エリートの育て方

男は小さな人材開発の会社を経営していた。

起業してすぐのうちはぼちぼち仕事も来ていたが、

いまいち人材育成の成果が出なくなってからと言うものの、業績は落ち込んでいた。


人を育てるノウハウに欠けていた男は知人の紹介で、

とある施設の見学に行くことになった。

なんでも、政府のバックアップを受けているその施設から排出された人材は

みな優秀で、大企業の幹部や優秀なアスリート、有名人、官僚など

輝かしい人生を歩んでいると言う。


にわかに信じがたい話だが、きっとものすごいノウハウがあるのだろうと

期待し男は山の中にある警備の厳重な、その施設に足を運んだ。

施設に入ると中では白衣を着た研究員がにこやかに出迎えてくれた。


「我が施設へようこそ。この施設では育てる側も、

育てられる側も住み込みで暮らすいわばコミュニティのような場所です。」

「なるほど、通りで警備が厳重なのですね。」

「ええ、自然に囲まれた安全な場所でこそ人はゆっくりと

自身と向き合うことができ、優秀な能力を開花させるのです。

普段は滅多によその方を入れないのですが、

当施設から社会に羽ばたいた人間からの紹介で、

なおかつ人材育成と同業の方でしたので特別に。」

「なんと、彼もここのOBだったわけですか。

やけにデキるやつだと思っていたらそういうことでしたか…」

ここを紹介した知人は同じ大学の同期で、

男の数倍大きい会社を経営するやり手だった。

「こちらでの学びが参考になれば幸いです。ささ、中へどうぞ。」


男は案内されるがままに施設の中に入ると驚いた。

開放感あふれる近代建築や整った生活インフラの完成度はもちろんのことだったが、

幼い子供のうちから教育を受けさせられていたのだった。

「ここでは出生まもないころからここで教育を受け始め、

成人とともに社会に羽ばたきます。

そのためにはノイズのない整った暮らしや社会を施設の中に再現することで

教育に専念できるのです。」

「ははぁ、なんだかすごい話だ。」

男は感嘆のため息を漏らしながら区画ごとに見学を進める。

幼稚園のようなエリアでは子供たちが早くも学んでおり、

ジムのようなエリアでは健康的に日焼けした

若者たちが汗を流している。

みな生き生きとしておりコミュニティは活気に溢れていた。


歩き進めるうちに男は立入禁止と書かれた黒い扉を遠くに見つけた。

不定期に開く扉からは赤ん坊と思われるものが運び出されていた。

「あの扉の向こう側はなんですか。」

「あそこから先はお見せできません。いわば企業秘密ですね。

そうだ、食堂をお見せしていませんでしたね。こちらへ。」

そう先を促されたが男は扉の先が気になってしょうがなかった。


きっと向こうにはエリートが産まれる場が見られるんだろう。

施設の排出者に落ちこぼれが一人もいないのは

何か遺伝子的な理由があるに違いない。

好奇心を抑えられなくなってしまった男は

研究員の静止を振り切り扉の中へと入ってしまった。


中は研究室のようになっており、男が入ると、

目の前に拘束され座らされている若い青年が助けを求めてきた。

「そこのあなた、施設の人間ではないのですね、どうか助けてください。」

「どうかされたのですか。」

「このままだとまた戻される、早く、早く助け」


そう言い終わらないうちに突如青年は天井から降りてきた

大きな装置から浴びせられる強い光に包まれ見えなくなった。

男が再び周りを見えるようになると、男の目の前から青年は消えていた。

その代わりに生まれたての泣き叫ぶ赤ん坊が。

驚きで声も出ない男はあっという間に研究室に入ってきた

職員たちに取り押さえられてしまった。


「こまりますなぁ、せっかく好意で施設を案内したのに勝手なことをされては。」

「な、なんなんだ今のは。」

「全ての人材を優秀に育てて施設から羽ばたかせるのが我々の使命です。

だから落ちこぼれには育て直しが必要なのです。

裏の世界での科学の進歩は素晴らしいもので、

独自の技術により肉体や頭脳の幼児化が可能となり、

何度でも育成にやり直しが効くようになりました。

今ご覧になった彼もなかなか成長が見られずこれで3回目の育て直しです。

毎回成長の記録は残され次の改善に生かされるわけですね。」


「なんて非人道的な。だいいち私をどうするつもりだ、秘密を知ったら殺すのか。」

「いえいえそんな。あなたも立派に育て上げて差し上げます。

今までの記憶は消えてしまいますがパッとしない今の人生を送り続けるよりは

ずっと幸せな将来をお約束しますよ…」

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