蠱惑な彼女
プラのペンギン
第1話
高校の卒業式に幼馴染は出席しなかった。普段から出席率はよくなかったけれど、それでも彼女は決して卒業式のような大事な式典を欠席するような人ではなかったはずだろう。2年の頃から休みがちで、その時話したら家で仕事を始めてそこそこ稼いでいるらしかった。だからきっと学校に行くのが馬鹿らしくなったのだろう。それでも、文化祭や体育祭、修学旅行とか行事には必ずやってきた。美人だったから男子から人気あったし、女子からも愛の告白をされることもあった。それらをことごとく断ったので彼女の人間関係は割と崩壊的であったことも確かだろう。ある意味、人間関係的な要因も欠席に関与していると考えられる。彼女が学校に来た日には大体は彼女を喋ったが、受験で忙しくなると話すことも少なくなった。卒業式当日には彼女がいないことを気にかける人もあまりいないように見えた。
式が終わったあと、流石に気になり久々に彼女の家の前、「
「こんにちは。お久しぶりです。
「あら、あゆむくん。あらあら、ちょっと待っててね」
おばさん、つまり要のお母さんは少し困惑というか驚いたような声だった。無理もないだろう。なにせ約1年ぶりの訪問なのだ。僕だって一年ぶりに友達の家族とあったらびっくりする。やっぱりもっと来ていればよかったなど後悔していると玄関のドアが開き、おばさんが出てきた。
「おまたせ、あゆむくん。まずは卒業おめでとうね。それで、要のことなんだけど、……もしかして要からなにも聞いてない?」
特になにも聞いていないというか話していないが、一体どうしたと言うのだろうか。もしかして病気とか、そういう重たいものの話だろうか。
「あら、あの子あゆむくんにも言ってないのね……。とりあえず入って入って」
僕はなんだかわからないままおばさんに招き入れられ哀原家にお邪魔した。家の中はほとんど変わっていなかった。リビングもダイニングもいままで通りで、変わったことというと、テレビが新しくなっていることと、テーブルの足に靴下がついていることくらいだ。普通に生活していればそれくらいは変わるだろうという、いわば変わったことに含まれないようなことだった。しかし今思えばもっと変わっているところがあったかもしれない。……というのは別になんとなく伏線のように思われるが別にそんなことはなくて、今適当に考えただけなのだ。
「それで、要はどうしたんですか?今日の卒業式にも出席していないですし、なにかあったんですか?」
おばさんは苦笑いしたような顔のまま黙っている。おじさん、つまり要のお父さんを見ても同じ反応だった。しばらくの沈黙のあと、おばさんは紙になにかを書き始めた。それを見たおじさんが咄嗟に声を出した
「おい、いいのか?要に怒られないかな……」
「怒られるかもしれないけど、あゆむくんだし、いいと思うの」
おじさんは、お前がいいならいいんだが、と言って飲みかけのコーヒーを飲み干した。苦そうだ。おじさんが苦いコーヒーを飲んでるときは多分悩んでいるときだ。多分。そうだった気がする。もしかしたら普段から飲んでいたかもしれない。約1年ぶりだから覚えてないな。
おばさんはなにやら住所の書いてある紙を僕に渡した。一体何があるのだろうか。
「ちょっと前からね、要は一人暮らししてるの。お金が稼げるようになってから、独り立ちしたいって言い出してね。でもそしたら余計に学校行かなくなっちゃったんだからほんとに困った娘よね。誰かに聞かれたら家出したって言っといてほしいって言われたけれど、あゆむくんならいいかなって思うの。もし本当に行くならどんな様子か見てきてくれるかしら。なかなか連絡してくれなくて私たちも心配なの」
なに?一人暮らしだって?初耳だ。しかしこれに関しては僕にも非があるかもしれない。もっと話していれば知っていたかもしれない。これを非と言っていいかはわからないが、僕の心境的な是非で言ったらおそらく非であろう。自分は幼馴染なのだからしっかり彼女のことを気にしているべきだという個人的な考えからすると、これは非になるのだろう。
