人伽狗螺~令和極道怪異聞~

海野しぃる

人外等

「もう五寸釘テッポーダマぶっ放して他所の組長のタマ呪殺ってどうこうってぇ時代じゃないんですわ組長オヤジィ! もうあんたは時代遅れや! 分かってくれや……なぁ……?」


 俺は冷たくなった老人オヤジの死体に向けて吐き捨てた。毒を飲ませた。組長オヤジはもう起き上がることはない。俺がこの組の王だ。恐れるものはない。なのに俺の声は震えていた。

 そんな俺を、老人オヤジの可愛がっていた小犬チワワのケンが不思議そうな目で見上げていた。今の俺にその黒く潤んだ瞳を正面から見ることはできなかった。こいつは俺を恨んでいるか。ごめん、ごめんなケン。情けないお兄ちゃんだな。


「死人相手になーに下手な関西弁でイキってんのよ、若頭様」

「やかましわ雨花うかァ!」

「明日からは組長様だってのに情けないわねぇ」


 心底くだらないという顔で俺を見ながら煙草を吸う女。雨花。

 組長オヤジの愛人と言うべきか、それとも俺の情婦オンナというべきか。

 赤いメッシュの入った長い黒髪で、右目を隠したその女は、何時もは品の良い笑みで隠している薄汚い性根を晒して、八重歯をむき出しにして鮫のように笑っていた。


「あんた、怖いんでしょ」


 雨花は吸っていた煙草を灰皿に押し付けた。まだ二十代とは思えない。四十過ぎた年増女のような、妙な貫禄を感じさせた。


「う、うるさいわ……これで俺は親殺しや。さっさとお前はお前の仕事しろアホボケカス……化けて出られたらかなわんわ」

「あらあら呪いだおばけだなんて時代遅れじゃないの? 一人じゃ親殺しもできなかった癖に偉そうねえ」

「組の金でアホくさい仏像こしらえてるようなのでも親は親や。俺かて、弟たちがおまんまの食い上げにでもならなきゃ、上部組織からせっつかれなきゃ、俺だって、こんな……」

「……あら、そこは私に誘惑されたからとでも言いなさいよ。傷つくわ。結構でしょ?」


 雨花は和服の袖から狐の髑髏をとりだすと、さも愛おしげに撫でた。

 組の汚い仕事は、組長オヤジが拾ったこの女が一手に引き受けていた。逆を言えば組がやるべき汚い仕事なんてこの女一人で十分回るものだったのだ。そうだ。こいつが居ようと居まいと、俺は――。


「黙れ」

「あなた、そのうち祟り殺されるわよ」

「……やかましわボケ。あんたも埋めるぞ。はよ霊媒ワザシらしく……」


 雨花は返事の代わりに、狐の髑髏を事務所の床へ無造作に転がした。嫌な感じがして、俺は思わず一歩下がった。チワワは頭蓋骨に向けて牙を剥き低く唸る。雨花は俺たちのことなんてまるで見えていないかのように、指と指を組み合わせて小声で何かを呟き始めた。

 

「オン……バッ……ニ……ン、ソワカ。オン……バ……タ、リ……、ソワカ。オンシラ……ッタ……、ソワカ」

「誰が恩知らずや」


 雨花は吹き出した。言ってから『しまった』と思った。


「聞き違いよ。何も知らないんだから。ほら、もう大丈夫よ。さっさと運べば?」


 雨花は俺を嘲るように笑うと、また狐の髑髏を袖にしまった。

 組長オヤジの亡骸は俺一人で背負った。最後の親孝行を気取っていたのかも知れない。俺の足元にすがりついてきた小犬も連れて、俺たちは御山へと向かった。


     *


 黒いバンに乗って、俺たちと組長の死体と小犬は御山に向かっていた。

 深夜のラジオ番組は、一昔前のフラれた女の恨み節を歌った曲を流していた。雨花は不機嫌そうにチャンネルを変えて、やかましいロックが流れ始める。洋楽だ。よく知らない。


「ねえ、あなたさ。箱入り娘って覚えてる?」

「忘れるわけないやろ。うちの組員は皆あれ使って呪術との喧嘩仕込まれとるんやぞ」

「化け物ね……ハハッ」

「何がおかしい……」


 チワワがクゥーンと悲しげに鳴く。苛立ちが少し紛れた気がした。


「箱入り娘の中身って知ってる?」

「組長と霊媒ワザシしか知らんもんやろ」

「あれね、先代組長の娘が入ってるの。床の中で教えてくれたわ」

組長オヤジの先代が?」

「その組長オヤジと良い仲だったらしいわよ」


 それだけ言って不機嫌そうにタバコに火を付ける。


「嫉妬でもしとんのか。てっきりずっと恨んどると思っとったわ」

「あなた、王子様でも気取ってるの? 本気で嫌だったらとっくに逃げてた」

「んなこと言うて若い男が好きなだけやろ」

「……違うわ、組長オヤジさんのことは好きよ。世界で一番好き、大好き。私をいっぱい可愛がってくれたもの」


 雨花は紫煙を吐き出して薄く微笑む。

 こいつが組長オヤジに気に入られていたことは知っていた。

 だからこそ、こいつが組長オヤジを裏切るつもりと知った時、少しだけがっかりした。初めて見た少女の頃から変わらず輝いていた美貌さえも色あせて見えた。

 俺に抱かれたこいつは、今まで相手した女と何も変わらない。つまらない女だった。


「じゃあ、なんでこんなこと」

「身勝手ね」

「だ、誰が身勝手や」

「私の身勝手よ。勘違いしないで」


 雨花は煙草をくゆらせながら、天井を仰ぐ。


組長オヤジさん、私のことが世界で一番好きじゃないんだもの。ひどい」


 背筋が冷たい。

 バンの揺れが胃袋を揺らす。

 車は目的地の御山へ近づいていた。

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