記憶の本棚

私は気づくと、古びた本屋の中をさまよい歩いていた。

右も左もぎっしりと本の並んだ本棚が並んでおり、

その本棚の一つ一つには名前の書いたネームプレートがぶら下げてある。


「はて、これはどういう店なのだろうか。」

私は女性の名前が書いてある本棚の前に立ち止まった。

上の方には様々な絵本が詰められていると思えば、

中段には所狭しと小説やら仕事の本が詰められてあり、

その後は再び絵本が詰め込まれている。


「このメチャクチャなジャンルの本の陳列は何だ。

それに、そもそもなんで本棚に誰かの名前が書いてあるんだ。」


すると、突如本棚の影から本屋の主人と思われる老人が姿を表した。

「これはある女性の方が生涯に読んだ本を詰め込んだ、記憶の本棚です。」

「生涯に読んだ本?」

「ええ、この方は幼少期の絵本に始まりその後様々な本に触れ、

お子さんが産まれてから再び絵本に戻られた様ですな。

今度は読んであげる立場として、のようですが。」

「なるほど…ってことは、私の本棚もあるんですか?」

「ええ。ここには全ての方の記憶を集めた本棚がありますから。」


私は老人に案内されるがまま、自分の本棚の前にたどり着いた。

私の名前が刻まれたプレートがさげられた本棚には、

上から図鑑や工学、勉強の本がびっしりと詰め込まれていた。


「おやおや、これはまた随分とお堅い方の様ですな。」

「いや、お恥ずかしいもので。

父の教育方針で、小説や絵本の類は読ませてもらえなかったのです。」

「でも本棚のここ、一冊分の空欄が出来ていますね。」

「ほんとだ。これはどう言う意味ですか。」

「本棚の空欄はご本人が読んだことすら忘れていた本、

もしくは記憶に残したくない本ということになりますね。」

「はは、まぁ一度読んだくらいだと案外忘れたりしちゃいますからね。」

私は笑って誤魔化した。


「あ、そうだ。私のがあるってことは私の身内の本棚もあるんですよね。」

「もちろんでございます。こちらから先が代々貴方様の家系の本棚です。」

私は父親の本棚を見つけ、ざっと目を通した。

やはり勉強の本ばかりといった感じで、見ていて面白いものではなかった。


「あ、そうだ。私の祖父の本棚はあるかな。」

ふと私の脳裏に、祖父の存在がよぎった。

厳格で無駄なものを嫌う父とは異なり、祖父は創造的で夢想家だったらしい。

しかし、私には祖父の記憶がほとんどなかった。

教育熱心な父が、悪影響が出るから良くないと、

昔から私を祖父から遠ざけて育てていたためだ。


「彼の本棚を見ればどんな人だったかがわかるかもしれない…」

私は祖父の本棚を見つけ、並んでいる本の背表紙に目を走らせた。

本棚には案の定、父や私が決して読まないような、

小説や絵本などがずらっと並んでいた。

私は一冊一冊手に取って本を見ていると、やがてあることに気づいた。


ある本を境に、塊になって何十冊と同じ作者の著書ばかりが並んでいたのだ。

「ある時を境にずっと同じ作者の小説ばかりだ…

急にファンにでもなったのだろうか。」

「その答えはネームプレートの裏をご覧になればわかるかと。」

「ネームプレートの裏…?どれどれ…って、あれ…」

祖父のプレートの裏には、その作者と同じ名前が刻まれていた。

「その方は本名とは別の名で小説家としても活動されておりました。

ある時を境に自分の本ばかりになっているのは、

そこから全て自分で書いた作品が本棚に入ったということですな。」

「私の祖父が小説家だったなんて…」


すると、並んだ祖父の自著のうちの一冊が光り始めた。

その光る本を掴み取り出してみると、

どこか見覚えのある表紙の絵に私の記憶が揺さぶられた。


「この本…私が子供の頃に父の部屋で見つけてこっそり持ち出した本だ…。

夢中になって読んでいたのを父に見つかり、全て忘れろと叱られて、

いつしか記憶の彼方に封印して葬り去られてしまっていた本…。

あれは、祖父の作品だったんだな。」

「空欄の一冊の正体が掴めましたね。

せっかくですから、それはご自身の本棚に入れてはどうです。」


私はその本を、自分の本棚の前に持っていくと、

そっと空欄の部分に近づけてみた。

すると、それはスッとかけたパズルピースのようにハマった。

「あっ、やっぱり…はまった…」


次の瞬間、本棚が仕掛け扉のよう開くと私は光に包まれ、目を覚ました。

「夢…だったのか。」

失われていた本の記憶を取り戻した私は、

家中を探してその本を探し当て、ページを捲り作者欄の顔写真を見た。

「あっ、この顔…」

そこに笑顔で映る作者、すなわち私の祖父の顔は、

まさに夢の中の本屋で店主を務めていた老人そのものだった。

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