哀原家を出たあと、スマホで住所を調べると築7年ほどの少し広めの2LDKのアパートだった。一人暮らしには広すぎると言っても過言ではない。家賃が高そうだ。距離もそれほど遠くないので、おばさんたちも行けばいいのにと思うが、彼女のことだから来るなと強く言いつけておいたのだろう。それに哀原家は一人娘の要にすごく甘いので、家庭内でのヒエラルキーの頂点に立つのが要なのである。だからおじさんですら要に怒られることを恐れているのだ。
アパートの前には住人のものではなさそうな置き方の自転車が数台あった。友達をよんで遊ぶとこうなるなということを思い出して、感傷に浸るが別にそれほどそういうシチュエーションが久しくないのだと気づき、感傷は幻であることに傷ついたのだった。部屋は201ということで、外階段を上がる。インターホンはカメラ付きで、つまり今どきでちゃんとしているものだった。いざインターホンを押そうと思うとなかなか緊張するもので、少し服装と息を整えてから一言「よし」とつぶやいてからボタンを押した。インターホンからは気怠そうな声で「はい」と聞こえてきた。これは要の声だ。それはわかる。
「歩だけど、おばさんから家の場所教えてもらったんだ。ちょっと話そうぜ」
「……5分だけ待ってくれるかしら」
僕は「おう」といいかけたところでインターホンが切れた。5分というのだからきっと部屋の片付けかなにかであろう。僕も自室に友達を呼ぶときはすこし掃除とかしてから招き入れるのだから、これは自然なことだろう。
この時間を使って要に関して色々思い出したいと思う。つまり人物紹介である。フルネームは
そんなことを考えているとドアから鍵の開く音がした。
「久しぶり歩、入っていいわよ」
相変わらず冷たいと言うか、無感情な喋り方だった。変わっていないようで嬉しいような、寂しいような。それと服装が少々開放的だなと思った。Tシャツに短パンだ。女性の家での姿なんてこんなものだろうか。恥ずかしながら、女性経験がないのでわからないのだ。特に仲の良い女子もこの要くらいしかいないのである。女子の友達もいないこともないが、それほどの仲ではないのだ。
「あれ、他にも誰かいるのか」
玄関には要のものではなさそうな靴がいくつかあった。来るタイミングが悪かっただろうか。
「えぇ、お友達がちょっとね。でももう帰るから気にしなくていいわ」
「そ、そうか。なんか悪いな」
「どうして悪いと思うのかしら。久々にあった友人のためなら他の友達に帰ってもらうことくらいするわよ。もし悪いことがあるのだとしたら、それは私でしょう。自分の勝手な気持ちで友達に帰ってもらうんですから」
僕は「そうか」としか言えなかった。なんというかテンションが高いように感じた。生活にそこそこ満足しているのだろうか。すくなくとも苦しんでいたり、悩んでいなさそうで安心した。要が廊下を抜けリビングの扉を開けようとするよりも先に向こう側から扉が開けられた。高校の制服を崩して着た女の子が2人慌てて飛び出てきたのだ。とても慌てているようだった。
「お邪魔しました!楽しかったです。また来ますね要さん!」
と言ってそそくさと出ていった。要は「私も楽しかったわよ。またね」と言って手を振っていた。うちの高校ではないなと思い、要に他の学校のそれも後輩の友達がいるなんて意外なことこの上なかった。リビングにはまだ他に人がいた。ひとりは近所の小学校の制服を着ている女の子で、もうひとりはレディーススーツを着た女性だった。ふたりとも急いで靴下を履いていた。女だけの空間に突然男が来たらそうなってしまうだろうか。わからない。スーツを着た女性は「じゃあ、またね」と一言言ってさっさと帰って行った。小学生の方はとても慌てて、靴下をちゃんと履けないまま出ていってしまった。それにしても年齢層の広い友好関係だ。小学生から大人まで仲良くしてるのは結構珍しいのではないだろうか。しかしこれでやっと話ができる。
「どうしたんだよ要、お前が卒業式を欠席するとは思わなかったぜ。大学とかどうなったんだ?」
