薬を飲めば

静かな室内でカタカタと、無数の音が鳴り続けている。

男は他のことに目もくれず仕事に取り組む。

目の前のこなした仕事の数が増えれば増えるほど達成感を感じることができ、

他のやつから一歩リードした気になれる。


この部屋は仕事に集中できるように、窓などは無く壁紙も暗いグレー色だ。

何台ものパソコンデスクが並び男の他にも作業をするものはたくさんいた。

ひたすらに集中してみな仕事に取り組むが、限界を感じたのか不意に立ち上がり部屋を立ち去るものもいた。

情けない奴め、と男は思った。この薬さえあれば集中が切れることはないのに。


男はパソコンの横に置いてある小さな小瓶を見た。

これを飲めば疲労が消え仕事以外の不要な考えや感情は、

ぼうっと酔ったように薄まっていく。

この小瓶は男以外の人間にも定期的に支給されるもので、皆しきりに飲んでる。

男もそれを手に取り一気に飲み干す。

多少の疲労感はぼやけてしまい、少し頭も冴える。

よし、やるぞと男は呟き再び作業に向かう。


そうして男は黙々と取り組み続け、疲れたら薬を飲み集中力を取り戻した。

働いたら飲み、そして働き、飲み、そうしているうちに男は何か違和感を感じた。

今日何本この薬を飲んでいるんだろう。

いや、待てよ。もっと言えば今、何時だ。何日だ。

俺はどれくらい働き続けていたんだ。


今まで薬で消されていた仕事と無関係な考えが生まれたのだ。

何のためにこの仕事をやっているんだっけ、いつから仕事を始めたんだ。

ぐるぐると疑念ばかり頭に浮かび薬を飲んでもそれは消えない。

我慢できなくなり男はキーボードから手を離した。

居ても立っても居られなくなると男は立ち上がり、

この疑問の答えがどこかにないかと部屋の外を目指した。


部屋の出口はすぐにわかった。

今まで出ようなど思って見たこともなかったし実際これが初めてだった。

男は恐る恐る扉を開けるとそこは何もない真っ白な部屋だった。

すっかり訳が分からなくなった男はきょろきょろと困惑しながら見渡した。


その姿をモニター越しに見た研究員たちは話す。

「被検体36番、薬に抗体ができたみたいだ。」

「そうか、これで6人目だな。」

「結構働き者だったんだけどな、まだ薬の力が足りないか。」

「やはり自問自答が始まってしまうと効果が薄まるのだろうか。」

「黙って目の前の作業だけやってればいいのにな。」

「ああ…」


モニターを眺めていた研究員はふと思う。

「この実験て何回目だったっけ。俺たちいつからこの実験を繰り返してるんだ。」

「さあ、どうだったかな。まぁいいさ。

細かいことは上からの指示に従えばいいだろうし。

まぁ余計なことは考えずにジュースでも飲んで頭を冷やせよ。

所長からの差し入れだとさ。」

「ううん…」

研究員は渡されたボトルを見つめた。

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