第585話 冬に

 各領地での騎士の数の問題は、ここで話をしても解決案が出てくるものでもない。当事者から詳しい話を聞くことも必要だし、領主全体の会議の場で取り上げるべき議題だということだ。


 会談が終わると、議事資料を急いで作成する。当面の間は、余った騎士は復興作業にまわしてもらう方向で考えれば良いだろうと思う。もちろん、それがどれだけ上手く機能するかは分からないし、永続的な解決法でもない。しかし、今のところは全領地に共通する課題として認識してもらえればいいだろう。


 数日後に会議に臨めば、やはりこれといった良案は出てこなかった。しかし、危機感を抱いている領主もいくつかあることが分かっただけでも議題として取り上げた価値があっただろうと思う。これに関しては数年かけて模索していくことにしていけば良いのだ。


 領主会議におけるもう一つの大きな議題は肥料の改善についてだ。ただしこれはは現在調査中であるという前提で概要を知らせてやるだけである。一部判明している結果は共有してやるが、各領地でも工夫してみてほしいと思う。


 それ以外は例年通りに治水や街道の工事、物資の流通などについて報告や要望を取りまとめる。調整は簡単ではないが、会議が紛糾するほどでもないのは全体的に前向きに進んでいる実感があるからだろうか。噴火の被害があった領地でさえも各種産業の復興は順調なようで、地域ごとの特色の強い織物や土焼き物の流通が今後増えていくことが期待できるらしい。


 会議がすべて無事に終了し、年も明けると領主たちは自慢するように各地の特産品をもってお茶会にやってくる。石彫品だと重くて持ち歩けないものが多いが、小型の陶磁器や木彫品、織物、革などであれば手に持って運ぶのも容易だ。


 その中でも最も目を引いたのは、南西部で作られる青い漆器だ。私としては漆器とは暗めの色で作るものと思っていたのだが、そうでもないらしい。


「美しい色だな。このような器は初めて見る。」


 見事な青い器に目を丸くするのはジョノミディスだけではない。二人の王子も目を見張るのだから、ウンガスでも珍しい部類のものなのだろう。


「この青を作るのに、職人がかかりきりで二年は必要なのです。染料は花から採るのですが、不思議なことに青い花は一つも使わないのです。」


 花を押した紙をいくつか広げて自慢げに語る。並べられたものを見ると、黄や緑、紫と色とりどりであるが確かに青がない。

 これらを混ぜて青になる理屈は分からないが、繊細な作業が必要だという説明は真実味が強い。

 侯爵がその説明をするのも十数年ぶりなのだろう。声にやたらと熱がこもっている。


「危うくその技術が失われるところでした。産業復興の着手があと数年遅ければ、手遅れになっていたことでしょう。」


 一通りの説明が終わると、侯爵は最後に頭を下げた。かつての技術をもつ職人は、復興を始めようと思った時にはほとんどいなくなってしまっており、年老いた熟練の職人に指導をさせ若手の職人に技術を伝承させて、なんとか繋ぎとめることに成功したという。


 職人が失われてしまえば、関連した技術を取り戻すのには膨大な時間と人手が必要になってしまう。それで試行錯誤の末に同じところに辿り着ければまだ良く、悪ければ二度と取り戻すことができない。


 幸いなことに、どこの領地からも技術が完全に失われたという話は聞いていない。もしかしたら以前とは別物になっているものもあるのかもしれないが、同程度のものは作れているならば問題とすべきでもないだろう。



 産業の復興が上手くいっているのは、小物や布の類だけではなく、お菓子や香辛料などの食べ物、あるいは酒類を増やしている地域は多い。


 酒の種類も豊富だ。果実から作るのが一般的と思っていたが、麦や芋、豆などからも作られるらしく実に多種多様な酒が持ち込まれている。


 それらを楽しみつつ過ごせば、ゆるやかに季節は過ぎていく。魔物退治も騎士に任せとても余裕のある時間を過ごすことができたが、決してやることが完全になくなってしまうことはない。


