ひとくち文庫（３分で読めるショートショート集）

冥土のみやげ屋

私はとぼとぼと静かな川沿いを歩いていた。

まっすぐ歩いて行った先の方は霧で霞んでいて見えないが、

私ははっきりとした目的のもと、そちらへ向かって歩みを進めていた。

私は死んだのだ。

そう言うとどこか唐突かもしれないが、まぁ妥当な結果とも言える。

時々横を見ると、人を乗せたボートが私を追い越すように川を流れていく。

乗っているのは私と違ってボートに乗る資格のある人たちだ、

私の様な者はこうして川沿いの道を自力で歩いていくしかない。

後ろを振り返ると、遠くの方に私と同じくとぼとぼ歩いてるのが何人か見える。

彼らもろくな一生を送らないまま死んだのだろう。

私は今までの人生を回想しながら歩き続けていると、

遠くの方で一人立ち尽くしている男が見えた。

「なんだろう、誰かを待っているのかな。」

私はその男に近づいていくと、向こうも気づいたのか、歩み寄ってきた。

「あなたもお亡くなりになられたのですか、ご愁傷様です。

まぁ、私が言えた立場でもないですが。」

その男は、ニコニコ笑いながら私に話しかけてくる。

その顔に浮かぶ場違いなほど愛想の良い表情は私にとってどこか不気味だった。

「こ、ここで誰かを待っているのですか。」

「そんなところでしょうか。

なんと言いますか、この場所で冥土の土産みたいなものを売ってまして。」

「冥土の土産？それは死ぬ前に言うやつじゃないのか。」

「いやまぁそうなんですが、

あの霧の向こうからが厳密には死後の世界らしくてですね。

一応、あなたもわたしも完全にはまだ冥界入りはしてないみたいなんです。」

「はぁ、そうなのか。」

「ここでは冥界入りする前に、いろいろな方が私に生前の秘密や、

興味深い経験談などを話していかれるんです。

みなさんそれぞれ、ご自身が死んだことはわかってらっしゃるので、

それはそれは大っぴらに色んなことをお話しになるわけで。」

「その内容を他の人に冥界入りの土産ついでに売っているわけか。」

「あの大物俳優の秘密から有名政治家の裏の顔まで、

生前では絶対に聞けないお話がよりどりみどりです。いかがですか。」

「確かに面白そうだな。

でもそれを買うにも、死んだ後だから支払いなどないだろう。」

「ええ、ですからその代わりにご自身の身の上話や

興味深い秘密をお教えいただければ。」

「私の話？そんなのでいいのか。」

「はい、どんなお話でも結構でございます。」

「じゃあ…それでいいなら、話そうかな。」

私は応じるままに自分が死んだ理由を男に話した。

「昔、私の妻の浮気が発覚したことがあってね。

怒ってその浮気男のところに乗り込んで問いただしたら、

そいつの方から襲いかかってきてそのまま取っ組み合いになったんだ。

そうしたら、そのはずみで向こうが頭を打って死んでしまってね。

その遺体を山に埋めて長いこと隠し通してきたんだが年老いたある日、

ひょんなことからそれが警察に見つかってしまったんだ。

それで、この歳で逮捕されるくらいならと自ら命を絶ったわけだ。」

男は私の話を黙って聞いていた。

「ははぁ、随分と激動の人生だったんですね。

これでまた私の商品が増えました。」

「こんな話に興味があるやつなど、そういないだろうがね。」

「いえいえ。それではお返しに、どんな土産話をお望みで。」

「そうだな、昔好きだった歌手の秘密話なんてないか。」

「ああ、その方の話でしたらついこの間仕入れたばかりです。」

男は私にその”土産話”をお返しに聞かせてくれた。

「ありがとう。面白い話だったよ。

にしてもなんで君はここでずっとこんなことをやっているんだ？」

「実は私、生前の記憶がすっぽり抜けてまして。

死んだ時に何か衝撃がかかって記憶が抜けてしまったのでしょうか。

何にせよ、情けない話なんですが、

ここで色んな人の話を集めながら自分の記憶を探してるんです。」

「そうだったのか。

気の遠くなりそうな話だが、いつか記憶が見つかるといいな。」

「そう言って頂けますと幸いです。では、よい冥界入りを。」

にこやかに手を振る男に送り出されながら私はその場を後にした。

私はさっきの男の顔を思い出しながら高鳴る心を必死に落ち着かせる。

間違いなくあれは、若い頃私に襲いかかり、

最後には返り討ちにあい自ら命を落としたあの男だ。

「まさか、あそこまで丁寧に話しても思い出さなかったとは驚きだ。

これもあの憎き浮気男にくだった天罰とでもいうべきか…」