鏡よ鏡

「ずいぶんと埃っぽい部屋だこと…おや、これはなにかしら。」

お城の妃は、使われていない古びた貯蔵庫の中で、

布が掛けられた大きな壁掛け鏡を見つけた。

鏡にかけられた布を剥がすと、辺り一面に埃が舞い上がった。


「なんとも豪華な作りの鏡ね。金細工に宝石が埋め込められてるわ。」

所々、時代とともに積もり重なった薄汚れがこびりついているものの、

工芸品としては中々に立派で、かなりの値打ち品の様に見えた。

「前の持ち主はなんでこんな物をここに置き去りにしたの。

折角良く出来た装飾なのに、勿体無いわね。」

すると突如、鏡の中にぼんやりと人の顔が浮かび上がった。


「それはわたくしが呪われた鏡だからに御座います。」

「まぁ、ビックリした。何なのこれは。」

「わたくしめは魔法の鏡。この世の全てを知っている鏡に御座います。」

その時、妃の脳裏にはある噂話がよぎった。

昔々、この国のどこかで同じように魔法の鏡を見つけた妃が、

それに取り憑かれてしまい、不幸な末路を辿ったという。

そしてその鏡は、全知全能の魔法の鏡として、

その前に立つ者の全ての問いに答える…という話だ。


「あの噂は本当なのかしら。

もし、この鏡が噂に出てくるものなら大変なことだわ。」

妃は噂を確かめるべく鏡に問いかけた。

「鏡よ鏡、この国の王女はだあれ。」

「貴方に御座います。」

「まぁ、その通りよ。」

しかし妃は思いとどまった。

これくらい、彼女の纏っている煌びやかなドレスと

頭の上の王冠を見れば、誰でもわかることだった。

妃は質問内容を変える。


「じゃあ。鏡よ鏡、私を大事に思ってくれている人はだあれ。」

「沢山いらっしゃいます。

今の国王様、それに妃様を育てられたお爺さま方です。」

「それは嬉しいわね。それなら、鏡よ鏡。私はこの先幸せでいられるの。」

「かつて、それこそ命を脅かす大きな危機が迫っていましたが、

今となってはそれも過ぎ去っている様です。

今後は何の問題もなく、お腹の子も健康に育っていくでしょう。」

妃はハッとし、お腹に手を当てた。

お腹の子どものことまでお見通しとは、この鏡、やはり本物のようだ。


妃は覚悟を決め、大きく息を吸うと最後の質問をした。

「では、鏡よ鏡…この世で一番美しいのはだあれ。」

鏡は目を見開くと静かに言った。

「それは…貴方に御座います。疑いの余地もなく。」

「やっぱり…やっぱりそうなのね。」

確信を得た妃は近くにあったレンガの欠片を拾い上げると、

思いっきり鏡に向かって打ちつけ、粉々に砕いてしまった。


「何故…何故こんな事を…」

砕けた鏡に映る顔は恨めしそうに言いながら消えていった。

それを妃は睨みつけながら、吐き捨てる。

「この鏡だったのね。私の運命をさんざん狂わせた全ての元凶は。

こんなもの。残しておいたところで次の悲劇を生むだけだだわ。」


国じゅうで一番美しいことが魔法の鏡によって明かされてしまったゆえに、

命を狙われ散々な目にあった哀れな白雪姫は、

自身が妃となった今、その悲劇の物語に自らの手で結着をつけた。

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