「どうしたもこうしたも無いわよ。あなた何も聞いてないの?」
一体何を聞いていればいいのだ。おばさんも同じようなこと言ってた気がする。
「私に資格がなかったからあの場にいなかっただけよ」
「資格って……」
卒業式に出る資格。それは一つだけなのだ。
「ちょっと、計算違いをしてしまったの。名前を忘れたけれど、担任の言う話によると出席日数が足りないらしいわ。つまり留年というやつよ」
まるで要の口から出るとは思えない言葉だった。留年したということはつまり、卒業資格がないということだ。それなら確かに卒業式には出られないだろう。読んで字の如く、資格がないのだ。
「え、じゃあ、お前どうすんだよ」
「私たちの高校は通信制があるじゃない?それに転校することを勧められたわ。それなら学校に行かなくてすむし良いと思ってるの。収入はあるし困ることはないのよ」
「いいのか、それで」
いいのだろうか、これで。実際世間体はよくないだろう。高校生で留年して通信制にいくのはわかりやすい落ちぶれだろう。いくら常識にとらわれないと言ってもこれではさすがに度が過ぎているように感じる。しかしこれでも主観的で要から見たら学校などはどうでもいいことであるかもしれない。世間体などを気にしないのは昔からだったが、ここまでとは思わなかった。
「私は納得しているからいいのよ。それに今の生活には満足しているの。やってくる女の子たちはみんな可愛いしね」
突然の女の子の話題に違和感を覚えずにはいられなかった。急にそれが気になりだしたのだ。よく考えてみるとおかしな話だ。20代後半かと思えるような女性を”友達”として女子高生や小学生と一緒にお話なんて、普通あるだろうか。
「はあ、それにしても友達の幅が広いな。スーツの人は20代だろ?」
「ムツミさんね。彼女はとても綺麗で大好きなの。私が他校の文化祭に行ったときに出会った高校教師なの。最初のうちは私と遊んではいるけどけれど、教師という立場上学校に行っていないことを快く思っていなかったようだけど、それももうどうでも良くなっちゃったみたい。ジャージ姿でパイプ椅子に座って休憩してたときに綺麗ですねって言ったら懐いちゃったの」
相変わらず無表情で淡々と語る彼女はどこか恐ろしいようで美しく見えた。
「もうひとりはキサキちゃんね。キサキちゃんはっとても可愛いのよ。最初は名前がコンプレックスでうつむきがちだったけど、私が可愛がってるうちにどんどん明るくなっていって、今ではすっかり人気者らしいわよ。男の子にも告白いっぱいされてるけど断ってるんだって。私の方が好きみたい。かわいいでしょ」
とても饒舌だ。オタクが好きな作品に関して語っているときのようだ。喋るスピードは違うけれど。
「なんだかまるで恋人がたくさんいるみたいだな。なんか意外だよ」
呆れているのかもしれない。
「恋人なんてそんな大層なものではないわよ。ただのお友達なのよ。あの娘たちは」
お友達を強調して言われるとどうも気になってしまう。それはあえて強調するところなのだろうか。僕が発言したのはまるでというあくまで仮定の話であって、それにあえてお友達であることを強く主張するのは他意があるのではないだろうか。要は賢いからそんなことまで考えて喋っているのではないかと思ってしまう。しかし、思い出してみれば今までもそういう無駄な強調をするような喋り方をしていた気がする。
ところで仕事って一体なにをしているのだろうか。おばさんたちも教えてくれなかったし、この機会に聞いておこう。要との会話は機会を失うと永遠に次の機会は無いと考えた方が現実的なのだ。
「なあ、要」
「なにかしら」
「仕事ってなにをやってるんだ。ずっと気になってたんだが、聞く機会がなかったと思ってさ」
「私が今やっているのは、占い師よ」
「占い師!?なんでそんな……、よくそれで一人暮らしできるな。一体どんな仕事形態なんだ。」
意外すぎる。占いを信じていなさそうな彼女が占い師をするなんて、そんなことがあるのだろうか。
「占いって簡単なのよ。統計とかそういうのと適当に誰にでも当てはまりそうなことを言うだけでみんな信じてお金を払うの。正直言って詐欺師と言っても過言ではないわね。占い師の前はお悩み相談室みたいなことをやっていたのよ。どっちも本質的には同じなの。占いは私の提示した記号を、自分の中にある近似的な記号に当てはめて自分のことだと思い込ませる。悩み相談は相手の話を親身になって聞いてあげて、当たり障りないとこを言ってあげることで満足させる。前者も後者も自分の中にすでにある答えを気づかせてあげることが重要なのよ。別に私がなにかすべきことはないのよ。自分の問題は自分でしか解決できないの。占い師の次はなにをしようかしらね」
無情な話だ。この要という女は他人に対して感情を抱いていないのだ。ただ、そういう仕事で一人暮らしができるほど稼いでいるのだから、これは一種の才能なのであろう。きっともっと他に活かせる仕事があるのだろうが、彼女はこれからもこういうことを続けるのだろう。
「なんというか、お前は詐欺師とかになったらとてつもなくうまくいきそうだな。演技は下手そうだけれども」
「詐欺師……、考えておくわ」
考えておかないでくれ。頼むから。テレビに詐欺師として取り上げられて、新聞の一面を飾るお前を僕は絶対に見たくはない。僕は一言、
「やめてくれ」
彼女は僕を睨みつけて
「……冗談よ」
冗談に聞こえないのだ。冗談は面白く言って場を和ませることが大前提であって、面白くないこといって場を凍らせることではない。
少し、未来のことを話すべきだろう。いくら通信制と言っても、勉強はしなくてはいけないし、いくら頭がいいといっても要の場合、学校の授業だけで全てが補完されるタイプで自分での勉強は課題以外やらないのだ。それはどうするのだろうか。うちの学校偏差値65だぞ。それに付随する通信制もレベルが高いはずだ。いやわからないけど。
「お前、教師なくてどうするんだよ。家庭教師でも呼ぶのか?それとも塾でにも行くか。塾は行かなそうだな。絶対に自分からは勉強しないだろ」
要は黙ってパソコンを眺めている。それで、前を見たまま口を開いた。
「歩の大学はどこだったかしら」
「え、僕は、西都市大学だけれども。それがどうかしたのか」
これは自慢ではないが、西都市大学は国内トップレベルの大学で、流石に一番ではないが、西都市大学ですっていうとお~と言われるくらいの大学である。頑張ったのだ。褒められていいことだ。むしろ自慢してもいいくらいのことなのだ。
「どうせ大学生は暇なんでしょうから、週に何回かうちに来て教えなさい。高校の内容なら簡単でしょう。少なくとも私に教えるくらいのことはできるはずでしょう」
信頼されている、頼りにされていると考えればそうであることには変わりないのだが、どうもいけ好かない。ないがしろにされている感じだ。僕に拒否権は無いのだろう。それに正直、別に要のことは嫌いじゃないし、むしろまあ、どちらかというと好きな方に分類されるのだろうから、要の家に来る口実になるこの提案を僕は拒否することができない。むしろチャンスだろう。そう捉えるべきだ。よし。
「まあ、いいけど、あんまり期待しないでくれよ。教師とか教える側のノウハウとかはないんだからな」
「ええ、期待してないわ」
それはそれで悲しい。おかしな話だ。自分で自分を卑下したり、家族を悪くいうことは普通でも、同じことを自分以外に言われると腹立たしく、怒らずにはいられなくなる。それが事実だったとしても。
「わかった。とりあえずわかった。僕の教え方はスパルタだからな」
「ええ、楽しみにしているわ。せいぜい私に置いていかれないようにすることね」
お前はすでに僕に置いていかれている。
「それと、勉強教えに来るときは毎回部屋を掃除させてもらうからな。僕の部屋より汚いぞ」
要は目を丸くして驚いたような、あくまでような表情をして僕を見た。僕に部屋の汚さを指摘されたことが随分遺憾だったらしい。覚悟しておけよ。
蠱惑な彼女 プラのペンギン @penguin_32
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