気さくな会話の楽しみ方

「ヴィイイン…」

鈍い音を立てて大きなマシンが起動した。

「これをつけるのはいつぶりだろうか。」

私はヘッドマウント型のゴーグルをかぶる。

全身に触覚再現スーツをまとい、ケーブルを繋ぐと、

オンラインの仮想世界にログインした。


「やはり、いつ来てもここは賑わっているな。」

目前に広がる大きな広場では、

私と同じくゴーグルをつけ仮想世界にログインした人たちで溢れている。

それぞれが思いおもいのアバターとなり気さくに会話を楽しんでいた。

「皆ここではありのままを楽しんでいるな。」

すると肩に感触を感じて振り向いた。


「おや、気づきましたか。触覚スーツをお持ちとは。お高かったでしょう。」

私の肩を叩いた男は、驚いた顔で話しかけてきた。

「はは、衝動買いってやつですかね。」

「触覚まで連動すると、さながら現実世界のように感じますものね。

長い時間いるとどっちがどっちだか。」

「久しぶりに来ましたが、あいかわらず仮装世界は気楽なものですね。」

「技術革新でこうして素性の知らない誰かと気楽に話せる時代が来るなんて、

一体誰が想像できたでしょう。

こうして話している私だって、ゴーグルを外せば政界の超大物、

なんてこともあり得ますから。」

「ははは、確かに。誰とでも気軽に繋がれる場が現実世界になくなってから、

こう言う場は人の本音を聴ける唯一の場所になったかもしれませんね。」


そうして私は様々な人たちとの自然体の会話を楽しんだ。

仕事の悩みを吐露するものや、自慢話をするもの、

社会に不満を漏らすものまで多種多様だ。

「はあ、ここではいろんな考え方が知れて為になるな。

やはり今後も定期的に来るべきだな…」


そうしていると再び、誰かが私の肩を叩き、思わず振り向いた。

だが、後ろには誰もいない。

「ああ、もうそんな時間か。」

ゴーグルを外すとスーツ姿の若い秘書がこちらを見つめていた。

「総理、そろそろ会食のお時間です。」

「そのようだな、準備するとしようか。」

「珍しいですね。例のバーチャル視察ですか。」

「ああ、今となっては等身大の国民の様子を知るにはこうするしかないからな。

それに、私に気さくに話しかけてくれる人というのも

いつの間にかいなくなってしまったことだしな…」

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