警護遊戯 reW

春嵐

01セカンダリ・ツイスター

 危険だが、いい職場だった。待遇もいい。


 しかし、問題がひとつ。時間の融通が利かない。


 招集され、すぐに任務だった。指定した場所へ、車で向かう。

 ゴム弾が撃てる銃の携行が許可されているから、そこそこに難易度が高い現場なのだろう。課長からの、直々の任務指令。


『現場についてから詳細は指示するとのことです』


「ライバル1了解」


「ライバル2了解」


 助手席。ライバル2。彼の名前に二が付いているという理由で、任務中の彼はライバル2。自分は、ライバル1。名前に一は付いていないが、苗字が市川だった。通信先の女性は、ライバル69。なぜなのかは、知らない。


「天気崩れるらしいですね」


「こんなに晴れてるのにか」


 特別警備保障会社ライバル。合同会社保障セキュリティシステムズの、下請け組織だった。

位置取り的には、縦割りシステムの末端。ただ、組織化された警備会社の一兵卒とは違い、独立している。構成員も、縦割りシステムの枠に嵌められなかった人間が集められていた。


 自分は、要人警護で対象を撃ったことがある。


政治家が何かをして国外逃亡する際、保障セキュリティを頼った。圧力があり、保障セキュリティがそれを請け負いはしたものの、敵は作りたくなかったらしい。


内々に、対象を排除せよという命令が下った。要人警護なのに、要人を排除しなければならない。


とどのつまり、自分は使い捨てにされる。仕方がないので、政治家の足をゴム弾で打って骨折させた。政治家はその治療を理由にうまく海外に逃げ、自分は要人警護と目標排除の両方をこなして左遷。


