第9話 真っ白のもふもふ
「死になくなければ全力で魔力を放出しなさい」
突如ハネシテゼが大声で叫んだ。
一体何ごとかと思った次の瞬間、森から飛び出してきた白い影が視界を横切っていく。
白い影はあっという間にたどり着くと、馬を囲んでいたネズミたちを、牙で爪で噛み砕き切り裂いていく。
「魔力を放出しなさい!」
杖から魔力を撒きながらハネシテゼは再び叫ぶが、馬上の子は恐怖に顔を引攣らせるだけだ。
「白狐だと? 何故こんな所に……!」
ミャオジーク先生も焦りと恐怖の色を隠せないでいる。その白狐は少し離れたところで警戒心を露わに、牙をむき出しにして威嚇の体勢に入っている。
「みんな、下がってください。」
ハネシテゼは前に進み出ると、横薙ぎに杖を振って魔力を広範囲に撒き散らす。そして、馬から下りて白狐へと向かって歩いていく。
「ハネシテゼ! 危険だ! 戻りなさい! 無茶をするんじゃない!」
先生が慌てて引き止めようとするも、ハネシテゼは取り合わない。振り向きもせずに「大丈夫ですよ」と手を振るだけだ。
他人には勝手なことをするなと言っておきながら、自分はどれだけ勝手なまねをするのか。ハネシテゼの態度に私はだんだん腹が立ってくる。
だが、私はもちろん、先生も迂闊に動けない。
あのネズミを一瞬で蹴散らしたのだ。あの白狐ならば、私たち全員を一瞬のうちに殺すこともできるのではないだろうか。
少なくとも、私にはあれに魔法を当てられる自信がないし、飛びかかってきたら防ぐことも避けることもできないだろう。
緊張しながら見守っていると、ハネシテゼは歩きながら赤く光る魔力の玉を、ぽい、ぽい、と白狐に向かって放り投げていく。
あれは一体どんな攻撃なのか、あの白狐に通用するのかと固唾を飲んで見守っていると、白狐はくるりと回って尻尾で魔力の玉を絡め取り、ハネシテゼへと投げ返す。
「そんな!」
悲鳴にも似た声が上がるが、ハネシテゼは返された魔力の玉を手で受け止めている。
その間にもハネシテゼは足を止めない。どんどんと白狐との距離を縮めていく。
白狐も黙って待っているわけではない。一声短く鳴いたと思ったら、お返しとばかりに、白く光る魔力の玉をハネシテゼへと飛ばしてきた。
ハネシテゼはそれを左手で受けると、くるりと一回転して白狐へと投げ返す。
「あれは一体……?」
ジョノミディスが怪訝そうな視線を向けているが、私にも何がなんだか分からない。
白狐は首を上げ下げしながら相変わらずハネシテゼを睨んでいるが、何か雰囲気が変わったような気がする。
少なくともハネシテゼを襲おうとしているようには見えない。
ハネシテゼがついに白狐の目の前にまで着くと、その鼻先へと右手を伸ばす。
……というか、並んでみると、白狐は大きい。
普通に四つ足で立っている状態で、ハネシテゼよりも頭一つ分ほど背丈があるのだ。ケモノに対して背丈というものなのかは知らないが。
そんな巨大なケモノは、ハネシテゼの手をペロペロと舐めている。ハネシテゼも左手を伸ばして白狐の首筋を撫でまわしている。
なんだろう?
まるで愛玩動物のように可愛らしいではないか。
豊かで柔らかそうな毛がもふもふと……
私も触れてみたい! 撫でまわしてみたい!
思わず馬を下りて駆け寄りたくなるが、ぐっとこらえる。今はそんなことをしている場合じゃない。
「ミャオジーク先生!」
指示を仰ごうと呼びかけるが、先生は呆然としたままだ。
「ばかな……、白狐が人に懐くなどありえない……!」
先生はそう言うが、白いケモノは、甘えるようにハネシテゼに頬を摺り寄せている。
なんて羨ましい……!
