炎上作家は百合絵師を追いかける
アリス
第1話 円城紡は炎上している
中学生の頃の話である。
俺は、小説を書いていた。
今思うと稚拙な内容で、思い出すと恥ずかしさで顔が熱くなる。
それでも俺は、小説を書くのが大好きだった。
ネットに投稿して、誰かに読んでもらうのが楽しかった。
でも、今は書いていない。
中学卒業を目前に控えた三月のある日。俺の書いた小説は、炎上した。
あれから俺は、一文字も小説を書いていない。
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九月。夏休みが終わり、新学期が始まってすぐである。
まだまだ暑いこの時期に、俺は自分のベッドの上で、ああでもないこうでもないと考え事をしていた。
俺の名前は、円城紡【えんじょうつむぐ】。十六歳。
高校生活二年目を迎えて、新しい生活にもすっかり慣れた頃。
俺は、自分の所属するアニメ部の文化祭の出し物を考えていた。
俺の高校の文化祭では、すべての部活動が必ず出し物をすることになっており、報告書を作らなければ翌年には廃部になるという鬼のようなルールがある。
そんな重要なことを、何故ひとりで悩んでいるのか。それには深い理由がある。
「円城先輩、わたし吹部の練習があるので……任せてもいいですか?」
「もちろんだ、任せておいてくれ速水」
後輩の速水にかわいく頼まれて、ついつい二つ返事で引き受けた。
深い理由は、以上である。
速水葵【はやみあおい】。ひとつ下の後輩で、アニメ部の部員である。
俺がこんなことを言うのもなんだが、アニメ部には似つかわしくない美少女だ。
明るい色の髪を肩まで伸ばして、人形のように整った顔をしている。
普段は吹奏楽部の活動に参加しているので、アニメ部に顔を出すことは少ない。
彼女は兼部しているのだ。
そんな子が何故アニメ部に所属しているかというと、理由は単純明快。
もうひとりの部員の付き添いだ。
しかし、そのもうひとりの部員が問題なのだが……。
もうひとりの部員は、幽霊部員ゆえ俺はXと呼んでいる。
学校にすら来ない日が多いと聞く。
速水がアニメの話をしているところを俺は見たことがないが、Xに至っては声を出しているところを見たことがない。
というか会ったことがない。
入部届も、速水が二人分出してきたのだ。
現状アニメ部はこの三人、俺と速水とXしかいないので、活動も碌にしていない。
俺が大好きだった先輩は去年卒業してしまい、今や部員に三年生はいないので、上級生の俺が部長をしているのだ。
もう、来年には廃部になっているんじゃないかな……。
そんな状況なので、文化祭の出し物など正直どうでもよかったが、速水に頼まれては何もしないわけにはいかない。
俺の話し相手になってくれる貴重な女子なのだ。
やることは既に考えている。王道を往く、展示会だ。
展示するだけ。当日は何もしなくていい。むしろ休んでいい。我ながらすばらしい考えである。
とはいえ、何を展示すればよいものか……俺がイラストでも描ければよかったのだが、あいにくそんなスキルは持ち合わせていない。
小説なら書けるのだが、それも高校に入学する前の話である。
結局、数時間ベッドの上で悩んだが、良い案が浮かぶことはなかった。
「情けないが……速水にも相談してみるか」
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『こんばんは。アニメ部の出し物なんだけど、展示会をしようと思っています。何か良いアイデアはありますか?』
速水にラインを送る。ちなみに、この文章を作るのに三十分かかった。
女子に自分からラインするのって、緊張するよな、うん。
大丈夫、そんなにキモい内容にはなっていないはずだ。
あとは返信があることを祈るのみ……!
とか思っているうちに、あっという間に速水から返信があった。
『この前、映画「汝の名は」の舞台になった場所に行ってきました! 展示に使えるかわかりませんが、写真あるから送ります』
美少女から返信がある。うん、これだけで元気が出るね。
しかし、アニメ聖地の写真とは良案かもしれない。
俺としては大衆向けアニメじゃなくて、深夜アニメを取り上げたいのだが。
とにかく、写真撮って展示するだけなら俺ひとりでもなんとかなりそうだ。
さすが速水、と送られてきた写真を見ていると、中に一枚、明らかにに場違いな写真が混ざっていた。
「……え?」
それは、速水のコスプレ写真だった。
しかもエロい。スカートは短くて中が見えそうだし、ポーズもかなりきわどい。
何かの学園もののアニメキャラだろうか、明るい色の派手な制服姿。
しかし実在する制服ではないだろうことが一目でわかる、エロゲの制服のようなコスプレだった。
お、落ち着け俺。速水……で間違いないよな、これ。なんであいつがコスプレを? 誤送か? それとももしかして、誘っている?
ここで俺がどう返信するかで、今後の学校生活が大きく傾くことになる。そんな気がする。
なんて返信しようか迷っていると、先に向こうから追撃が来た。
『今のは消せ』
……誤送でした。しかも怒ってらっしゃる。
いや、照れ隠しかな?
