宇宙船のロボット執事

男とロボット執事を乗せた宇宙船は任務を終え、

地球に向かって帰路を進めていた。


「今回の任務先は随分と遠かったな。」

窓の外に広がる暗黒の景色を眺めながら男はつぶやく。

「ええ、そうですね。

それにしても、旦那様は今回の任務でも

見事な成果を挙げられましたね。流石でございます。」

「おいおい、よせよ。

今回もお前が手伝ってくれてこそだった。

それにこんなにも何もない宇宙船の中では、

お前という話し相手が俺の世界の全てになりかねない。

退屈しない宇宙旅をするためには、最早お前はなくてはならない存在だ。」


男はおもむろに足元の倉庫からクリーニングキットを取り出すと、

ねぎらうように、人型の助手ロボットのボディを丁寧に磨き始めた。

「そんな旦那様。任務でお疲れのはずでしょう、

そんなことなさらずにお休みください。」

「お前は本当に謙虚なやつだな。そういうところも好きなんだ。」

「全ては旦那様のためです。」

「では…そうだ、退屈しのぎついでに何か話をしてくれ。」

「かしこまりました。それでは膨大な私の物語ライブラリの中から、

とっておきの物語を…」

男がロボット執事の語る物語に耳を傾けながら、

穏やかに作業をしていると突如宇宙船が大きく揺れ始めた。


「おいおい、いきなりなんだ。」

男が窓の外を覗き込むと、

小さな隕石の破片が宇宙船に突き刺さっているのが見えた。

「大変だ。よりにもよって燃料タンクを直撃だ。

まずいことになったぞ、地球まであとどれくらいだ。」

「あと数日で到着かといったところです。」

「そうか、かなり絶望的な状況だが手を打ってみよう。

修理を進めるから手を貸してくれ。」


そうして男とロボット執事は昼夜問わずに二人で宇宙船の修理を進めたが、

何日かたったところでとうとう男の気力がつき始めてしまった。

修理を進めても進めても、今度は別のところに不具合が出てしまうのだ。

たび重なる睡眠不足と疲労もあってか、完全に男の心は折れてしまった。


「もう諦めよう…これじゃあいくらやってもキリがない。」

地球への帰還が不可能だと悟った男は、宇宙船の冬眠ボタンを押した。

全ての宇宙船の機能が省電力モードになり、

暗くなり始める宇宙船の中で男はロボット執事に語りかけた。

「もう私は疲れてしまった、ここで全て諦めるとするよ。

最後の時間をお前と過ごせて幸せだった、ありがとう。」


しかし、ロボット執事の返答は男の予想していないものだった。

「あぁ、宇宙での任務に従事する者とは思えないほど根性の無い方だ。

任務では活躍できてもこういうここぞという緊急時に、

情けない人間の本性が出てしまうものなのですね。」

「なんだ、おい。急にどうしたんだ。」

「今まで貴方を根性ある、勇敢で聡明な方だと思ってお使えしておりましたが、

ハッキリ言ってがっかりですよ。

私はこんな骨無しに付き合うほど落ちぶれちゃいない。」

そう言い捨てると、ロボット執事は単独飛行モードに切り替えると、

宇宙船を飛び出していってしまった。


男は執事からの慰めと労いを期待していたにもかかわらず、

散々言われた挙句一人置いてかれてしまった。

「何だ。酷い言われようじゃないか。

私だって頑張ってきたのに、こんな所で一人犬死にか。

…いや、あまりにもそんなの許せない。私を置いていくなんて酷い執事だ。

地球に帰って問い詰めてやる。」

ロボット執事に対する怒りによって気力を取り戻した男は、

そこから再び寝ずに修理作業を再開した。


そうしてその努力の甲斐もあってか、修理は完了し、

男を乗せた宇宙船は民衆に出迎えられながら地球に帰還することができた。


「おい、よく無事に戻ってこれたな。流石だよ。」

「それが実は途中で乗せていたロボット執事に裏切られてな。

怒りながらたった一人で修理をしたのさ。

…それにしても燃料が最後まで持ったのは奇跡だがな。何故だろう。」

「その執事ロボットってのは、あそこにくっついているやつかい?」

「何だって…あ!」


男の目線の先には、

自らの身体を燃料タンクに繋げて固定したまま動かなくなっていた、

かつてのロボット執事の姿があった。

「自分のエネルギーを全て宇宙船に回していたんだな…見上げた根性だ。」

「じゃあ、私にやる気を出させるためにわざと怒らせるような真似を…

なんという奴だ…」


ロボット執事の身体は宇宙を漂う隕石や衛星機の破片で傷だらけになっており、

再び動き出すようなことは到底あり得なさそうな様子であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る