そして、左遷先がここ。給料は本社の数倍なので、栄転といえば栄転かもしれない。


「ライバル1からコントロール。目的地到着」


名にもない、だだっ広い丘。公園とか、だろうか。近くには建物がひとつだけ。おそらく、この丘の管理棟かなにか。


『今から、嵐が来ます』


「天気崩れるって、それか」


『うん。天気も崩れるんだけど、どうやらね、芸能人がここら辺をほっつき歩いてるらしくて』


課長。

何かをストローで飲む音。


「課長。一人でなに涼んでんですか」


『いいじゃん。室内だし』


ライバル2。無線機を服の腹部分でめちゃくちゃに擦りはじめた。


『いたいいたい。耳がいたい。通信機こわれるよ』


「69。周囲の探索と人の数」


ライバル2がいやがらせをしている間に、69へ無線を繋いだ。


『探索は終了していません。人の数は、五十以上』


「すごい数だな」


『そうなのよ。任務は芸能人の護衛ですが、人の嵐と天気の嵐、両方から逃げ切ってほしいってものです。本社では荷が重すぎるので、うちに仕事が回ってきました』


「めんどうだなおい」


ライバル2が、会話に参加してくる。


「いやがらせはいいのか」


「帰ってから何か課長におごってもらうことにした」


集中している。さすがに、任務の難しさに対して実力を変える男。本社からは、職務怠慢を疑われてここに飛ばされたらしい。


『ほしいもの、ある?』


「周囲の気象情報と雲の動き、あと、太陽の当たり具合。30秒毎に欲しい」


『おっけい。69から常時送るね。端末でいいかな』


「大丈夫です」


「ゴム弾ですか」


『実弾で打つのはさすがにねえ。あ、でも、芸能人っていっても誰が芸能人かは分からないのね』


「は?」


『お忍びで来てる芸能人だから』


「やってらんねえぞ。護衛対象探すところからやれってのか」


『うん。だからね。撃っていいよ。ゴム弾』


「おっ」


ライバル2の目が、輝く。


「暴れてもいいってわけだ」


『このご時世に外に出て遊びほうけてる芸能人だから。数発ぶちこんじゃいなさい』


「よっし」


「ライバル1、ライバル2。任務開始タスクスタート。情報を端末に」


『69。任務開始了解。以降、30秒毎に気象情報と日射方向を端末へ送信します』


「確認した」


車を出た。銃は持っていない。少し遅れて、ライバル2が車を出る。


「ほいさっ」


銃が投げて寄越される。受け取って、ホルスターから素早く取り出す。近場の人間に撃ち込んだ。2発。


「おい。いきなり」


「対象発見。保護する」


「は?」


「ひとりだけサングラスと服の値段がおかしい。百万を越えるぞ、そのファッションは」


「うわあ。まじすか」


「腕に軽く当てただけだ。打撲。折れてもいない」


ライバル2が、芸能人を強引に立たせる。


「警護会社ですよ。はい。名前言って。言わないと腕折るよ」


芸能人。それっぽい名前を口にした。


「69。名称確認。伊野噛市隼いのかむ しじゅん


『芸能人です』


「変な名前だな」


「芸能人だからだろ。さて。人が来るぞ」


来た。


「うわっ」


若い女性。大挙して押し寄せてくる。


「位置取りはこのまま」


ライバル2。芸能人を立たせたまま銃を構える。


端末。


「はい、逆光」


太陽が、雲から出てくる。熱い。しかも直射日光。若い女性の群れが、太陽の光でこちらを見失う。


「よし。車まで走る。一分も経たないうちに嵐だ」


「はい。イノカムさんも走って。行きますよほら」


再び、太陽が、隠れる。若い女性。再び、走ってくる。


銃口を上に向けて、威嚇射撃。2発。


止まる気配がない。


「命が惜しくないのか」


「熱心なファンなんでしょ」


「仕方ないな」


走ってくる女性の先頭。1発、足に。次にも、1発。


「ゾンビを撃つゲームだな」


端末。


「やばい。風がすごいぞ」


「えっ」


突風。


突然の雨。


「嵐っつうか、竜巻の類いだな」


『ライバル2。車への護送完了。出しますよ。ライバル1も乗ってください』


「俺はいい」


『はあ?』


「ゾンビ共を足止めしないと、車の通る道がない」


『んなあほな』


「よくわからんが、あの連中、死ぬ気で来ている。ファンというよりフーリガンだ」


風が強い。通信もしんどくなってきた。


「丘から出て建物の隅、そこで少しだけ待て。ピックアップだ。上からエントリーの可能性もあるからルーフ開ける準備しとけ」


『この風でルーフ開けんのはだるいなあ』


「まっすぐエントリーできるように祈っとけよ」


『建物の隅で待機。がんばってくださいよ』


風。巻いてきた。視界がとれない。雨もさっきより強い。


しかし、止まらない。すさまじい量の若い女性。


「ツイスターがふたつだ」


走った。これだけの視界。おそらく、芸能人なのか自分なのかの区別もつかないはずだった。撹乱して、芸能人がここにいると思わせてから、離脱する。


走った。


「こっちだっ」


声をかけた。何人かが誘導されて、こっちに向かってくる。本物のゾンビかよ。


つられて、大挙してくる。


銃を構えた。


「うわっ」


横。木の棒かなにかが、飛んできた。銃に当たる。


「射角も何もないな」


でたらめに撃ちつつ、後退。


「あっちだっ。あっちに行ったぞっ」


声を張って、叫ぶ。


大混乱になった。雨と、風と、女性の嵐。


「よし」


走った。なんとかぎりぎり、這うように姿勢を低くすれば、風は逃れられる。上方向への風。端末の情報が、役に立った。


車。建物の隅。


「エントリー。左の扉だ。カウント3」


『左の扉3、2、1』


開いた。飛び込んだ。


「出せっ」


「おっす」


車が走り出す。


「なんだったんだあれは」


「あ、すいません」


芸能人を蹴っ飛ばして乗ってしまっていた。


「あ?」


やわらかい感触。


「おっと、これは失礼」


この芸能人、女性か。






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