『承知致しました』
俺はすぐに紳士的に返信した。ふう。これで速水も安心してくれるだろう。
すばやくその写真を開く。
保存……と。
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「円城先輩。ちょっといいですか」
次の日の放課後。速水に怖い顔で声を掛けられた。
かわいい顔だが、不機嫌そうな怖い顔。
でも大丈夫。こうなることを想定して、俺はすでに答えを用意している。
「やあ速水。昨日のことなら気にしないで。言われたとおり消しておいたから。もう見ることはできないし、どんな写真だったのかも覚えていないよ」
完璧だ。不自然なくスラスラ出てきたこの言葉。疑いの余地はない。
「保存されました、って表示されたんですけど」
「嘘だろ!?」
「嘘です」
「…………」
なんて非道な。
だまし討ちとは……こんなことが許されるのか?
「やっぱり写真保存してるじゃないですか! 消してください、今すぐ!」
「待て! 誤解だ!」
誤解じゃないが。
「はあああ……やらかしました。あんな写真を間違えて送っちゃうなんて」
速水が俺を睨む。そんな目で見るな。俺のせいじゃないぞ。
コホンと咳払いをして、話を逸らそうとする。
「いやでも、俺は嬉しかったよ。速水もアニメとかコスプレ、好きだったんだな。似合っていたぞ」
「確かにアニメは好きですけど、コスプレが好きなわけじゃないですよ」
またまたぁ……あんなエロいコスプレをしている時点で、説得力皆無ですよ速水さん。
きっとあのエロコスプレであんなことやこんなことも……。
「何考えてるんですか変態」
「失礼な。そんな変なこと考えてないですよ」
速水さん、鋭い。
「あれは、資料のためです。別にコスプレしたくてしたわけじゃないですから」
「資料?」
なんの? と俺が聞き返す前に、速水は続けた。
「わたし、イラストを描くのが好きなんです。その資料」
「へえ! 速水、イラスト描くのか。どんな?」
「見せたくないです」
速水さん、つめたい。あれれ? 昨日までは俺にも笑顔で話しかけてくれていたはずなんだけど。
「とにかく! 一刻も早くあの写真は消してください。というか、そのスマホ貸してください」
速水が俺の手からスマホを奪い取ろうとする。
「え、でもあれはパソコンにも厳重に保存したから……」
「何してんですか!?」
速水さん、ブチギレである。
俺の腕を強引につかむと、スマホを奪い取った。
こいつバカなのか、とでも言いたそうだ。
ええい、こうなっては仕方ない。
「わかった、わかったよ! 速水の描いたイラストを見たら、すぐ消すから! だからそのスマホ返してくれ!」
「こ、このひとは……」
蔑むような目がつらい。
こっちは泣きそうな目で速水を見る。
腕組みして悩むような顔をしながら、速水は渋々口を開いた。
「イラスト見たら……ちゃんと写真消しますか?」
お? これは……いけるか?
「約束するよ」
「そんなにわたしの絵見たいんですか?」
「だって、あんなエロ……じゃなかった、素敵なコスプレを参考に描いたイラストなんだよね? そりゃ、見てみたいさ」
「…………」
無言でゴミを見るような目を向けてくる。何かに目覚めそうだ。
「わかりました……見せますから、写真はちゃんと消してくださいね」
いけた。速水さん、意外とちょろかった。
「もちろん! 約束は守るよ」
「昨日、消せって言ったとき承知致しましたとか言ってましたよね?」
「…………」
説得力、皆無だった。
「ごめんなさい。約束は守ります」
そう口にした俺の顔を速水はじろりと見て、ため息をついてからスマホの画面を見せてきた。
「ほら、これです」
スマホの画面には、一枚のイラストが表示されていた。
速水が俺に見せてくれたイラスト。それは、俺の想像を遥かに超えるものだった。
これを……速水が? 本当に?
「速水、これ……本当に速水が描いたのか?」
「そうですよ。わたしが描きました」
俺が見せてもらったイラストは、すごく綺麗だった。
炎と雷に包まれた派手な戦闘シーン。凛々しい表情をした少女が、ファンタジー世界で躍動している。
そんな、今にも動き出しそうなイラストだった。
「す……すごいじゃん! こんな絵が描けるなんて。もしかして、速水ってプロを目指しているのか?」
「これぐらいの絵……描ける人はいっぱいいますよ」
「いや、そんなことない。ほんと凄いよこれ。俺、このイラスト好きだ」
「そ、そうですか……まあ、ありがとうございます」
速水が照れくさそうに言う。うん、かわいい。
でも、俺はそれ以上に、速水のイラストに心を奪われてしまっていた。
なぜなら、そのイラストは……俺が書いていた小説、『迅雷伝説』の世界観にぴったりだったからだ。
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