幸運のネズミ

「やっぱり安酒は飲み続けると頭が痛くなるな。」

場末の飲み屋で一人飲みながら、男は愚痴を漏らした。

もちろん好き好んでこんな場所で飲んでいるのではない。

勤めていた会社が倒産してからというものの、

気力を失った男は不安定な職を転々としながら、

こうして日ごろの鬱憤を安酒で晴らしているのだ。


「はぁ、俺だって希望を捨てたわけじゃねえ。どこかにチャンスがあればな。」

酔った男は一人で愚痴を言っていると、

いつの間にか男の隣に怪しい老人が座っていた。

「チャンスが欲しいか。なら譲ってやるよ。」

「なんだおめえは、いつから隣にいたんだよ。」

「まぁまぁ、そんなことはどうでもいいんだ、

いるのかいらねえのかって聞いてんだ。」


その老人はどこか人間離れした感じのする風貌で、

静かに話す言葉にも凄みがあった。

「どこの誰だかしらねえが譲ってもらえるなら是非欲しいもんだね。」

「よし良いだろう。その代わり簡単に手放すなよ。」

その老人は麻布でできた袋を手渡すと去って行ってしまった。


次の日の朝、男は気付くと自分の部屋で目を覚ました。

「飲み過ぎちまったな、記憶がほとんどねえ。なんだこの袋は。」

男は枕元に置いてあった麻布の袋を見つけ、昨日の老人との会話を思い出した。

「チャンスねぇ…いったいなにがはいってんだか。」

男が麻布の袋を開けると中から小さなネズミが飛び出してきた。

しかもペットとして買うような可愛らしいものでなく、

汚いどぶネズミのような見た目だった。

「うわぁびっくりした。なんだよタチの悪い老人の悪戯かよ。ふざけんな。」


男はネズミを追い払うと、

再び二日酔いで眠りについたがその数時間後に物音で目が覚めた。

ガサガサという物音が聞こえてきたのでキッチンを見ると、

さっきのネズミが家中の食べ物を食べ尽くしていた。

「やられた、ただでさえ金欠なのに食い物がないんじゃどうしようもない。」

男は家に食料を補充したが、その度にネズミに食い尽くされた。

「いったいその体でどうやって全部食ってるんだ。

こうなったら外で食うしかない。」

しかし収入の少ない男には、毎食外で食べられるほどの余裕もなく、

そう長続きしなかった。


「腹減って死にそうだ。

こうなったら仕事を掛け持ちしてでも食事にありつかなきゃな。」

仕事を掛け持ちし収入がわずかに増えた男は害獣駆除の業者を雇ったり、

大量に罠を買ったりしてみたが効果はなかった。

食料の方も、買っても買っても余った分はネズミに食い荒らされるので、

いたちごっこから抜け出すべく男はとにかく働いた。


ネズミに食べられないように

ロック機構のついた冷蔵庫や戸棚を買うためにお金を貯めたり、

猫を何匹も買うためにお金を貯めたりと、

男のいつからかネズミに打ち勝つためにお金を貯めるようになった。

今までの自堕落な生活を改め、とにかく働き、稼ぎ続けた。

そうして月日が流れ、何度も季節が移ろいだ。


「ねぇあなた、そういえば最近あのネズミ見ないわね。」

「あぁ、そうか。」

男は少し考えた。

「ついに、いなくなったのだな。」

「最近新しく猫を飼ったからかしらね。」

「そうかもしれないな、さあディナーにしよう。」

男は海沿いの豪邸のテラスソファから身を起こすと、

いつかの老人の言葉を思い出し、

いつの間にか築きあげていたその幸せな暮らしを静かに噛みしめた。

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