実況ラジオ

「暇だ。全くもって暇だ。」

長い休暇に入っていた私は家の中でありあまる暇を持て余していた。

外は雨が降っているのでわざわざ外出する気もおきないし、

かといって部屋でじっくり本を読む気もおきない。


「そうだ、久しぶりにラジオでも聴くか。」

テレビやネットなど最新の娯楽が身の回りに溢れている今、

わざわざラジオを聞くことなどほとんどなかったのだが、

本当になんとなしにその気がおきたのだ。


私はテーブルの隅で埃をかぶっていたラジオに手を伸ばした。

旧型の安いラジオで、今更動くかどうかといった感じだったが、

スイッチを入れると、ざあざあとノイズを出し始めた。

私はアンテナを調整しながらチューニングし様々な局に電波を合わせた。

「ザッ…次の選挙に向けて候補者たちの演説が始まり…」

「ザッ…お便り回答のコーナーです。まずはペンネーム…」

ニュースやありきたりなラジオ番組などを聞いてまわったがどれもピンとこない。


しばらくラジオをいじっていると、再び別のチャネルに周波数があった。

「ザザッ…今のところ変化はありません。もう、土砂降りの中で嫌になりますよ。」

若い男の声だった。かったるそうにボソボソと喋っている。

「ザッ…何人か傘をさして通りを歩いています。

一人は若い女性です。鼻がすらっとしてて、なかなかの美人です。」

聞いたところラジオドラマか何かの様だった。

男が淡々と目の前で起こっていることを実況する、といった感じの構成だ。

「そろそろ雨があがる気がします。

子供の頃はよく雲とか空ばっかり見てたんで、そういうのわかるんですよ。

…うわっ、びっくりした。いつの間にか野良猫が隣にいました。

どうしてこうも猫ってやつは気配を消すのが上手いんでしょうか。」


どうやら男は一つの場所にとどまっているようで、

目の前の景色を事細かく伝えている。

なかなかに描写の一つ一つが細かく、

聞いているだけでその情景を思わず想像してしまう。

ラジオに特化したドラマ番組ということで、

できるだけ場面変換が必要ない舞台設定にするために

この様な構成にしたのだろう。

「そろそろお腹がすいてきました。どれくらいここにいるんだっけな…」

それにしてもこの男、いったいどういう理由で、

一箇所にとどまって実況しているんだろう、と私は思った。

途中から聞き始めたのでいまいち設定もわからない。


「予想通り、すっかり雨があがりました。まだ彼は出てこない様です。

いつのまにか、あたりも暗くなってきました。」

私は窓の外に目をやる。

ドラマの中の実況シーンと同じく降っていた雨はやみ、日も落ち始めていた。

この男がなぜ外で雨風にさらされ続けているのか、気になるところではあったが、

この先の続きを聞こうにもそろそろ夕飯の支度をしないといけない。


冷蔵庫を開けても、ずっと休み中家に篭っていたので何も食べるものがなかった。

私は重い腰を持ちあげ久々に外出するための身支度をすませた。

そうして玄関から出ると、向かい側に立つビルの屋上にきらりと光る何かが見えた。

「なんだあれ…」

次の瞬間、ものすごい轟音と共に私は体を貫くような鋭い痛みを感じた。

あまりの出来事に私はなす術もなくそのまま倒れ━━━━


「ザッ…こちらスナイパーD。

ターゲットが家から出たところを狙撃完了しました。オーバー。」

雨風にさらされながらも辛抱強く本部に実況を続けていたスナイパーは、

任務の完了を通信機に向かって報告した。だが、本部からの返答はない。

「ってしまった、周波数を間違えてずっと本部と繋がってなかった。

どうやら近くの範囲内で実況通信が筒抜けになってしまっていたようだ。

まぁ、今時ラジオをいじっているような物好きが、

この通信圏内にいる確率なんて、そう高くないだろうから大丈夫か…」

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