 ウンガス王国の政治とは別にして、古い書庫で調べたいことがいくつかあるのだ。


 一つは完全に興味本位で、神代戦争についての資料だ。子ども向けの御伽噺だとばかり思っていたが、少なくとも一部は事実であることは間違いない。ならば気になるのは到底事実とは思えなかった魔法についてだ。


 空を翔ける魔法はすでに修得したし、別世界から英雄を招くこともできるのだと分かった。それ以外には、人を蘇らせる魔法と天候を操る魔法が物語には出てくる。


 人を蘇らせるのもとても危険な気がするが、傷や病を癒すことができるならばとても便利だと思う。大雨や大風を弱めることができれば、災害被害も減らせるだろう。


 ただし、これらは見つかる可能性が低いと思っている。何千年も前に書かれた書物は、その殆どが朽ちている。紙というのは、もっても二千年が限度なのだと思われる。


 木箱をよけた奥にとても古そうな石箱を見つけても、開けてみると書物と思しき物の残骸しかないことも多い。辛うじて読める物を見つけても、古くても二千年前程度なのだ。


 それでも、千年前の騎士の数や森の面積が分かるような資料が見つかれば、もう一つの目的は達することができる。


 千三百年ほど前の記録に南方で噴火があったと見つけたものは、王子に報告したうえで文官に任せておけば良い。過去にどのような被害があり、どのように対処したのかは重要な情報だ。


 岩の魔物や赤空龍などの記録も見つけられれば良かったのだが、やはりと言うべきかそれらしきものは出てこない。そんな簡単に見つかるならば、誰かの記憶に残るものだ。


 一方で、騎士の数の推移はあまり気にされてきていない。大型の魔物を退治に行けば犠牲が出ることも珍しい話ではなかったし、叛乱騒ぎなどがあれば尚更だ。


「やはり、予想通りだな。」

「数字を並べてみると一目瞭然なのに、今まで誰もやってこなかったのですね。」


 八百年前から王宮の抱える騎士の数を並べていくと、極端に減っていることが度々ある。そのうちの一度は病気の流行のため完全に別の問題の話だが、二度の内乱と二度の魔物の犠牲というのは、騎士の数がかなり多い状態が五十年以上も続いた後で起きている。


 騎士の数が少ない時には叛乱もなく、魔物の犠牲も目立って多くなることはないのに、多い時に限って大事件が起きているのだ。


「騎士の数が少ない時に叛乱がないのは何故だと思う?」

「地方の騎士の数も減っている時期なのではありませんか? 内乱があって騎士の数が減るのは地方も同じでしょう?」

「叛乱には関係のない地域は、あえて危険を冒そうと思う領主ではなかったということか。まあ、確かに理屈は合うな。」


 騎士の数が多いときに叛乱が起きるのは、抑えが効かなくなってしまうためだろうと思う。人数が多くなれば意見のすり合わせの難易度は上がるし、目が届きにくくなる分だけ勝手なことをし始める者が増える。


 もし、その時期に騎士の質自体が落ちていればなおさらだ。


「質の低下は魔物の犠牲の増加が示しているといえるな。」

「隊が一つ壊滅しているとしか思えない数字なんですよね。岩の魔物と戦ったわけでもないのに。」


 現在の王宮の騎士が対応しても、岩の魔物が相手では百人で出て半数ほどを犠牲にするくらいだと思う。犠牲なく確実に勝利するには〝守り手〟の協力を仰ぐべきだ。


 もっとも、今の第三王子スメキニア第四王子ギェネスイエならば、二人で連携をしっかりと取れば、岩の魔物を犠牲なく退治することもできるだろう。


 しかし、それに頼ってしまっては騎士の質は過去の事例よりも急速に落ちていってしまうだろう。そして、王子が年老いた頃には大型の魔物に対抗できるだけの力が失われてしまっていることになるのだ。


 騎士の質が低下しないようにどう対策するか。すぐに良案は出ないが、過去の事実を騎士に伝えることは必要になるだろう。私にできるのはそのための資料作りだ。

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