影をつける者
水木
第1話
「演奏順8番。神奈川県代表、黒崎樹。J.S.バッハ、平均律クラヴィーア曲集より 第1巻 第1番 ハ長調。に続きまして、ベートーヴェン、ソナタ 第8番 第1楽章。」
このコンクールで全国に行かなければ、プロのピアニストとして世界で弾く夢は潰えるだろう。まぁ、この世の中でピアノだけで食っていけるような人はほんの一握りだ。その輝かしい一握りになるかはこの1ステージにかかっている。
とは言っても、今回はじめて県を突破したような僕がこの場で1番輝ける自信はない。同世代の天才、「王子」も出る。しかも僕の1つ後。
そんなこと今、舞台袖で考えても仕方ない。この後の2曲に僕の全てを。
深呼吸をして、屈伸をする。ルーティーンみたいなものだ。
舞台にでて客席を見ると、逆光で真っ黒。今、この空間で輝いてるのは僕だけ。この瞬間が僕は好きだ。
演奏が終わって、舞台から降りると、当然だが袖に「王子」がいた。ああいう奴が世界に出ていくんだろうな。
「演奏順9番。東京都代表、皇湊。J.S.バッハ、平均律クラヴィーア曲集より 第1巻 第1番 ハ長調。に続きまして、ショパン、作品番号10番12の練習曲より第12曲ハ短調。」
彼はやっぱり輝いてた。
「えー、皆さん。とても良い演奏でした。が、コンクールなので順位をつけなければ…」
やばい、心臓がバクバク言って話が全然入ってこない。
「…お待たせしました。それでは、関東ソロコンクール、ピアノ部門、中学生の部の結果を発表します。これから呼ぶ3人は全国大会へ推薦。そして、最優秀賞、即ちち今日、1番輝いた人は12月に東京で開催される、日本ユースコンサートでコンチェルトを弾いてもらいます。では…」
(来い来い来い来い…)
「優秀賞、河野 遥人。同じく優秀賞、村野 葵。
そして、最優秀賞、皇 湊。以上3名を全国大会へ推薦します。」
終わった。今思うと結果を「来い」って待ってた時点であいつらとは違うんだろう。あいつらが日本の代表として弾くのを、ただの音楽好きとして聴いてるのを想像すると、なんだか虚しくなってくる。
ステージに呼ばれ、拍手を受ける3人をまっすぐ見て、称えることが出来なかった。
「えー、予選段階では発表しなかったのですが、今回の審査員であり、プロのピアニストである近藤先生たっての希望により、『審査員特別賞』を作ることに致しました。この賞は公的なものでなく、上位大会の推薦もないのですが、副賞として全日本ソロコンクールの鑑賞チケットと、近藤先生とのアポイントを先生本人がご用意して下さいました。
えー、では!
黒崎樹くん。舞台へ。」
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