私も馬を下りて、歩いて近づいてみる。
後ろから「危ない!」「戻れ!」と言っているのが聞こえるが、大丈夫だ。白狐はハネシテゼと戯れている。いきなり襲いかかってくることはないだろう。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
不安と期待と恐怖で高鳴る胸を抑えながら一歩一歩近づいていく。
ふと、白狐の目が私の方を向く。
今すぐに襲いかかってやろうという雰囲気ではないが、警戒されているのは確かだろう。
私は手を伸ばし、残り少ない魔力を白狐に向けて放り投げる。ハネシテゼのようにはいかないが、それでもなんとか、赤く光るカタマリを投げることができた。
それを見て白狐は尻尾で受け止めて投げ返してくる。ハネシテゼのときのように華麗にくるりと回ることはなく、尻尾でペシっと……
なんか酷くありませんか? ハネシテゼだけズルくないですか?
抗議の声を上げようと思っていたら、白狐はふっさふさの尻尾を振って魔力の玉を投げてきた。
慌てて両手で受け止めるも、魔力が強すぎる。
受け止めきれない。
そう思ったが、次の瞬間、ハネシテゼも投げ返していたことを思い出した。
「えいっ!」
よたよたとしながらも、一回転して魔力を白狐へと投げ返す。
たったそれだけのことに一気に体力を使ってしまった。息を切らせてへたり込んでいると、白狐が私の方へと寄ってきた。
手を伸ばしてみると、ペロペロと舐めてくるではないか!
「良かったですね。認めてくれたようです」
ハネシテゼが笑いながら言う。
私も撫でて良いということだろうか。
ハネシテゼがしていたように、首へと手を伸ばして撫でてみる。
真っ白な毛はとても柔らかく手触りが良い。冬用の毛なのだろう、毛足がとても長くてふわふわもこもこと、家のベッドの毛布よりも温かで気持ちが良い。
「ティアリッテ!」
いつまでも撫でていたいのに、フィエルが邪魔をする。
「危険だ。すぐに戻るんだ、ティア。ハネシテゼ様も。」
危険なんて全然ないのに、フィエルは何を怒っているのか。
「二人とも早く戻るんだ!」
何があったのだろうか、森の方を指しながらミャオジーク先生まで慌てたように叫ぶ。
「おう。」
いつのまにか、巨大な白狐がいた。
目の前の白狐の倍以上の大きさだ。
その目には警戒の色しかない。
「この子のお父様かお母様なのでしょうか?」
ハネシテゼには動じる様子はない。「ご挨拶をしなければ」などと言いながら、先ほどのように赤く光る魔力の玉を巨大白狐に向かって放り投げる。
だが、巨大白狐は尻尾でベシッと打ち返すだけではなく、白い魔力の玉をいくつも投げつけてきた。
「いいいい、いっぱい!?」
思わず目を剥いて叫んでしまったが、ハネシテゼはやはり平然としている。
そして、自分も魔力を広げて巨大白狐の魔力を受け止めると、くるりと回って投げ返す。
一つだけを除いて。
そう、巨大白狐の白い魔力の玉は、一つだけ私にめがけて飛んでくるのがあった。
必死に受け止めて、くるりと回って投げ返す。
つもりだったが、失敗した。
魔力の玉は投げ返せたものの、バランスを崩して盛大に転んでしまったのだ。
「だ、大丈夫ですか?」
ハネシテゼが差し出してくれた手を取り、よろよろと起き上がる。
我ながら情けないが、あの強力な魔力の塊を受け止めるのはとても大変だ。まるで全速力で走った後のように苦しく、息が切れてしまう。
呼吸を落ち着けながら巨大白狐に目を向けると、その目からは警戒の色が薄れているように感じる。
子どもなのだろうか、目の前の小さい方の白狐が一声鳴くと、巨大白狐はゆっくりとこちらに向かってくる。
いや、ゆっくりと言っても早い。馬よりも大きいその白狐の歩みは、ゆっくりに見えてかなりの速さだ。
ずんずんと歩いて、私たちの前で止まると、低い唸り声を出す。まるで、帰れ、と言っているかのようだ。
「うーん、わたしは仲良くしたいのですけれどねえ」
ハネシテゼも困ったように首を傾げ、口を尖らせる。
「私には帰れ、と言っているように聞こえたのですが……」
「やはりそうですか。仕方がありません、また今度にしましょう。」
私たちは項垂れながら馬の方へと戻る。
そして、馬に乗ってみんなのところまで戻ると、白狐たちも森へと姿を消していった。
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