさい、でもびっくりしちゃって。だって有名ですもん。ふひひふひっ」
ひどい笑い方だ。美少女らしくもっと慎ましく笑わんかい。
「悪い意味でな。あれ以来、俺は小説書いていないんだ」
「そうでしたかそうでしたか。なるほど、よくわかりました」
「わかってくれたか」
「炎上しちゃったから『えんじょう』なんてペンネームを名乗るようになったんですね……かわいそうに……」
「えんじょうは本名だよ! 大阪城の城に丸い円で円城! 二度と間違えるな!」
「ふひひ、失礼しました。でも、もう書いていないんじゃわたしが絵を描くこともないですね」
笑いながら速水が言う。
そう、確かにそのとおりなのだが。
「そうなんだけど……速水のイラストが、俺の小説のイメージにぴったり合っていたんだよ。俺の脳内イメージそのまんまなんだ」
速水がぴくっと反応したように見えた。
「……そうなんですか。それで?」
「俺の小説の絵師になってくれ」
「いやです」
「なんで!?」
即答かよ。もうちょっと考えてくれよ。
「いや、なんでじゃないですよ。なんで炎上しまくっていた中二病全開小説の挿絵をわたしが描かなくちゃいけないんですか」
「ぐぬう……」
そう言われるとそうである。悪い意味で有名な小説の絵なんて描きたくもないだろう。
自分の絵まで巻き添えを喰らって叩かれかねない。
「というか、小説の絵を描いてくれって……ラノベデビューでもする気ですか先輩は」
「そうじゃないけど……自分の小説の絵をあんな絵で描いてもらいたいんだよ。ラノベでも、絵って重要だと思うんだよな」
「そうですね、ラノベは絵が九割ですからね」
「そこまで言ってねえよ! 全国のラノベ作家に謝れ!」
なんてこと言うんだ。ラノベは絵が良ければ売れるって訳じゃないんだぞ。
たぶん。
「最近だと、絵師ガチャとか言われてるじゃないですか。絵師がSRじゃないと売れないとかなんとか(笑)」
「おまっ……中身も大事なんだぞ……ラノベは絵だけじゃないんだぞ……」
速水が笑いながら言う暴論に、俺は泣きそうになりながら反論する。
「ま、そもそも先輩はプロのラノベ作家じゃないんですから。別に絵なんて要らないでしょう」
毒舌だが、速水の言うことはわかる。俺が一方的にお願いしているだけなのだから。
「それなら……俺がプロになったら、俺の小説のイラストレーターになってくれるか?」
「え?」
速水が驚きの声をあげた。
俺も驚きである。何を言っているんだ、俺は。
「先輩、それ本気で言ってるんですか?」
「お、おう。炎上して以来、小説書いていなかったけど……速水があんなイラストを描いてくれるのなら、プロにだってなってみせる!」
「随分と簡単に言いますね……先輩がプロレベルの小説を書けるとは思えませんが」
肩まで伸びた髪を弄りながら、呆れたように言う速水。
「やってみなくちゃわからないさ」
虚勢を張って言う。
「それで、本当に俺がプロデビューしたら、俺の小説の絵を描いてくれるのか?」
「プロの先生が書いた小説の絵を描けるなら、喜んで描きたいところですが……それはできない相談ですね」
え、なんで? ここはOKしてくれる流れだと思ったのに。
速水は髪を弄ったままぼそっと呟く。
「描けない理由があるんです」
「描けない理由?」
「わたし、女の子しか描けないんです」
……………………。
沈黙が流れる。
何を言っているんだろう、この後輩。
「今、なんて言った?」
「だから、わたしは女の子以外の絵は描けないって言ったんです」
「男キャラは?」
「描けません」
「なんで」
「なんでって……描けないというか、描こうとしても女の子になっちゃうんですよね。男キャラ描こうとしても、女体化しちゃうんです」
女体化て……。
でも、かわいい女の子が描けない男漫画家だっているんだし、ありえないことじゃないのか。
しかしそれでは俺が困る。
「俺の小説、主人公は俺TUEEE系男キャラなんだけど」
ヒロインはいるが、主人公もライバルもボスキャラも、がっつり男キャラである。
「知りませんよ。登場人物みんな女の子にすればいいんじゃないですか?」
「別作品になっちまうだろーが!」
なんてこった。あの絵で俺の小説『迅雷伝説』の登場人物が描かれたら最高だと思ったのに……!
女の子しか描けないとなると、炎使いのヒロインしか描いてもらえない。
「というわけで、残念なことに先輩の小説の絵を描くことはできませんね。いや、本当に残念!」
「嬉しそうに言うな。くそう……俺の小説のイラストを描けるのは速水だけだと思ったのに」
「大袈裟ですねえ。そんなに先輩のイメージと合っていたんですか? わたしの絵は」
「ああ。俺の小説を読み込んでいるとしか思えない出来栄えだったぞ」
「なんですかそれ……」
速水の髪を弄る手がさらに加速している。
い、苛立っているのかな?
「くっ……女キャラだけの小説を描くしかないのか俺は」
悔しそうに言う俺をよそに、はーっと深いため息をついてから速水が言う。
「はいはい、がんばってくださいね。あと、さっさと写真消してください」
ちいっ……! 忘れていなかったか。
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