第261話 人の地に戻って
陽が傾いてくると何も言わずとも銀狼は引き返し、村まで戻って来てくれた。村に着いたときには陽は沈み、暗くなってしまっていたため、馬の番を任せていた騎士をかなり心配させてしまった。
「遅くなって済まぬ。」
「お帰りなさいませ、ジョノミディス様。」
私たちが近づくと、四人は整列して迎える。野営の準備は既に済んでいるようで、鍋には粥が出来上がっている匂いがする。
背を下りると、銀狼はそこらで足を投げ出して横になる。朝から走り回り魔物を退治してと動きっぱなしなのだ、彼らも疲れもするのだろう。
軽く撫でてやってから、私たちは夕食にする。鞍も手綱もない銀狼は乗るのは楽ではないが、馬具を外す手間がないという利点もある。
「銀狼は何も食べぬのか?」
「あまり頻繁には食事を摂らないのかもしれません。
ジョノミディスは心配そうに目を向けるが、銀狼が空腹を我慢する理由がない。まさか夜目が効かないとも思えないし、銀狼の足ならば魔物のいるところまで行くのはすぐだろう。
食事を終えると、私は銀狼の前脚と胸に挟まれるように横になる。
「だ、大丈夫なのか、ティアリッテ……?」
「とても柔らかくて温かいですよ。」
胸からお腹にかけて毛は特に柔らかい。風除けの外套を掛けていれば十分に温かだ。私がもたれると銀狼は寝やすいように体勢を変えてくれてるし、甘えてみても大丈夫だと思う。
東の空が白みかけてくるころに銀狼は動きだす。一緒に寝ていた私も必然的に起きることになる。ぐっすりと眠っていたようで、元気いっぱいだ。大きく伸びをして周囲を見回すと、騎士が二人、夜番に立っている。
「あなたたちは休んでいて良いですよ。お陰様で私はぐっすり眠れましたから。」
「お気遣い痛み入ります。しかし、私の当番を放棄するわけには参りません。」
真面目といえば聞こえがいいが、随分と考えの硬い騎士である。体力や魔力の回復というのはとても重要なことだ。休める機会があるならば、休んだほうが良いだろう。
「野営でこれほど眠れるとは思わなかったな。」
私と同じように起こされ、ジョノミディスも大きく伸びをする。まだ日の出まで時間があるし、特にすることはない。適当に腰を下ろして辺りを見張っていると、銀狼は揃って西の山に駆けていった。
「また、あちら側に行ったのでしょうか?」
「どうだろうな。単に空腹を満たしたいだけかもしれぬぞ。」
「銀狼がどれほど食べるものなのか存じませんし、何とも言えないですね。」
銀狼の普段の行動など全く知らない。もしかしたら水浴びに行ったのかもしれないし、魔物の気配を感じたのかもしれない。あるいは、他の〝守り手〟が近づいている可能性もある。そんな分からないことを考えたって、結論が出るはずもない。
「向こう側の魔物退治はどれほど進めればいいと思う?」
「今回で十分退治したのではないでしょうか。完全に無視するわけにはいかないでしょうが、人里に近い魔物他の方が優先でしょう。」
私たちの考え方は銀狼は不満に思うかもしれないが、私が守るのは人の住む土地だ。人の立ち入らない土地はどうしたって後回しになる。そこから溢れ出てくるほど魔物が増えているなら対処するが、そうでないならば、一々手を回せるほど余裕があるわけではない。
「確かにそうだな。後で、どう父上に説明するかだ。」
「以前にエーギノミーアでも同じような話はしているのですよ。私は駆除を提案したのですが、父は却下しました。ブェレンザッハ公爵閣下も同じような判断になるかと思っています。」
だから、見たままを報告すればいい。少なくとも私にとっては前例のあることなのだ。そう言ってもジョノミディスは苦笑いで首を横に振る。
「あれの数は一体いくつだ?」
「こちら側で狩った数は合計で二千くらいですよね。向こう側はその倍ほどを狩ったのではないでしょうか。」
取り敢えず大雑把な数を挙げてみるが、一々数えあげたわけではない。説明の仕方としては、どれくらいの広さを魔物の死骸が埋め尽くしたのかを言った方が分かりやすいかもしれない。
「この件はどのように報告すれば良いと思う?」
「私から報告いたしましょうか? 似たような報告は何度かしています。」
父は私やフィエルが関わると規模感がおかしくなると言っていたくらい、私が退治している魔物の数はとても多い。ジョノミディスは〝守り手〟ともあまり関わったことがないようだし、そういう面でも私の方が適任と思う。
「似たような、とは例えばどんなだ?」
ジョノミディスはそう聞いてくるが、今回に一番近いのは一年生の時に黄豹の背に乗って魔物退治に行ったときの件だ。
「初めて岩の魔物と戦ったときのことですね。あのときも、黄豹と銀狼という違いはありますが〝守り手〟の背に乗って、人の土地から離れて呆れるほどの魔物を退治しました。大きさが違うとはいえ、岩の魔物を見つけたのも同じですね。そこを中心に報告すれば良いのではないでしょうか。」
小さいうちに退治できたのは幸運だったと思う。大きくなるまでにどれ程の時間を必要としているのかは分からないが、最終的には黄豹や白狐ですら単独では勝てないほどの恐ろしい脅威となってしまう。
「父も岩の魔物を見ている。小さいうちに退治できたことは評価してくれるだろう。」
「いくら山の向こうとはいっても、こちらに来ないとは限りませんからね。少なくとも魔物が溢れ出てきていたのは事実なのですから、いずれは出てくると思っていた方が良いかと思います。」
事実を整理して報告していけば、将来の脅威を取り除いたことは理解してもらえるはずだ。
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