人伽狗螺~令和極道怪異聞~
海野しぃる
人外等
「もう
俺は冷たくなった
そんな俺を、
「死人相手になーに下手な関西弁でイキってんのよ、若頭様」
「やかましわ
「明日からは組長様だってのに情けないわねぇ」
心底くだらないという顔で俺を見ながら煙草を吸う女。雨花。
赤いメッシュの入った長い黒髪で、右目を隠したその女は、何時もは品の良い笑みで隠している薄汚い性根を晒して、八重歯をむき出しにして鮫のように笑っていた。
「あんた、怖いんでしょ」
雨花は吸っていた煙草を灰皿に押し付けた。まだ二十代とは思えない。四十過ぎた年増女のような、妙な貫禄を感じさせた。
「う、うるさいわ……これで俺は親殺しや。さっさとお前はお前の仕事しろアホボケカス……化けて出られたらかなわんわ」
「あらあら呪いだおばけだなんて時代遅れじゃないの? 一人じゃ親殺しもできなかった癖に偉そうねえ」
「組の金でアホくさい仏像こしらえてるようなのでも親は親や。俺かて、弟たちがおまんまの食い上げにでもならなきゃ、上部組織からせっつかれなきゃ、俺だって、こんな……」
「……あら、そこは私に誘惑されたからとでも言いなさいよ。傷つくわ。結構良かったでしょ?」
雨花は和服の袖から狐の髑髏をとりだすと、さも愛おしげに撫でた。
組の汚い仕事は、
「黙れ」
「あなた、そのうち祟り殺されるわよ」
「……やかましわボケ。あんたも埋めるぞ。はよ
雨花は返事の代わりに、狐の髑髏を事務所の床へ無造作に転がした。嫌な感じがして、俺は思わず一歩下がった。チワワは頭蓋骨に向けて牙を剥き低く唸る。雨花は俺たちのことなんてまるで見えていないかのように、指と指を組み合わせて小声で何かを呟き始めた。
「オン……バッ……ニ……ン、ソワカ。オン……バ……タ、リ……、ソワカ。オンシラ……ッタ……、ソワカ」
「誰が恩知らずや」
雨花は吹き出した。言ってから『しまった』と思った。
「聞き違いよ。何も知らないんだから。ほら、もう大丈夫よ。さっさと運べば?」
雨花は俺を嘲るように笑うと、また狐の髑髏を袖にしまった。
*
黒いバンに乗って、俺たちと組長の死体と小犬は御山に向かっていた。
深夜のラジオ番組は、一昔前のフラれた女の恨み節を歌った曲を流していた。雨花は不機嫌そうにチャンネルを変えて、やかましいロックが流れ始める。洋楽だ。よく知らない。
「ねえ、あなたさ。箱入り娘って覚えてる?」
「忘れるわけないやろ。うちの組員は皆あれ使って呪術との喧嘩仕込まれとるんやぞ」
「化け物ね……ハハッ」
「何がおかしい……」
チワワがクゥーンと悲しげに鳴く。苛立ちが少し紛れた気がした。
「箱入り娘の中身って知ってる?」
「組長と
「あれね、先代組長の娘が入ってるの。床の中で教えてくれたわ」
「
「その
それだけ言って不機嫌そうにタバコに火を付ける。
「嫉妬でもしとんのか。てっきりずっと恨んどると思っとったわ」
「あなた、王子様でも気取ってるの? 本気で嫌だったらとっくに逃げてた」
「んなこと言うて若い男が好きなだけやろ」
「……違うわ、
雨花は紫煙を吐き出して薄く微笑む。
こいつが
だからこそ、こいつが
俺に抱かれたこいつは、今まで相手した女と何も変わらない。つまらない女だった。
「じゃあ、なんでこんなこと」
「身勝手ね」
「だ、誰が身勝手や」
「私の身勝手よ。勘違いしないで」
雨花は煙草をくゆらせながら、天井を仰ぐ。
「
背筋が冷たい。
バンの揺れが胃袋を揺らす。
車は目的地の御山へ近づいていた。
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