怒りの権化
青年は気分転換に山に出かけた。
技術革新や社会制度の充実により、人々の暮らしは安定したが、
生活からはあらゆる刺激がなくなっていき、つまらない日々が続いていたからだ。
「はぁ、退屈だから山に来てみたが本当に何も無いな。」
そう呟きながら歩いていると大きな岩を見つけた。
岩にはしめ縄が巻いてあり、なんだか読めないが文字が彫ってある。
だいぶ昔に作られたもののようだ。
「こんなものがここにあったとは。」
そう青年が言うと
「ああそうだ、悪いか。のこのこきやがって何のようだ。」
と岩の方から声が聞こえてきた。
驚いて青年が見ると岩の前にゆらゆらと人影が現れた。
「わあ、何ですあなたは。」
「俺か?俺は昔この地で死んだ、いわば幽霊さ。」
「なんで死んでしまったのですか」
「昔は社会も荒んでいて政治もめちゃくちゃでな。
あらぬ疑いをかけられてこの山に追放されたんだが、
その理不尽さがやるせなくなって怒りのあまり死んじまったのさ。
ただあまりにも怒ってたんだろうな、
死んだ後もこうして魂が残ってしまって一人で怒りを抱えてるのさ。」
「はぁ、そんなことがあったんですね。よりによって憤死とは。」
「なんだてめえ、馬鹿にしたような言い草だな、そんなに間抜けな死に方だって言いてえのか。」
「い、いえそんな…」
「いいやそう思ってるな、ああだめだイライラしてきたぞ、お前にもこの感情を押し付けてやる。」
みるみる赤くなり膨らんだ男の体から赤い煙のようなものが吹き出すと、
それはあっという間に青年を包み込んでしまった。
青年は煙からかろうじて抜け出すと走って逃げ帰り、山を降りた。
「はぁ、大変だった。だがなんだろうこの感じは。なんだかムカムカするぞ。」
青年はそこで初めて自分に「怒り」が湧いていることに気付いた。
刺激のない日々で、今まで感じたことのなかった「怒り」を青年は初めて体験したのだ。
「なんだか強い感情と力が湧いてくるぞ。」
そうして青年は覚えたての感情に促されるままに、街に出てそれを発散した。
「はぁ、すっきりした。なんだこの爽快感は、今までに感じたことがないぞ。」
そうしてすっかり「怒り」の感情の虜になってしまった青年は何度も山に訪れ幽霊の出す煙に包まれた。
平凡で退屈な日常の中では、「怒り」は最大の娯楽となったのだ。
しかし、何度目かの訪問で幽霊は
「やあお前か、実はな、俺の怒りはもうすっかりなくなったんだ。
これで思い残すことはない、お前のおかげだ。ありがとな。」
と言い突如消えていなくなってしまった。
「おい、急にいなくなるなよ、俺に怒りをわけてくれよ、」
そう止める青年の声も虚しく山に響く。
「何だちきしょう、自分の都合で勝手にいなくなりやがって。
巻き込まれた俺はどうすりゃいいんだ、くそう、ふざけやがって。
こんな理不尽な話あるかってんだ、ふざけるなふざけるな…」
そう叫ぶと青年の血管は怒りのあまり破裂してしまい、
青年はばたりと岩の前で倒れ込み息を引き取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます