第586話 春に向けて

 冬の調べ物の資料は、春になるまでにまとめて領主たちにも渡しておく。騎士の数や質を一定以上に保っておくべきは地方の領主でも同じだ。それが叛乱の火種となることもあるだろうが、それについては少なくとも数年以上は考える時間がある。


 そんなことよりも、問題は私とジョノミディスがバランキル王国に帰る時期をいつにするかということだ。


 四月に入り領地に帰ってしまう前に公爵たちを集めて彼らの意見も聞く。もしも、公爵から見て今の王子は頼りなさすぎるという意見が出れば、帰還を延長せざるをえない。


「少々幼いところがあると感じることもありますが、おおむね問題ないのではありませんか?」

「そうだな。今度は北で噴火が起きたりしない限り大丈夫だろう。」


 ザッガルド公爵に同意しながらチェセラハナ公爵は笑いながら言うが、そんな大災害が立て続けに起きるとはだれも思っていない。もしも本当に起きてしまった際、完璧に対処できる人物というのもいないだろう。


「モジュギオ公やヒョグイコア公はどう思う?」

「これまでの方針を大幅に転換するようなことがないならば言うことはない。」

「不安といえば不安ではあるのだが、ならばいつならば、どうなれば良いのかという話にもなる。具体的な基準を示すことができぬ以上、強く言うことはできぬだろう。」


 復興もままならない被災地を知っているだけに、ヒョグイコア公爵の顔色は晴れない。しかし、復興は地道に十年以上をかけて進めるしかないと結論が出ている以上、いつまでも不安視されていても困る。


 それに、第三王子スメキニアはすでに十九歳であり、私たちが噴火の報せを聞いた時と同じ年齢になっている。第四王子ギュネスイエも十七歳であり、私たちがこの国ウンガスにやってきた年齢だ。


 私たちと違って王族としての教育を受けてきているし、能力的に問題があることはない。問題があるとすれば周囲との信頼関係なのだが、それもウンガスに来たばかりの私たちよりずっと良いだろう。


「来年には第五王子メキゼリオもお戻りになられるかと思うのだが、それまで待つ選択肢はないのですか?」

「やはりその意見は出ますか……」


 あと一年と少しなのだから、それを待って万全な状態で王宮の体制を整えてほしいという意見は分かる。しかし、私としても年齢的に限界なのだ。これ以上、出産を先延ばしにしたくはない。


「噴火やネゼキュイアからの侵攻がなければ、其方そなたらも不安を口にはしていなかっただろう。違うか?」


 ジョノミディスが言えば、公爵たちも難しい顔で考え込む。


 これといった災害もなく、順調に各地の産業が回復していたとすれば。その状態を想像してみると、多くの公爵は楽観視していたのではないかと思われる。


「確かにそれは言えているな。順風満帆を引き継ぐのであったならば、少々の未熟を殊更に気にする者もなかっただろう。ならば、殿下のお力をこれ以上不安視するのは無礼というものだろう。」


 ヨドンベック公爵の結論に、他の公爵も全員が頷いた。


「それで、いつ頃バランキル王国に向けて出発する予定なのだ?」


 手を打ち話題を変えるのはオードニアム公爵だ。当然、時期の話題になるとは思っているしどうするか考えてもある。


「山の雪解けは待たねばならぬからな、どんなに早くても五月になってからだろう。」


 雪でも構わず走れる二足鹿ヴェイツで行くならば、もっと時期を早めることもできるのだが、残念ながら今回はそれはない。

 私とジョノミディスの分の二頭だけならば確保できなくもないのだが、残念ながら騎士全員分となると少々無理がある。


 いくらなんでも騎士を置き去りにするわけにもいかないので、出発は雪解けに合わせることになってしまう。


「ならば、我が孫と同道してもらえぬか?」

「五月末ならば我が子の出発にも間に合うのだが、調整していただくことは可能だろうか?」


 そう言ってくるのはオードニアム公爵とヨドンベック公爵だ。確かに、彼らの領地からバランキル王国に行こうとすると王都の付近を通ることになる。


 彼らにとってバランキル王国は未知の土地だ。途中まででも私たちがついていれば心強いのは確かだろう。しかし、そうなると他の中小領地がなんと言いだすかが分からない。


 あまり馬車隊の規模が大きくなってしまうと船に乗り切れないし、山越えの列も長くなりすぎてしまう。それでも敢行したノエヴィス伯爵という例もあるのだが、あまり無茶なことはしたくはない。

 途中の町での宿泊も四、五十人が限度だ。百人とかいう人数で行っても、小領主バェルの邸にはそんな数の客室はない。


 困ったことになったとジョノミディスと顔を見合わせる。下手な約束はしないほうが良いだろうが、一体どのように言えばいいのかが難しい。


「我々は五月二十一日に発つ予定だが、同道は許可するともしないとも言えぬ。たまたま時期と経路が重なってしまった場合に変更せよと命じることもできぬ。」


 わざとらしい言い方だが、それが精いっぱいだ。その日程で間に合うならば彼らが頑張って調整すればいい。


 会議が終わると、公爵たちもそれぞれの邸にもどっていく。南の領主は数日後にも王都を離れる予定のはずだ。領地に帰る準備を進めていかなければならない時期のはずだ。



 春分の頃には西や東の領主たちも出発していく。オードニアム公爵とモジュギオ公爵も明朝には出発だと挨拶にやってきた。


「いろいろと世話になった。よく協力してくれて感謝している。」

「あなた方と顔を合わせるのもこれで最後ですね。こんな寂しくなるとは思ってもみませんでした。」

「いや、何を言う。今生の別れということもあるまい。」


 モジュギオ公爵の方こそ不思議なことを言う。ブェレンザッハからウンガス王都までの距離は、モジュギオから王都までよりもずっと遠い。二足鹿ヴェイツがあるならばいざ知らず、当分はない予定だ。


 彼らのことを嫌っているわけでも憎んでいるわけでもないし、この国この土地にもそれなりに愛着のようなものもある。なんだかんだとウンガス王国には六年近くもいたし、何も感じないはずもない。

 しかし、私が第一にすべきはブェレンザッハで、その次はエーギノミーアだ。さらにバランキル王国全体があり、ウンガス王国の優先度はその次でしかない。


 つまりバランキル王国に帰った後は、よほどのことがなければウンガス王国に来ることはないはずなのだ。それくらいのことは、モジュギオ公爵にもわからないはずがないと思う。


「そうそう会う機会などないはずですけれど、私たちが来なければならないとは、いったいどのような事態を想定しているのですか。」

「殿下の結婚式があるだろう? 其方そなたらは来ぬつもりか?」

「待ってくれ。それは、我々も呼ばれるのか?」

「招待せぬわけにはいかぬだろう!」


 モジュギオ公爵は声を大きくするが、そう強く言われるとそんな気がしてくる。それは考えていなかった。いや、考えたくなかったのかもしれない。


 私たちが招待されるならば、ハネシテゼも招待名簿に載るだろう。実際に応じるかは別として、王子側としては招待しないわけにいかないはずだ。そして、ハネシテゼの性格を考えると、やってくる可能性が非常に高い。


 とすると、私たちも同行することになるのは想像に難くない。私たちはいかなくていいなどと、ハネシテゼが言うはずがないのだ。


 その時がきたらその時に考えることにして、とりあえずは公爵との挨拶を済ませる。


「これは困ったな。結婚式の日程が決まったらできるだけ早くに連絡が欲しいが、そう言うと招待を要求しているように聞こえてしまう。」

「直接言うのは悪手でしょう。あくまでも一般論として、連絡は早めを心掛けるようにと言うに止めておくべきかと思います。」


 最悪、私を引き合いに出しても良いだろう。最近は改善しているつもりだが、かつては報告や連絡が遅いと叱られたものだ。

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