指示の通りに

ある日、男の家に宅配便が届いた。

受け取りに行くと配達員に小ぶりな包みを渡された。

「はて、何だろう。このところ何かを注文した覚えはないが。」

包みを開けると小さな人形が一つ。そのほかには小さな紙が添えてあった。

<日々迷いを抱える貴方様にささやかなプレゼントを>


人形は掌ほどの大きさで、顔は目が閉じている。

「なんだこれは、いたずらか何かか?」

そう怪しんだものの、さほど邪魔になる大きさでもないので男は部屋の隅に飾っておくことにした。

そうして奇妙な人形との共同生活が始まってしばらくしたある日、人形に変化が現れた。

それは、男が趣味の料理をしている時に呟いた独り言がきっかけだった。


「うん、いい線まで行ってるんだが少し味が物足りない気がする。

だがどの調味料を入れればいいのかわからない。どうしたものか。」

すると、人形の目が突如開き

「塩をひとつまみ、そこに胡椒を少々入れますと味が引き締まります。」

「なんと、こいつ喋ったぞ。驚いたな。機械か何かの類いだったのか。」

男はやや面食らいながらも指示通りに調味料を入れてみた。

「おお、これだこれ。確かに味が引き締まった。たいしたもんだ。」


その後も人形は様々な場で活躍した。

「すこしお腹が出てきたが最適なトレーニングには何が良いものか。」

「まずは有酸素運動からはじめると良いでしょう。具体的にはランニングなど…」

「今日の服選び迷うな。このシャツに合うコーディネートはなんだろう」

「ベージュのパンツが良いでしょう。加えてワンポイントで靴の色を…」

気づけば男はすっかり人形の指示頼りの生活を送るようになってしまった。

何か迷ったり分からなくなった時には真っ先に人形に聞くようになった。


そうして快適に暮らしていたが、ある日人形は急に何も言わなくなってしまった。

故障かと思い手に取ってみると、突如人形から機械的な音声が流れ出した。

「お試しトライアルをご利用くださりありがとうございました。

我が社の暮らしガイドロボットはいかがだったでしょうか。

引き続きご利用になる場合はご入金を。」

男は大慌てで入金した。

こんなにも便利なものを手放すわけにはいかなかったのだ。


「ふふ、随分と入金が集まってきたな。」

社長室のデスクで人形を眺めながら社長は呟く。

「人間というのは一度便利なものに慣れると、

自分の頭で考えることをやめてしまうものだ。

この人形の虜となりどんどん頭脳が衰え、

最後にはこれに頼りっぱなしになり使用料を払い続けるだろう。」

そう高らかに笑い、紙を取り出しながら

「さて、次はどんなビジネスを始めよう。

この素晴らしい頭脳で新しいアイデアを生み出すとするか。」


すると、その声に反応したのか目の前の人形が

「アイデアを考える上ではリフレッシュが不可欠です。

シャワー・コーヒー・散歩などがおすすめです。」

「ああそうだ、コーヒーを飲むんだった。頭を使う時はこれがないとな。」

そうして社長はコーヒーを入れる準備を始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る